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『遺書のイラスト』

  01, 2018 12:48
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長編完結/あらすじ/快青(かいせい)は売れないイラストレーター。家は商店街で八百屋をやっていて彼は店も手伝っている。両親と姉ふたり、近所の同級生達とワイワイガヤガヤ育った。一方隼人は家族と縁が薄く母親からは、愛情よりも厳しい英才教育を受けて育った。親から一生働かなくていいような財産をもらった隼人にはなにもすることがない。性格も地味で友達もいない。

隼人は30才の誕生日を前に自殺する決心を固める。遺書を考えたが「孤独な人生でした。ありがとうございました。」の2行しかない。そこで彼はイラストを入れたらどうか、と思い立つ。

偶然快青のイラストを目にし、気に入った隼人は快青に連絡を取る。快青は仕事が来た、と喜ぶが遺書のイラストを楽しみにしている隼人を見て、これは自殺幇助罪に当るのでは、とその仕事を断る。

隼人から30才の誕生日を一緒に祝ってくれないか、と頼まれる。快青は自殺の決意が固い隼人を交番に連れて行く。警察に隼人が自殺の計画をしている、と告げ隼人は病院送りになる。

彼は双極性障害という病気を抱えていた。

快青と隼人は次第に惹かれ合うようになる。ふたりの共通点は19世紀のロマンティックな文化が好きだ、ということ。快青のイラストはビクトリアンのポストカードにあるような華やかな世界。隼人は大学で19世紀ヨーロッパの詩人の研究をしていて、そのため非現実的で退廃的で厭世観がなくならない。快青は隼人に「今日からここに住むから。」と勝手に同棲を始めてしまう。

快青は八百屋の経験を活かして「やさい君たち」という子供の絵本のシリーズを書く。隼人は双極性障害のハイになると非常にクリエイティブになるクセがあり、快青に協力してストーリー創りを手伝うことになる。

世間知らずな隼人を鍛えるため、快青は彼を実家の八百屋で働かせる。一度も働いたことのない隼人。その仕事は隼人にとって、現実の世界を感じられる生きる原動力になっていく。

隼人の大学教授が大学に戻って研究の手伝いをしてくれないか、と持ちかける。隼人はもし自分の書いた本を出版してくれるなら、引き受けようという条件を出す。前から快青の本に触発されて自分も本を書きたいと思っていた。テーマは「男性同性愛者から見た天使のエロスについて」。

創作は難航し、隼人は薬を止めてワザとハイになり、病院で本を書くという危険な手段に出た。本の内容は相当エロティックなものになりそうだった。快青は挿絵を描くことになったが、隼人とのコラボレーションは難しく、しかも快青は表紙まで任されてしまう。ふたりはケンカをして快青は実家に戻り、ようやく全ての絵を仕上げた。病院に絵を届け、もう2度と隼人には会わない、と決意する快青。

ある日、快青が八百屋で働く時間になって店に出ると、そこには隼人の働く姿があった。驚く快青に隼人は「また一緒に住もう」と愛の告白をする。




遺書のイラスト


へえー、俺に仕事の依頼。珍しいこともあるもんだな。どれどれ、

「挿絵をお願いしたいので、ぜひ1度会ってお話ししたいのですが、よろしくお願いします。」

だって、これじゃあ全然分かんないけど。個人名だけで、会社の名前とかも全然ないから、これってもしかして個人の仕事?だったらもっと珍しい。黒澤隼人。カッコいい名前だな。母ちゃんが店の方から怒鳴っている。

「快青!降りてらっしゃい!」

まだ3時じゃん。俺、店に出んの4時からって言ってんのに。家は品川区の古い商店街の八百屋なんだけど、俺は本業がイラストレーターで、店の忙しい時間は大体毎日手伝ってる。収入の順でいくと、ほんとは八百屋が本業で、イラストレーターは副業なんだけど、それはいいとして。


今日も八百屋忙しかった。なんでか知らないけど。さっきの黒澤隼人さんに返事を書かないと。えーと、

「朝でしたら空いてますので、そちらの日時にお合わせします。」

そしたらさっそく返事が来て、

「貴方のブログを見ました。品川区なんですよね。私はお隣の大田区なんですが・・・」

そして日時と品川駅ビルにあるカフェの名前が書いてある。へえ、ということは、俺のブログを見て仕事依頼してくるんだ。俺のブログ見るヤツなんか世の中にいるんだな。数年前から始めたブログ。今のが3つ目で、それはイラストが主で、プラス日々のエッセイみたいな感じになってる。仕事来ないけど、イラストはまめに描いてて、ブログにアップしてる。自己満足だけど描いていれば楽しい。今やってるイラストの仕事は、家の八百屋のチラシと、この商店街のポスターと、友達の売れてるイラストレーターが忙しいからやってくれ、と言って回して来るヤツと、たまに来る昔馴染みの雑誌社とか、そんな感じ。あと、昔からやってる、ポストカード屋さんの仕事なんていうのもある。そういうのは楽しい。誰かが俺の絵を気に入って買ってくれるんだから。俺の作風はポストカードによく似合う、って言われる。仕事の打ち合わせか。なんか久し振り。それにしても明日か。随分急ぎだな。あ、俺の特徴言っとかないと、あのカフェ大きいから。あ、大丈夫か。俺、ブログに顔出してるし。出せるほどの顔でもないけど。友達のイラストレーターがその方が仕事来安いから、って。ほんとかどうか知らないけど。俺は自分のブログを開いてみる。更新は少なくとも週2回はしている。下らないエッセイも多いけど、絵はちゃんと描いてる。その黒澤さん、っていう人、俺のどのイラストを気に入ってくれたんだろう?


俺は15分くらい早く着いて、なるべく入って来た人にすぐ見えるような位置に座った。その人は時間通りに来て、迷わず俺の所に来て、

「快青さんですね?」

って、ごく真面目な顔で言って、向かいに座った。多分30ちょいくらいの、細身のイケメン。そしていきなり仕事のことを切り出すと、

「挿絵のことなんですけど、かなり個人的なことで。」

「はい。」

「遺書のイラスト。」

「え?」

「遺書にイラストを描いて欲しいんです。」

「誰の遺書なんですか?」

「私のです。」

遺書のイラストなんて突然言われても、イメージが全く浮かばない。

「遺書って、財産とか相続とかそういうのですよね。そんな難しい仕事、私で大丈夫なんですか?」

って、言ってから、俺もプロなんだし、そんな頼りないこと言うんじゃなかった、って思って、そしたら彼が、また真面目に、

「それは遺言状ですよね。私のは遺書ですから。」

なんだか話しが見えない。それに彼は相当シリアスだし、そうなると八百屋の息子の性癖が出て、なんとかこの人を笑わせてあげたくなる。

「あの、私のブログ見ていただいたんですよね。どうやって見付けられたんですか?」

「普通に、遺書のイラスト、ってタイプしたら出てきましたよ。」

「え、ほんとですか?」

思わず自分でやってみると、ほんとに、「遺書のイラスト」で俺のブログが出て来る。なんでだろう?と思って記事を読んでみると、それは去年の秋に商店街の旅行で華厳の滝に行った日の記事だった。自殺の名所と言われるその滝で、自殺した人が書いた有名な遺書があって、でもそれを読んでも難し過ぎてさっぱり分からなかった、というエッセイで、その同じ記事の中に、今日はこんなイラスト描きました、みたいなのを入れて一緒にアップしちゃったんで、それが混ざったんだな、って俺は了解した。

「私、でも遺書のイラストを描いてるわけではなくて・・・」

って、言ってからまた、そんなこと言わなきゃよかったと思いつつ、

「あ、でもやりたくないと言っているわけではなくて。」

それから少し、どうして「イラスト」と「遺書」の検索ワードがこんがらがってしまったのか、少し説明させてもらったら、

「でも貴方のイラストが気に入ったので、そういうことは別に気にしてません。」

「ほんとですか?」

って、俺はメチャ嬉しそうに言ってみた。

「じゃあ、ぜひやらせてください。その遺書。あの華厳の滝、東京からすぐなんだから、普通に電車で行けばいいのに、わざわざ団体旅行で。それも商店街の会長が、景気の回復もなかなか望めないし、下見にいいと思ってあの場所にしたんですって。」

俺はそこまで八百屋の世間話のノリで言って、でも場違いな話題だったかも、って思ったら、やっぱり、

「そこ、自殺の名所なんですよね。そんなに遠くないんだったら、私も1回下見に行ってみよう。」

「あ、でもそんなに大したことなかったですよ。」

「そうなんですか?」

そこで俺は核心に迫る質問をしてみた。

「あの、なにかご病気かなにかですか?」

「だから、病気で書くのは遺言状ですって。」

少しイラついた感じで言われたから、ちょっと俺も言い返したくなって、

「でも病気を苦にされて、っていうこともありますよね?」

「そういうのではないです。」

なんか話しが変な方向に行きそうだったから、俺はプロとして、その遺言状に焦点を当ててみた。

「じゃあ、遺書に挿絵を入れたいわけですね?」

「はい。貴方のイラストみたいなカラフルで楽しい絵を入れれば、景気がいい感じになって、悲壮感が減るかな、って思ったもので。」

「大きさとか枚数は?」

A4 サイズくらいのを、1枚です。」

「紙はもう決めてらっしゃるんですか?」

「いい質問ですね。まだ考えてなかったです。逆に絵が描きやすい紙を選んでくださって構いません。」

「じゃあ、多少表面がザラザラしてて、色的にはアイボリー系の感じでいいですか?」

「はい。」

「厚みは?」

「折れたりしないような厚いのがいいです。」

「そうなんですか?なんとなく遺書って折って封筒に入れるもんだと思ってました。」

「せっかく直筆の挿絵をいれるんだったら、折るのはもったいないな、って思ったんで。」

「じゃあ、紙決めちゃいましょうね。なんだったらこの近くに画材屋があるんで、一緒に行ってみませんか?」

「いいですね。」

「じゃあ、大体頭にあるレイアウトと、挿絵の種類や大きさ等を。」

なぜか彼はそこで、急に笑顔になり、

「文章は短いんです。3行で。それもあって、絵を入れたいな、と思って。文字は横書きで真ん中等辺に書いて、挿絵は左上と、字のちょっと右上くらいと、あと左下とかそんな感じ。」

「モチーフ的には?」

そこで彼は、ますますエキサイトして、

「ええとね、貴方のイラスト、色々拝見したんですけど、クマさん、って言うかテディベアと、お人形、って言うかアンティークドールと、それから小鳥さん。」

「ああ、小鳥さんね。いいですね。」

「ほんとは貴方の天使が好きなんですけど、でもあれだと宗教的にややこしくなるかも、って。」

「そんなことないですよ。天使的なものはどんな宗教にもあるそうです。」

「ほんとですか?じゃあ、小鳥さんじゃなくて、天使にしよう!」

「嬉しそうですね。」

「ええ、まあ。天使を諦めるの残念だったんで。」

「文章はもう考えられたんですか?」

「それがね、まだ最後の詰めが。」

「あれもパターンがあると思うんで、ネットで調べて決めといてくださいね。」

って、言ってから、これって自殺幇助罪になるんじゃないかな?って、ケータイで急いで調べてみると、かなりヤバい。

「これ、多分自殺幇助の罪になりますよ。結構厳罰ですよ。」

「え、マジですか?」

「だって、ここに書いてあるでしょう?自殺をしたい人に、それを容易にする行為、って、まさにそのものじゃないですか?」

「確かにそのクマさんやら、天使やらが入ると、死ぬのが嬉しくはなりますね。」

「でしょう?自殺をしたい、という気持ちを盛り上げるわけですから。」

「じゃあ、貴方は知らなかったことにして、絵が終わってから、文章を入れますから。」

「ダメですよ、そんなの。バレなければいい、という問題ではないです。私は人の自殺の手助けはしたくないですよ。」

彼は意外と素直に、

「はい。」

俺は、遂に切り出す。

「そもそも。」

「はい?」

「なんで自殺したいんですか?」

「そうですね。じゃあ、今のところ考えた文面がこれなんですけど・・・孤独な人生でした。ありがとうございました。」

「それだけですか?」

「ええ。」

「それじゃあ、2行ですよね。さっき3行って言ってましたよね。」

「それがなかなか決まらなくて。」

「孤独なんですか?」

「はい。性格が地味なもので、友達ができなくて。」

「イケメンが、もったいない。俺と代わってくださいよ。俺ね、実は外見にコンプレックスがあるんで。」

「そんな!俺、最初写真観た時から、可愛らしい方だな、って。」

「マジですか?親にも言われたことないのに。」


改めて隼人さんのことを見ると、確かに印象が地味かもしれない。特に今みたいに自殺を考えてるという時は、影が薄い。男前なのにもったいないな。俺はアーティストだから、そういうのにはこだわる。服装もあるだろうし、髪型もあるだろうし、喋り方もあるだろうし。俺は余計なことが言ってみたくなる。

「隼人さん、せっかく男前なのに、死のうとか考えてると、ますます影の薄い感じになっちゃうんですよ。俺ね、外見にコンプレックスあるんで、ファッションとかすごい気にかけますよ。」

彼は俺の言うことを真剣に聞いている。俺はますます調子に乗る。

「色ですよ、問題は。今、着てらっしゃるの品のいい淡いトーンで、いいんですけど、もう少し強い色でもイケメンの方は、色に負けないから大丈夫ですよ。」

「そうだ、どうせ画材屋さんに行くんだったら、一緒に洋服を見立ててくれませんか?その分ギャラに上乗せするんで。」

「だから、自殺幇助になるから、絵は描けません、ってば。」

「ほんとにそうなんですか?」

「そうですって。だって、私が描かない、って言ったら、多少自殺したい気持ちに陰りが見えてくるでしょう?」

「うーん、確かにそうですね。でも洋服屋には行きましょう。時給でお支払いしますから。」

「いいですね。スタイリスト、一度やってみたかったんです。」

俺、マジで服好きなんで、こんなんで金もらえるんなら、絵描いて金もらうよりもっと嬉しいかも、って思って、ふたりでそのカフェを出て品川駅の近くにあるお店を探してみた。一緒に歩くと、俺の方が少し背が高い。でも彼はほんとに華奢な感じ。俺はイラスト描きでファッション大好きの、チャラい男だけど、八百屋でもあるから、っていうか八百屋だけど、身体はガッチリしてる。俺の今日の服装は、イラストレーターっぽく見えるように、凝ったプリントのシャツと、軽いグレーのジャケットと、スキニーのパンツを穿いている。なんか俺の気分が盛り上がってきた。

「隼人さん、いつ自殺するつもりなの?」

「近々。」

「来週?来月?来年?」

「来月くらい?遺書がまた振出しに戻っちゃったんで。」

「すいませんね。具体的な方法は考えてるの?」

「それもね、色々迷ってて。さっきの滝には行ってみます。」

「行動力はあるんだ。」

「まあ、最期だし。」

「あの滝の側で売ってるアイスクリーム、あんまり美味しくないから食べない方がいいですよ。」

「どうもありがとう。でもアイスクリームにそんな違いがあるんですね。」

「そうですよ、って、そうじゃなくて、そんなに死にたいのはきっとウツ病とかだから、病院に行った方がいいんじゃない?」

「そういうことはね、もう色々やったんで。」

「どうだったんですか?」

「もう疲れちゃったんで、そういうの。」

「へー。」

「ドクターとかナースとか、あの人達、結局患者の俺達の気持ちなんて、全然分かってないんで。」

「ふーん。ご家族は?」

「特にいません。」

「特にいません、って、ご両親は?」

「父はもういなくて。俺は父の50の時の子なんで。」

「お母さんは?」

「母は、認知症で、施設にいます。」

「ご兄弟は?」

「いません。」

「お仕事は?」

「親が遺してくれた、って母はまだ生きてますけど、まあ、遺してくれたアパートやらマンションやらがあるんで。」

「財産があって仕事してなくて、それでも死にたいんだ。」

「ええ、もうそういうのにも疲れちゃったんで。」

「そういうのにも疲れたって?」

「やることないのにも。」

「家に来て商売手伝ってもらえませんか?ひとりおばちゃんが辞めちゃったんで。」

「へー、商売って?」

「家は代々続く八百屋です。」

「いいですね、ヘルシーな感じで。」

「元気が出ますよ。近所の買い物客、威勢がよくて、うっかりしてるうちに負けさせられますから。」

「楽しそうですね。」

「家の商店街、古くて店なんかもボロボロなんですけど、すぐ一駅隣に高級住宅街があるんで、商売は上手くいってるんです。」

「行ってみたいですね。」

「それでね、俺が色々勉強して、高級食材やら珍しい果物やらを入れたんですよ、そしたらね、こないだドリアンを3つ買ってった人がいて、あんなにどうすんだろ、ってみんなで。」

「へー、あれ俺も食べてみたけど、すごい味だった。」

「そうでしょ。匂いも。俺の母親、1m以内に近付かないから。」

隼人さんは楽しそうに笑ってる。いい笑い方だな、この人をもっと笑わせてあげよう、って思った。


俺達はしばらく歩いて、俺のよく行く服屋に着いた。そこは古着屋で、ここでは、上から下まで、なにからなにまで揃う。隼人は、

「え、俺、古着って着たことない。人の着てた服なんて。」

「これから死のう、っていう人が、細かいこと言わない。」

今日はラッキーで、ブランド物が相当入っている。しかも信じられないくらい安い。人のことは構ってられない気分だけど、お金くれるって言うし、でも自分の欲しい物もしっかり確保。隼人が試着室にいる時、上半身の裸を見ちゃった。色が白くて肌質が滑らか。俺の好み。質感、って大事なんだよな。でもあっちは俺のことどう思ってんのかな?可愛らしいって言ってくれたけど。隼人は、死に行く人にしては色々買って、楽しそうに帰って行った。今度、家の八百屋に遊びに来る約束をした。


その3日くらいあと、隼人が俺ん家の八百屋に遊びに来た。来てくれたのがもう夕方の6時くらいで、ピークは過ぎたけど、まだお客さんがチラホラいる程度。

「うわー!あちこちにクマさんや天使が!」

俺は店の看板にも、値段書く紙にも、たくさんイラストを描いた。インテリアもヘルシーな色でまとめてみた。

「可愛い!」

隼人は相当気に入ってくれたみたい。俺はお客さんと話すのが忙しかったけど、ちょっと隼人の方を向いて天井を指差す。

「わー!」

彼が歓声を上げる。天井には昔の教会みたいに、天使がたくさん飛んでいる。トランペットとかチェロとかフルートとかを弾いている。彼はグルグル回りながら、天使をひとりひとりチェックしている。俺の苦手な客がやって来る。まあ、苦手というか、楽しい人なんだけど。中年のおばちゃん。俺が子供の時からのお客さん。

「快ちゃん、どうなの?まだお嫁さん貰う気にならないの?とってもいい人がいるのよ。」
そしたら側にいる母ちゃんが、

「だから家の子は、ゲイだからダメなのよ。」

「それっていつか変わる、ってことはないの?」

俺はまた始まったな、って思って、

「いやあ、変わるってことはないですよ。男だったらいくらでも会いますけど。」

「あー、そういうのはやってないのよね。」

今時、仲人さんって珍しいよな。でもこの人のおかげで家の姉ちゃんも2度も嫁に行って、今2度目の出戻りを計画している。


やっと閉店近くになって、俺は隼人と一緒に家の中に入って、お茶を入れてあげる。姉ちゃんが2階から降りて来て、不気味に愛想を振りまきながら、

「まーあ、イケメン。」

「俺の友達で、隼人さん。」

「まあ、いらっしゃい。あの、先に聞いときたいんだけど、貴方も家の快みたいに、あっちの口?」

「姉ちゃん、失礼でしょ、いきなり。」

「だって最初に聞いとかないと、あとで分かっても、時間の無駄だし。」

隼人が、

「あの、あっちの口って、なんですか?」

姉ちゃんが、

「ゲイかどうか、って。」

「ああ、あっちの口って、そういう意味。」

「それで、どうなの?」

「すいません、あっちの口です。」

俺は、ハッとして彼を見て、俺達の目が合う。俺はもしかして姉ちゃんの魔の手から逃れるために言ってるだけかな?って、疑いを持つ。だって、この人あんまり俺の周りにいるゲイのタイプと違う。でもそれはたまたま俺の周りにいるヤツ等が、俺みたいに品がなくて、うるさいだけだからかもしれない。時間の無駄とかいいながら、姉ちゃんはいつまでもリビングにいて、俺達の邪魔をする。俺はさすがに、

「近くにいい飲み屋があるから、一緒に行きましょうよ。」

そしたら、姉ちゃんが、

「あそこでしょう?あたしも行く。」

「ダメダメ、今夜は男同士の話しだから。」

「えー、まあいいや、じゃあ、あんたのビール飲んじゃうから。」

「いいよ。」

「それにあんたの夕飯も食べちゃうから。」

「いいよ。」

それでもまだ悔しそうに、名残惜しそうにそこにいるから、俺は隼人の手をにぎって、表へ出た。


「俺の姉ちゃん、出戻り2回目で、全然懲りてない。」

「いいな、希望を持ってて。」

「そういうもん?隼人さんの自殺計画は?」

「まあ順調です。遺書の件は保留になってるけど。」

「すいませんね、でも人の自殺の手助けはしたくないんで。」

「あの天井の天使いいね。」

「あれね、家の店戦災も逃れてるんで、あのレトロな天井に描いてみたくて。」

「ずっと見てました。癒しになりました。」

「それはよかった。どうせなら人を助ける方がいいね。」

そして俺の近所の仲間がよく行く、居酒屋に着いた。

「快青さん。さっきは俺のこと友達、って言ってくださってありがとう。」

俺はいつそんなこと言ったかな?って首を傾げる。

「ほら、貴方のお姉さんに、紹介してくれた時。」

「あーあ。当然ですよ。もう仕事の話しも流れたから、こうして会うのも友達だからでしょう?」

飲み屋の暖簾をくぐると、友達が何人かいて、手を振るヤツや、一緒に飲もうと誘うヤツがいて、俺達はやっと、ふたりがけのテーブルに座った。

「それに俺のことは、快青でいいから。」

「じゃあ俺のことも隼人で。変わったお名前ですよね。」

「ほんとは母ちゃんは、晴天の快晴にしたかったらしいんですけど、それじゃあんまり能天気だって、父ちゃんが。」

「能天気ね。」

って、彼がクスクス笑う。それで生ビールで乾杯して、

「隼人にプレゼントがある。」

「へー、すごい。」

「じゃあ、目つぶって、手の平を出して。」

俺は彼の手に小さな紙切れを置く。隼人は目を開けてそれを見て、

「わー!いいんですか?貰っちゃって。」

「プレゼントしたくて。」

それは小さな天使を描いて、天使の形にカットした、そういうもの。

「小さ過ぎて遺書にならない大きさに描いたから。」

「あ、でもこれ遺書に貼っても可愛いかも。」

「そういうこと言う人にはあげません。」

「あ、分かった、分かった、それはしないから。でも俺ほんとに快青の絵、好きだな。ロマンティックで夢がある。」

「自殺の予定は変更なしですか?」

「はい。」

「なんで?」

「俺なんて君みたいに特別な才能もないし。」

「俺なんて隼人みたいなイケメンだったら、嬉しくて絶対自殺とかしないのに。」

「前も言ったけど、快青もイケメンですよ。目が切れ長で、パリとか行ったらモテそう。」

「それ、絶対違う。」


ビール3杯目にして、俺はやっと、このことが言えた。

「隼人がさっき言ったこと、ほんと?」

「なんのこと?」

「姉ちゃんに、あっちの口だって。」

「ああ、あれね。それより君のお母さんがお客さんに言ってたのほんと?」

「なんのこと?」

「家の息子はゲイだって。あ、でも貴方みたいな素敵な方がゲイのわけないですよね。」

「そんなこと言ったら隼人みたいなイケメンが、ゲイだなんて。ほんとだったらすぐ襲っちゃいますよ。」

酔払ってるとなんでも言える。小学校の同級生がトイレに行くんで、通りかかったから、捕まえて、

「なー、俺、ゲイだよな?」

「そうだろ?なんで?」

「この人が信用しないから。」

ソイツは隼人の方を向いて、

「コイツは小学生の時からゲイですよ。劇でもプリンセスになりたがって。その劇が白雪姫かなんかで、プリンス役が好きな子だったとかで、授業中もずっとプリンセスの絵ばっか描いてたし。今でも八百屋のチラシにお人形とか描いてるよな。」

そして、

「ま、可愛いからいいけど。」

というひと言を残して、トイレに走って行く。そしたらまたすぐ帰って来て、

「イケメンの貴方、快青はね、昔からいい男じゃなくちゃダメで、自分のことを棚に上げて。だから、快青と付き合ったら大事にしてもらえますよ。」

「お前、なにか欲しいの?俺はなにも上げないぞ。」

「え、別に。お前が早くいい男つかまえて、欲求不満を解消してくれれば俺達も嬉しいかな、って。」

それだけ言ってソイツは去って行った。隼人が、

「いいお友達ですね。」

「今のはね、同じ商店街のケーキ屋。なのになぜか自分のことをパティシエと呼んでいる。」

「あとで買って帰ろう。」

「いいね。ずっと言おうと思ってたけど、その服やっぱり正解だな。よく似合う。」

「あ、これ?自分だったら絶対選ばない、こういう色。なんていうの?ラベンダー?」

「もっと、なんかクランベリー。」

「ふーん。このセーター、ビール一杯分より安かったね。俺のこのパンツ、スーツで買って15万だった。」

「へー、そんなにしたの?」

「オーダーメードでもないのに。」

「じゃあなんで買ったの?」

「家の親とか、代々そこで買ってるから。」

「そんなお金があるんなら、今度はもっといい所で買い物しよう。俺、ショッピング大好きだから。」

そんな話しをして、またトイレに来た別の友達と喋ったり、出て来た物を食べたりしてるうちに、少し酔いが醒めてきちゃって、隼人に色々聞きたいことあるんだけど、なんとなく聞きそびれた。


隼人からラインが来た。

「来週誕生日なんですけど、一緒に祝ってもらえませんか?」

そして、一流ホテルのレストランの名前が書いてあった。へえあんな高そうな所に行くんだ。俺、そんないいカッコできる服持ってたかな?押入れを開けると、数だけはたくさんあるけど、そんなホテルに着て行くようなスーツとか、ネクタイとかは持ってないことが判明。そんな金もないけど、近所の古着屋だったら、なんかごまかせそうなものがあるかもしれない。そして俺は、黒で、ほんとはスーツじゃなくて微妙に素材とか色とか違うんだけど、よっぽどよく見ないと分からない、ジャケットとパンツと、それから、これがすごく気に入ったんだけど、レトロな丸い襟のシャツと、レトロ柄のネクタイ。靴まで買えないから、俺の持ってる新し目のヤツ。それにしても、自殺をしようという人でも、やっぱり誕生日のお祝いってするんだな。もう止めた、って言ってくれると嬉しいんだけど。あんまりこっちからあーだこーだ言うのも、俺の主義に反するし。俺の主義は、まあ父ちゃんの主義と同じなんだけど、物事は言われてからやるようじゃ、最初からダメなんだって。それで父ちゃんは俺に勉強しろ、とか絶対言わなかったけど、きっと今頃後悔してる。


「今日は来てくれてありがとう。」

「お誕生日おめでとう。」

「ありがとう。」

こういうことは、言い出しにくくなる前に聞いた方がいいかなって思ったから、

「隼人、いくつになったの?」

彼は少し下を向いて、

30。」

「へー、俺の2つ上か。」

彼は年齢の話しを出してから、少し暗い。

「俺、30になる前に、死ぬ予定だったのに。」

「まあ、いいじゃない。予定は変わるものだし。」

なんか俺、あんまり意味ないことを言ってしまったかも。

30の誕生日にひとりでいたくなかったから。」

「まあ、景気よくやりましょうよ。せっかくバースデーなんだし。」

俺は気取ったウェイターをひとり捕まえて、

「この人、今日誕生日なんで、あとで一緒に歌とか歌ってもらえますか?」

「もちろんですとも。あのピアニストにも言っときますから。デザートの辺り?」

なんて、気取ってるのかと思ったらそうでもなかった。隼人もなんか暗いのから一気に笑顔になった。よかった。俺はポケットに入れて来た包みを出して、

「おめでとう。」

彼が包みを開ける。

「えー、すごーい。」

それはドーム型のペーパーウエイト。ガラスでできてて、その下に俺のイラストを貼って、上から見るとなんか浮き出たような、立体的なような感じに見える。

「可愛い!」

彼がこんなに喜んでくれるなんて。俺も嬉しい。絵はテディベアがふたりで手をつないでスキップしてて、周りにお花がたくさん咲いてる。

「大事にする。」

「よかった。気に入って。」

「俺、ほんとに快青の絵が好きだから。みんなをハッピーにする絵。このクマさん達見てると、嫌なことを全部忘れそう。」

俺達はなんとなく目を合わせる。シャンパンが出て来て、俺達は乾杯する。

「ハッピーバースデー!これからもずっと健康で楽しくいられますように、って、そうじゃないのか。」

今のはタダのジョークだったんだけど、隼人はちゃんと笑ってくれる。グラスのシャンパンのあとは、ワインがボトルで出て来る。白ワイン。あんまり美味しくて、少し酔って、やっと俺が切り出して、

「あの時、姉ちゃんにあの口、って言ったのあれほんと?それとも冗談?」

隼人はなぜか窓の外の景色を見ながら、

「うん。ほんと。」

そして俺の方を向いて、俺の目を真っ直ぐ見て、

「それも自殺のひとつの理由。」

「なんで?どうしてそれが理由なの?」

「マイノリティーだから。生きて行きづらい。」

「そんなの今時。確かに日本は遅れてるけど、世界的に見たら、そんなに生きづらいことなんて・・・」

「君は違うかも知れないけど、俺にはいつも罪悪感がつきまとう。ひとりっ子だし。」

あんまり真面目に言うから、また俺の八百屋根性の、人を笑わせようとするクセが出て、

「でも、罪悪感、ってセクシーかも。いけないことをしてる、って思うと盛り上がるな。俺だったら絶対盛り上がる。」

隼人は、きっと自分の過去とかの、なんだか知らないけど、罪悪感を感じたシーンを思い出してる。俺はまたこの人を笑わせてあげよう、って八百屋トークを始める。

「なんか、隼人とふたりでベッドルームにいて、あ、いけない、こんなことをしては、って思いながらキスしたりとかしてみたい。」

彼はさすがに、クスってなって、

「快青はいつもハッピーだから。」

「そうじゃない時だってあるさ。」

「例えば?」

「俺の目の前にいるイケメンが、来月死ぬ予定とか。」

「ゴメン。」

「ほんとにするの?」

「ゴメン。もう財産は全部整理して、遺言状は弁護士に渡してあって。遺すような親戚もいないし。母の介護費用以外は、みんな寄付するつもり。」

「用意がいいね。遺書以外だけど。隼人って、学校の時、夏休みの宿題とかって、必ず早く終わらせるタイプだったでしょう?」

「まあ、そうかな。」

「ほらね、俺なんて最後の最後に終わらせるか、結局終わらないか、だった。」

「終わらない、っていうオプションってあるの?知らなかった。」

やっと少し笑顔になってきた。

「あんまりいないでしょ。夏休みの宿題終わらないで新学期に来るヤツ。」

「俺の学校にはそういう生徒はいなかった。」

「へー。俺の学校には、俺の他にも何人かいた。」

「すごいね。俺だったら、宿題終わるまでなにも手につかない。」

「俺はやりたいことを先に全部やるタイプ。」

隼人は笑顔になってきたけど、やっぱりなんか暗いことを考えてる。30になったから?そうかも知れない。


今、突然ひらめいたんだけど、こういう自殺をほのめかしたりとか、かなり具体的に計画を持ってる人を見付けたら、病院だか警察だか保健所だかに、通報してもいいんじゃないのかな。っていうか、しないといけないんじゃないかな?ちょっと急いで調べてみよう。

「ゴメン、隼人、父ちゃんにラインしないと。」

「どうしたの?」

「さっき売れ残ったホウレンソウ、店の冷蔵庫に入れとくの忘れた。」

一瞬のうちに、「自殺をほのめかす」という検索ワードで調べてみた。すると緊急を要する場合は110番しろとか書いてある。へー、警察に通報するんだ。保健所じゃないんだ。どうしよう、って俺は色々考えた。まあ、せっかくのバースデーだから、これはそのまま続行するにして、その後は?ウェイターが5人も揃ってケーキを運んで来て、ケーキの上の花火の小っちゃいヤツに火をつけて、ハッピーバースデーを歌ってくれる。俺も参加して歌う。名前を言う所では俺が声を張り上げて、「隼人さん」と歌う。みんながそれに続く。隼人はすごく照れてたけど、すごく嬉しそうだった。生れて来てよかった、と思う瞬間もあるのかな?


ふたりだけの誕生日パーティーが終わって、あ、5人のウエイターもいたけど、俺は気付かれないように頭の中で計画を練る。計画その1

このホテルを出る。

「隼人、俺こういうホテル場違いだから外に出ようよ。」

「なんだ上のバーに行こうと思ってたのに。」

「なんだか落ち着かなくって。俺の知ってるバーが、駅の側にあるから。」

これはウソ。俺はこんな地元でもないとこに、知ってるバーはない。ふたりでホテルを出る。計画その2。駅の方向へ向かって歩く。大きな駅だから、思った通り交番がある。計画その3。交番を通り過ぎる瞬間、俺は、

「ゴメン、隼人。」

俺は八百屋でつちかった腕力で彼の腕をつかんで、交番の前に立ってた警察官に、

「この人自殺を計画してるんです。助けてください。」

隼人は最初、ショックで茫然としてて、それからなんとか腕を振り払おうとしたけど、すぐ無理だって分かって、頭のいい人だからきっとどうなるか分かってて、交番に入ると、またもや5人の警察官に囲まれて、俺が状況を説明して、遺書を書いてて、遺言状はもうできてて、財産を整理して、来月やる、って言ってました、ってそう報告して。


隼人はいつも行ってる病院に入院させられて、俺は警察から聞かされて病院の名前は知ってたけど、本人が俺に会いたくないって。隼人が自殺を止めてくれれば俺はそれでいいんだけど、でもやっぱり会いたいな、って毎日思ってた。そしたら隼人の弁護士という人から連絡が来た。

「電話でもアレですから、一度会ってもらえませんか?」

その人は高野さん、っていう人で、電話があったその日の八百屋が閉まるくらいの時間に来て、

「すいません、急なことで。」

家に上がってもらって、その人もなかなかお上品なイケメンで、また出戻りの姉が来て、

「貴方もあっちの口ですか?」

って、また質問して、

「あっちの口って、なんですか?」

「家の弟みたいにゲイですか?最初に聞いとかないと、時間の無駄したくないんで。」

「なるほど。でしたら私も、あっちの口です。」

「なんで快青の周りのイケメンはみんなあっちの口なの?」

って、悔しそうにしてあっちに行ってしまった。

「それで快青さん、貴方はどこで隼人と会われたんですか?」

隼人、って呼び捨てにするということは、ただのクライアントじゃないんだと俺は思って、

「それより、高野さんは、ほんとに隼人の弁護士さんなんですよね?」

「私は彼の大学の同期で、友人です。」

「本人がどれだけ貴方に事実を知られたいのか分からないんで。」

「今は、隼人の命を救うのが先決だと思います。」

彼は弁護士の身分証だの、隼人の遺言状だのを見せてくれた。

「突然、遺言状を作りたい、って言って来て、なんで急に今?って思ったんですけど。隼人が自分は独り身だし、なにかあった時のためだと言うし、確かに彼は相当な財産を持ってるんで。」

「そうですか。俺には遺書の挿絵を描いて欲しいって、なんでも遺書が3行しかなくて寂しいからとか言って。俺はイラストレーターで、なんかネットで調べて連絡くれて。」

「それはどんな遺書ですか。」

「なんかよく覚えてないけど、孤独な人生でした、とかそんな感じ。」

「それから?」

「ええと、それだけですよ。あと、ありがとうございました、とかそんな感じ。」

「あとの一行は?」

「なんか、3行にしたいんだけど、まだ決まってないらしいです。」

「ちなみに、どんな挿絵を描かれたんですか?」

「それがね、俺が気になって調べたら、そういうのって自殺幇助罪、っていうのに当るそうなんで、お断りしました。」

「どんな絵を希望してたんですか?」

そんなこと関係あるのかな?って思ったけど、まあ弁護士さんだから、なんか理由があるんだろうと思って、

「テディベアと、天使と、お人形の絵です。」

高野さんはため息をひとつついて、

「なんでそんな物を。」

「なんか嬉しそうでしたよ。俺のイラストが好きみたいで。それで遺書を書くのを楽しくするのは自殺幇助じゃないか、って思ったんです。」

「それほど深刻なことではないと思いますけど。やらないに越したことはないですよね。」

「それから家に遊びに来て、俺の描いた天使が店の天井にあるんですけど、そういうのとか見て、癒されるとか言ってました。その次に会ったのがあの日で、誕生日だから一緒に祝ってくれないか、って。」

「じゃあ隼人にお会いになったのは。その3回ですか?」

「はい。」

「でも、ありがとうございました。普通なら警察に駆け込もうなんて、思いもしませんでしょうから。」

「死のうという意思があんまりハッキリしてたんで。でもその割にはどうやって死ぬか、という部分はあんまり考えてなかったみたいですよ。」

「そうですか。」

高野さんはまた、ひとつため息をついて、

「アイツは昔からそういう極端な行動に出るクセがあって。病気のせいもあるんだろうけど。」

「どんな病気なんですか?」

「取りあえず、ウツ病。でも他にもなにかあるかもしれない、って言われてるそうで。だから遺言状を作成する時も、意思能力があるかどうか、相当医師とも話し合いました。なんせ財産を全部寄付しよう、というものでしたんで。」

「遺言状ができたということは、その意思能力とやらがあったとみなされたわけですよね?」

「そうです。その時は特に異常な点はなくて、全部手続きが終わった時に、あんまり嬉しそうにしてるから、なんでだろう?ってちらっと思ったりはしたんです。」

「どうすれば隼人を救うことができるんでしょう?彼は病院のドクターや、ナースには患者の気持ちは分からない、なんて否定的なことを言ってました。」

「あの、それで失礼を承知で伺うんですけど。」

「隼人を救うための質問でしたらなんでも。」

「貴方、彼とロマンティックな関係ですか?」

「いいえ、そういうことはないです。」

「貴方は隼人のこと、どう思ってらっしゃるんですか?」

「そりゃあ、イケメンだしインテリみたいだし、付き合えるんだったら嬉しいですけど。ちょっと暗いですけど。」

「なるほど。」

「隼人、俺には会いたくないそうなんで、きっとこれ以上の関係になるとは考えにくいですけど。」

「それがね、隼人というヤツは、押しに弱いんで有名なんですよ。何度も連絡しているうちに、きっと会ってくれますよ。」

「ほんとですか?」

「俺もそうやって、しつこく迫ったから。」

「え?お付き合いされてたんですか?」

「大学時代の話しですからね。」

「隼人も弁護士になる勉強してたんですか?」

「俺達は、ゴルフのサークルで。」

大学でゴルフね。優雅なもんだな、と俺は思う。

「じゃあ彼はなんの勉強してたんですか?」

「なんか非現実的なヤツでしたよ。ええと、19世紀のヨーロッパの詩人の研究かなんか。」

へー、だから俺のみたいなアンティークっぽい絵が好きなんだ。ビクトリア朝とかそういうの。今度会ったらそういう話しもできるな。

「押しが弱いって言っても、どうやって押せばいいんですか?」

「短い期間に貴方に3回も会ったわけですから、アイツにしたら相当気に入ってる証拠です。今朝、アイツのドクターと話したんですけど、今、軽いウツ状態で、上手く薬が効いてそれが治っていけば、自殺のことは忘れるんだそうで。だから俺が思うに、貴方が彼の生きる希望になるといいな、って。」

「あ、そうだ。病院ではケータイとか持ってていいんですか?」

「彼の症状は軽いそうで、持ってますよ。俺も電話で話したし。」

「そんなに軽いのに自殺を考えるんですか?」

「まあ、隼人の場合はね。アイツやっぱり詩人の研究とかしてるから、頭が非現実的でロマンティックで退廃的なんですよ。死に憧れるタイプ。」

「じゃあ、ただ憧れてるだけ?」

「そんなの分からないじゃないですか?あの時警察に行って、正解だったです。ほんとにありがとうございました。」

高野さんはそう言って、頭を深々と下げて帰って行った。だけどあの上品なイケメンの弁護士が元カレじゃあ、俺なんて相手にされるわけないよな、って思ったんだけど、その押しに弱い、というのを取りあえず信じてみることにした。


いつか隼人にあげた、天使とテディベアの絵はすごく喜んでくれたよな。下手になんか書くより、絵を送ろうという作戦で、髪の毛が縦ロールのお人形の絵を描いて送った。なにも言って来なかったけど、着信拒否もしなかったから、いいとしよう。それからも数日置きに送って、別に今まで描いたヤツを送ってもよかったんだけど、どうしても隼人のために描きたくて、新しいのを描いて送った。19世紀の詩人のことをちょっと調べたり。隼人はどういう物が好きなんだろう?19世紀の詩には挿絵の入ったのも多い。「不思議の国のアリス」あの挿絵は有名。あれが、1865年。だから隼人は遺書に挿絵を入れようなんて、思い付いたんだな。色々調べて、あの頃は色のついたイラストも多いけど、アリスみたいに細いペンで色のないようなのが多くて、だから俺にはそういうの初挑戦だったけど、やってみたらそれでもやっぱり、自分らしい絵になって、満足して隼人に送った。描いたのは、マーメード。海の岩に座って、月の明かりで髪をとかしながら、歌を歌っている。俺は毎日彼のために絵を描いているけど、毎日送るのはいくら押しが弱いからって、イヤだったから、絵ばっかりがたまっていった。こないだ珍しく、雑誌社から電話がかかってきて、ちょっとだけなんだけど、描いてくれない?って、前から知ってる人だったんだけど、ついでに隼人に描いた物を見せたら、すごく興味を持ってくれて、そのうち連絡するから、って言われた。そういうこと、みんな言うんだけど。だけどその人からはほんとに連絡があって、子供の絵本の挿絵をやった。それは俺の初挑戦の、あのマーメード調の作品みたいなヤツで、細い黒いペンだけで仕上げられたもの。小さい子供の本で、ページ数もないからすぐ終わってしまった。作者は若い女性で、とても気に入ってくれて、また一緒にやりましょうって、言ってるだけかも知れないけど、言ってもらえた。その人にはいつも描いてる色をたくさん使ったヤツも見せておいた。変なところで仕事につながった。


マーメードの他に、なにか19世紀の詩的モチーフってあるかな?ロマンティックなヤツ。それと、ハッピーなヤツ。うさちゃんがビクトリアン風のドレスを着てるのとか、ネコが燕尾服着てるのとか。それからまた考えて、こないだの絵本あれ小さい子向きで、全部で10ページくらい。だったら、自分でストーリーも書けるな、って愚かにも思ったんだけど、そんなに簡単じゃなかったけど、身近な物を書こうとして、それは、「やさい君たち」のお話し。ホウレンソウはいつもヒーローで、色が濃い方が偉くて、ニンジンとかは偉くて、ネギとかレタスは下っ端で、悪者がなんでか知らないけどいつもドリアンで、ドリアンって名前っぱいから、面白くて、そういう教育っぽくもあり、でもいっつも戦争してるから、あんまり教育っぽくなくもあり、落ちもあんまりないし、そういうストーリーを書いて、絵を描いて色をつけて、だから隼人にはその時は毎日、1ページずつ送った。その中にセロリ君っていうのが、なんでか知らないけど、隼人が誕生日に着てたみたいなタキシードを着て、病院に入院してて、みんながセロリ君に野菜ジュースを作って飲ませてあげて。って、そこんとこがちょっとシュールなんだけど、みんな自分の葉っぱとかを使ってジュース作るの。だからホウレンソウ君はいいんだけど、ニンジンさんとかはちょっと欠けちゃう。で、ジュースを飲んで、セロリ君が元気になると。めでたし、めでたし。その最終ページを送った日、とうとう隼人からラインが来た。

「大分よくなった。ありがとう。」

「よかった。」

「いつも絵をありがとう。」

「どういたしまして。」

「あのマーメイドくらいの頃から、返事をしようと思ったんだけど、もっと絵が見たいな、って思ったから。」

「あれのお陰で仕事が来て、子供の本で、それはもう終わった。」

「それ、見てみたい。」

「うん。分かった。いつ出て来るの?」

「来週。」

「よかった。」

それで俺、思ったんだけど、ほんとにコイツ押しに弱いんだな。俺のセロリ君は。


次の日、俺は病院にお見舞いに行った。彼はどんな物が好きなんだろう、って考えて、淡いサーモンピンクのバラを10本持って行った。すごく喜んでくれて、確かに今まで会った隼人とは全然人が違うくらい元気で、よく笑うし、冗談も言うし。

「俺って、セロリ君なの?」

「そう。」

「じゃあ、俺も野菜ジュースを飲んで、元気になろう。」

「もう大分元気じゃない。」

そう言いながら俺は、前の隼人と今の隼人と、どっちが本当の隼人なんだろう?って考えて、きっと両方とも本物の隼人なんだろうと思った。

「快青、ちょとこっちに来て。」

俺がベッドの側に行くと、彼は俺の身体に手を回して、軽くだけどでも長い間俺のことを抱いてくれた。

「俺、ずっとこれしたかったから。今度会ったら、って。」

「いつも俺の絵見て、なに考えてた?」

「遺書のことは考えてなかった。」

「よかった。」

「うん。」

「もう来月の、っていうか、もう来月だけど、計画は中止?」

「そう。高野に頼んで、遺言状も破棄してもらった。」

「ほんと?いつ退院できるの?」

「それがね、ドクターが、俺がハイ気味だから、ヤバい、って。」

「ハイ?」

「俺、双極性障害の疑いがあるんで。」

「ハイだとどうなるの?」

「俺の場合は。」

「うん。」

「朝から晩まで、セックスのことを考えてる。」

「マジで?でもいいじゃん、それ。」

「え、相手してくれんの?」

「ここじゃ、ダメだけど。」

「なんで?個室だよ。」

「だって、廊下から丸見えじゃない。」

「じゃあ、夜。」

「ダメ。退院したら。」

「しばらく退院できないよ。」

「なんで?」

「ハイだもん。ドクターが高野に頼んで、俺の財産凍結してもらった。」

「なんで?」

「マンションとか全部売っぱらって、お金全部使っちゃうから。前にもそんなことあったし。その時はベガスに行って、散財した。」

そして彼は楽しそうにずっとゲラゲラ笑ってて、俺としてはやっぱり、こっちの隼人の方がずっと好きだな、って思った。

「俺、退院するまで待ってる。ロマンティックなのがいいから。」

「病室でコッソリヤるのもロマンティックじゃない?」

「いや、そうは思わないけど。」

「切羽詰まったティーンエイジャーみたいに。」

そして彼はまたずっと笑ってて、俺もそんな風に笑ってる隼人に少し慣れてきて。


隼人はなかなか退院できなくて、毎日彼のために描いてた作品が当たって、俺は空前の、まさかの忙しさに見舞われ、見舞いにもそんなに行ってる場合じゃなくて、八百屋もしっかり手伝わされて、ホウレンソウ君達の本の企画も通ってしまい、第2号はセロリ君が主人公でお願いします、とか言われ、八百屋で接客しながらも、セロリ君のストーリーを考え、セロリ、ってそういえば子供にはあんまり人気ないよな、なんでだろう?味?歯ごたえ?でも輪切りにしてスープとかに入れば美味しいよな、ていうところに気がついて、セロリ君がエイ!って唱えると、一瞬のうちに輪切りになるという、変身の術を持ってて、それでみんなのスープになる。でもこれが俺のストーリーのいい所で、セロリ君は、次のページではもう元にもどってる。タキシードを着て。昼間なのに。俺のセロリ君からは、1日に3回以上ラインが来る。それが双極性障害のハイの特徴だ、って。多弁になって、人に電話をかけまくる。俺は悪いけど電話には出られない、って言ったら昨日は5回くらいラインと、留守電に延々と、どうして見舞いに来ない?早くティーンエイジャーセックスをここでやろう。やるって言ったクセに。って、俺そんなこと言ってないし。母ちゃんに休みをもらって、今夜はずっと自分の部屋で仕事をしている。セロリ君が輪切りになる術を身につけたのはいいけど、それを絵に表すのは簡単そうで、簡単ではない。また隼人からメッセージが来たな。悪いけど無視する。でもこんなに仕事が来たのも、彼のお陰だよな、と思ってうっかり電話に出てしまう。あっちは早口で、マシンガンのように喋ってて、まだまだ退院できそうもないな、って思いつつ。

「快青、俺、もうダメ。誰でもいいからセックスするけど、いいかな?」

「よくない。」

「快青全然来てくんないし、昨日入院して来たハイのオヤジが、俺とヤりたいって。」

「だからダメ。」

「なんで?減るモンじゃないし。」

「減る。」

「快青キスもしてくれないし。」

「だから、もっとロマンティックにいきたいから、俺は。」

「へー、どんな?」

「そうだな。具体的には考えてない。それより、今度、セロリ君が主人公になるんだけど、なんか面白いエピソード考えて、お願い。俺、他にも仕事、締め切りいっぱいあって。」

「分かった。そういうの、任せて。俺、ハイの時は言われないくても、色んなストーリー考えてるから。」

「よかった。」

「え、っと、セロリ君って、野菜ジュース飲むの元気になるんだろ?じゃあそこでニンジンさんと一発ヤって、それでニンジンさんがドレスを脱いで、セロリ君のタキシードパンツを下ろして・・・」

「子供の本だから。」

「じゃあ、セロリ君が野菜ジュースを飲んで、マントをかぶって空を飛ぶ。」

「あ、いい、それ。それから?」

「って、いうか、なんで野菜なのに野菜ジュースを飲むの?」

「だからセロリはホウレンソウとかニンジンとかよりは栄養素が少ないから。」

「へー、そういうこと。じゃあ、セロリ君が野菜ジュースを飲んで、元気になって、マントを広げると、その下にはなにも着てなくて、それを見たニンジンさんが真っ赤に、ってもともと真っ赤か。」

って、隼人は自分でケラケラ笑って、勝手に電話を切ってしまった。でもニンジンさんが真っ赤になる、っていうのは使わせてもらおう。違うシチュエーションで。間に合いそうもないのがひとつあったから、いつも仕事を回してもらってる友達のイラストレーターに、回してあげたら、

「こんな日が来るとは思わなかった。」

と言われた。俺の頭の中にはまだセロリ君がいて、早く話しを作れよ、って俺の頭蓋骨を蹴って来る。こうなると藁をもつかむ。隼人から電話。いつもなら取らないけど、ここは仕方がない。

「隼人、それでニンジンさんが真っ赤になってどうしたんだっけ?」

「ええ、っと、マントの下にはなにも着てなくて、セロリのアレがたってて、それでニンジンさんはそれを・・・」

「これ、子供の本だから。」

「子供だって、どうやって子供ができるか、知っとかないと。」

「俺達ゲイだから関係ないし。」

「そっか、分かった!」

「なに?」

「ニンジンさんはドレスを着てるけど、ほんとは男だった!」

「すごい、ストーリーの展開だけど、これ、子供の本だから。」

「分かった。じゃあ、タキシードのセロリ君とドレスのニンジンさんは、ふたりでロマンティックにワルツを踊る。」

「あ、いい、それ。」

「君の好きなロマンティックだ。そんなことより快青、ロマンティックなこと、ってなにしたいか考えた?」

「あんまり考えてない。締め切りのことは考えてるけど。」

「じゃあ、代わりに俺が考えてあげる。」

「どうぞ。」

「ニンジンさんが・・・」

「なに?それまだニンジンさんの話しなの?まあ、別にそれでもいいけど。」

「ニンジンさんが、セロリ君とワルツを踊って、お互いに愛を感じる。そして結婚。子供が生まれる。さて、それはどんな子供でしょう?」

知らねえよ、そんなこと、って言いたいとこだけど、もしかしたら使えそうな場面もあるかも知れないと思って、

「なになに?どんな子供?」

「ルバーブ。」

「なにそれ?」

「快青、八百屋なのに知らないの?」

「ゴメン、なにそれ?」

「形がセロリで色が赤の物。俺があっちにいた時によく食べた。」

「あっちって?」

「カナダ。高校3年間あっちだったから。」

さすが坊ちゃんだな、って俺は思う。そしてPCで検索して、

「なるほど。たしか聞いたことはある。丈夫でよく育って、甘く煮るんだよね。」

「そうそう。」

「面白い、これは使える。」

「よかったね。ご褒美くれるでしょ?」

「なにが欲しいの?」

「ロマンティックなヤツ。」

「分かった、この本ができたら。それでなに?子供ができたらどうなんの?」

「え、っと、また畑に帰って、ますます元気になって、八百屋に行って、売られて、みんなの健康に役立つ。」

「野菜は畑には帰らないよ。畑には苗を植えるか、タネを蒔くんだよ。」

「タネを蒔くって、いやらしい響きがあるな。」

他のことは考えられんのか、このバカ、って思ったけど、なんかまた面白いことを考えてくれるかもしれないから、俺は、

「分かった!タネを蒔いて、それから芽が出る。その過程を絵にしよう。きっと可愛い。」

「でもルバーブは?セロリ君とニンジンさんからは種は取れないよ。」

「あ、でもね、これはお話しの本だから。セロリ君とニンジンさんからタネを取って、それを蒔くとルバーブさんになる。」

「植物学的にはメチャクチャだけど。ま、いいか、それでも。今、消灯の時間になった。」

「ちょっと待って、もうちょっと。それでルバーブさんが育ってどうなんの?」

「ルバーブさんはロマンティックなバレリーナになる。頭にピンクのバラの花をつけて、クルクル回る。」

「それいいかも。」

「そしてあんまりクルクル回り過ぎて、崩れて、ジャムになる。」

「なるほど。」

「ジャムになって色んなお菓子とかになって、みんなに食べられて、でも栄養はたっぷりだから、その辺のところは強調して。じゃあ俺もう行かないと。ナースが見回りに来るから。すごく性格悪いヤツなんだ。」

それで切ったのはいいけど、俺の頭の中はまだルバーブさんで、えっと、お菓子になって食べられる。性格が悪い、といえば、ドリアンはどうなったんだっけ?ドリアンが出て来て、セロリ君とニンジンさんの邪魔をする。そのシーンを中に入れよう。悪者がいないと話しが盛り上がらないし。


お陰でストーリーができて、編集部の方でも、

「ルバーブって知りませんでしたけど、すごく面白いですね。写真とかも入れて、説明しましょう。」

とか言われて大盛況。

「貴方のプロフィールに、八百屋さんの息子、っていうのを入れましょう。リアリティーが増すと思います。」

だって。家に帰って、母ちゃんにもルバーブ仕入れよう、って言って、それを煮込んでジャムにしてお客さんに試食してもらおう。栄養たっぷり。ストーリーができて、編集者さんと絵の入る所やなんやらの打ち合わせをして、やっとひと段落したし彼にも色々アイディア出してもらったんで、隼人のお見舞いに行くことにした。襲われないといいけど。


今度はお見舞いに、セロリ君が出演してる第1号の、「やさい君たち」を持って行った。でき上った本を見て、彼はとても嬉しそうだった。タキシードを着て入院。隼人そのままの色白で細い設定。

「へー、これがセロリ君か。他人とは思えないな。」

「モデルになってくれてありがとう。じゃ、作者のサインを入れるから。」

俺は頼まれもしないのに勝手にサインする。彼はとても嬉しそうで、

「俺達、会ってから短い時間に、色んなことがあったね。」

今日の俺の目標は、隼人にキスまでいくこと。ロマンティックに決めて、一生の想い出になるように。彼は少し落ち着いてきたみたいで、喋り方もこないだのマシンガントークよりややスローダウンして、単語と単語の間が少し空く。

「隼人、元気そうじゃない?っていうか、元気が少し治まったみたいじゃない?」

「そう?」

「まだセックスのこと考えてんの?朝から晩まで。」

「まあ、昼から晩までくらいかな。」

「大分落ち着いたね。」

俺はここでキスかな?って思ったんだけど、もっといいチャンスが来るような気がして、

「退院したらなにがしたい?」

「快青の家の八百屋に遊びに行きたい。」

「母ちゃんさっそく、ルバーブ入れたんだよ。生産業者さん調べて。そしたらさすがあのエリア金持ちの奥様が多いから、ルバーブ捜してた、っていう人も何人かいて、出だしは好調だって、隼人に伝えて、って言われてた、そういえば。」

「八百屋にセロリ君達の絵を飾って、本も売ろう。」

「なんで隼人はそういうアイデアがポンポン出るの?」

「ハイの時だけだよ。頭の中に変なことばかり浮かんで来る。」

「じゃあ、今のうちに、やさい君たちの第3号のストーリーを考えよう、ってそういう予定はないけど。」

「いいじゃない。念のため、ってこともあるし。今しかできないよ。ドクターがもうすぐ退院できるかも、って言ってたから、元に戻ったらまた真面目な隼人君に戻るから。」

って、ケラケラ笑う。

「俺、前の隼人も好きだけど、今の隼人も好きだよ。」

俺はここでキスしようか、ってまた思ったけど、あとでもっといいチャンスがあるかも、って思って止めた。

「でも、ルバーブってほんとに綺麗だね。あの色が最高に綺麗。」

「じゃあね、今度はルバーブさんが主役で、彼女の両親の、セロリ君とニンジンさんが交配した種から芽が出て、育って美しいバレリーナになって、頭にバラの花の冠を載せて、ドレスには白い羽がたくさん、たくさんついてて、ルバーブさんが回ると、その羽がフワフワ踊る。」

「それから?」

「王子様が現れる。」

「へー。いいな。どんな王子様?」

「野菜の王子様といえば・・・」

「なんだ?」

「ピーマン君。でもここで出て来るのは、3色のピーマン君達で、3人共ルバーブさんに求婚するんだけど、ルバーブさんはプライドが高いから、3人共お呼びではない。」

「で?」

「でも3人の熱心な求愛に負けて、ルバーブさんは、それでは貴方達の中で一番栄養価の高い方と結婚しましょう、って。」

「なるほど。」

俺は紙とペンを握りしめる。

「で、どの色のピーマン君に一番栄養があるの?」

「俺は知らない。八百屋さんが調べて。」

「分かった。それから?」

「それからふたりは盛大な結婚式を挙げて、せっせとセックスに励む。」

「なんか、ルバーブとピーマンの子供、って想像できないな。」

「じゃあ、ピーマンじゃなくて、他のにする?」

「でも3色あって、それが花婿候補っていうシチュエーションにそそられる。」

「じゃあ、ちょっと待って。」

隼人がケータイで調べてる。そして、

「赤ピーマンに一番栄養があるんだって。意外だな。ま、それでまた例のジョークが使えるじゃない?」

「なんだっけ?」

「ニンジンさんが真っ赤になって、とかいうの。赤ピーマン君が真っ赤になる設定を作る。」

「なるほど、分かった。それから?」

「それからね、俺、子供ん時、春休みに田舎のお祖母ちゃん家に遊びに行って、今日はトウモロコシの種蒔きするから、見にいらっしゃい、って言われて、俺、トウモロコシのタネってどんなんだろう、って思ってワクワクしてたら、トウモロコシの種、ってトウモロコシなんだよな。今考えると当たり前なんだけど、子供ってそこまで考えてないじゃない?だからピーマンの種は、ピーマンの中に入ってるアレなんだよ、とか何種類もタネを描くと面白いんじゃないかな?スイカの種から芽が出たりすんの、エキサイティングなことじゃない?子供にしたら。」

「なるほど、タネと発芽。」

「トマトに、カボチャに、キュウリに、ナス。あれー、あれからほんとに芽が出るんだー、って子供達が感動して、野菜をもっと食べるようになる。あ、でもルバーブさんと赤ピーマン君の初夜、っていいな。ロマンティックで。初夜のシーンを入れようよ。」

「これ、子供の本だから。」

「寝た子はあんまり長く寝かせとかないで、さっさと起こさないと。」

「対象が幼稚園と小学校低学年だから。」

「つまらん。」

俺はそれを聞いて、俺達の、「初夜」って、どんなの?俺、赤ピーマン君みたいに真っ赤になるの?

「教育的だね。その種の話し。隼人に印税半分あげないと。」

「それはどうでもいいけど、ストーリーのヘルプで名前入れてもらえたら、嬉しいな。」

そこでようやく野菜の話しは終わって、俺達の話しになった。

「隼人は退院したらどうすんの?」

「分からない。人生を再構築しないと。なにか商売でも始めるか。」

「どんな商売?」

「絵本の作者?でもアレはハイと時しかできないし。とりあえず、俺の持ってるマンションを改装して、日の当たるバルコニーを作る。ドクターがもっと日に当たらないとダメだって。ハイの時はいいんだけど、ウツの時にセロトニンが増えて元気になるんだって。」
「隼人、ってまたウツになったりするの?」

「分からないけど、精神安定剤を処方されたから、前みたいにひどくはならないよ。」

「よかった。じゃあもう遺書のことは考えない?」

「多分。でもあの遺書の計画はよかったんだけどな。可愛い絵を入れて。」

「俺、あの遺書のイラスト、で検索に引っかかるブログ記事、消しとこう。」

「消さなくてもいいじゃない。あれで俺達出会ったんだし。」

「人騒がせでしょ?自殺幇助。」

「まあね。」

俺はそうだ、あれで俺達出会ったんだ、ってちょっと赤ピーマン君の気持ちになって、赤くなって下を向いて、

「俺達の初夜・・・」

チラって見たら彼は楽しそうに俺の顔を見てる。

「あ、でも隼人がそれしたかったらの話しだけど。」

「したいさ。ここで毎日124時間考えてたんだから。」

「ほんとに?どこで?いつ?」

「どこでも、いつでも。」

「えー、考えなくちゃ。」

「場所ってそんなに大切なんだ。」

「そりゃあそうでしょ。俺、隼人のことマジだし。」

「俺だってマジだよ。でもこのハイが治まったら、多分前の俺に戻るから、まあ、あそこまでウツではないかも知れないけど、大体あんな感じになるから、暗いよ。退院したら早くヤろう。」

「ウツになったらできないの?」

「そうじゃないけど、パッションの量が違うから。外国にでも行こうか。パリのホテルとか。」

「ダメだよ、八百屋があるから。そういえば、父ちゃんが言ってたけど、バブルの頃なんて商店街の旅行で、海外に行ってたんだって、今なんて華厳の滝だから。すぐそこじゃん。日帰りだし。」

「日帰りだったんだ。」

彼はなぜかそこでうけて、笑ってて、

「じゃあ、国内旅行に行って、1泊くらいして、ロマンティックしよう。」

「なんかそういうお膳立てをしちゃうと照れる。」

「じゃあどうしたいの?」

「え、っと、こないだのホテルのバーでちょろっと飲んで、夜景とか見て盛り上がって、家は絶対ダメだから、隼人の家で。」

「いいよ。」

で、その時、隼人はベッドに座ってて、俺も隣に座ってて、彼が俺の顔を引き寄せて、キスしようとして、

「あ、ちょっと待って。それも初夜までとっとくから。」


病院から帰って、やっぱり病院って、特に精神科なんて現実からかけ離れてて、俺は八百屋の仕事に戻って、現実に戻って、よく考えてみると、ほんとにあんな坊ちゃんでイケメンで細くて、俺の趣味の白くて滑らかな質感の肌の人が、ほんとに俺と初夜をやってくれるんだろうか?って考えてたらなんだか俺の方が落ち込んできた。俺なんて庶民丸出しの八百屋で、俺、いつも外見にコンプレックス持ってたし、隼人は可愛らしいとか言ってくれたけど。毎日そういうことを考えてて、それでそんな初夜なんてあり得ないよな、って信じかかったところに、彼からラインで、

「やっと退院した。いつにする?」

俺はマジで考えてなかったから、

「なんのこと?」

「初夜のこと。当たり前じゃん。」

「マジで?」

「なに?マジじゃなかったの?」

そこで大笑いしてるスタンプが来た。俺は正直に行くしかない、と思って、

「俺、今、自信がない。」

「え、なんで?」

「分からない。そんな君との初夜なんて、現実に起こり得ない。」

「とりあえず、例のホテルに飲みに行こうよ。八百屋の休みはいつ?」

「月曜日。」

「じゃあ、あそこに5時。」

隼人は勝手に決めてしまった。


月曜日。あそこはやっぱフォーマルにいかないと。でもレストランよりはバーの方がカジュアルでいいな。俺は何回も迷って、決めて、でも出掛けに着てみたら、やっぱりよくなくて、どうしよう、ってうろたえて、なんとか俺にしては無難な服にした。4時に出て、電車に乗って、目的のホテルに向かう。こんな立派なホテル、俺なんて盆にも正月にも入ったことない。大分早く着いたのでホテルの中をうろつく。行ってもいいのかさえ分からなかったけど、宴会場の方へ行ってみると、結婚式をやっている。縁のない世界だな。酔払ったゲスト達の笑い声が響く。赤ピーマン君とルバーブさんは盛大な結婚式を挙げる。そんなことをしてるうちに5分前になったので、バーの方へ向かう。そこは最上階。外の景色は絶品。隼人はもう来ていて、しっかり窓際の席を取って座ってる。俺に気付いて、ほんに嬉しそうな顔をする。俺はひょっとするとこの人は俺に会って嬉しいのかな?って思う。俺は微笑んで彼の向かいに座る。ほんとはメチャクチャ、ナーバスなんだけど、その割には彼の目をちゃんと見て、そして見詰め合う。

「シャンパン取りあえずグラスで頼んだけど、いいよね。」

俺は黙って小さくうなずく。これからほんとに初夜に突入していくのかな?俺は絶対そんなことないような気がして、っていうより、俺はここで逃げて帰りたかった。退院祝いにふたりで乾杯して、隼人は会った頃の彼より少し明るい感じ。あんまりお互いに話しをしない。俺はどうやってここからあんまりバカみたいに見られないように、逃げ出すか、ということについて考えていた。

「快青いつもと違う。すごく静か。」

「こないだも言ったけど、俺、今自信ない。」

「なんで?」

「分かんないけど。」

「快青なんて、本も出してるし、俺なんて大学で文学の勉強したけど、本なんて出してないよ。」

「ただの子供の本だから。」

「だから?立派な本じゃない?教育的だし。3号目の企画も通りそうだって言ってたじゃない?」

俺も遺書の文面でも考えようかな?生きて行くのがつらい。財産がないから遺言状はいらないと思うけど。そしたら不思議なことに俺の心を読んだみたいに、

「全く、遺言状作ったり、遺書を考えたり、死ぬ方法を考えたり、あんな面倒くさいことするくらいなら、生きてた方がよっぽど楽。」

あさって仕事の締め切りがひとつあって、それは天使の絵。俺はその羽に本物の白い羽を貼り付けようと思う。きっと人々が癒される。俺の遺書にも天使を描いて、本物の白い羽を貼ろう。

「快青って、ウツになったことあるの?」

1回だけ。小学生の時だよ。3年生の時、なにも手につかなくなって。学校にも行けなくなって。」

「それでどうしたの?」

「ひと月くらいで自然によくなった。」

「俺ね、昔から友達の数が少ないんだけど、その友達っていつもウツ病持ちで、俺と会った時はそんなことなかったのに、あとでウツ病だって分かったりする。だからウツ病気質同士って相性がいいんだと思う。」

やっぱり遺書作り、ってハマるな。自分の人生の集大成だから。そんなに大げさなことじゃないのかもしれないけど。隼人も遺言状は天使がいい、って言ってた。

「あれはいい考えだった。」

「なに?」

「遺書に天使の絵を描くの。」

「そうでしょう?」

彼は嬉しそう。そしたら彼は、

「今度の時にもそうする。」

「今度の時もあるの?」

「それは分からないけど。」

「俺は描かないよ。」

「いいよ。なんか方法を考えるから。」

俺はどう考えても初夜の気分じゃないし、それどころか思考のスピードがどんどん落ちてきて、息の吸い方までゆっくりしてきて、具合が悪くてゴメンね、って言って帰って来た。俺にそんなことができるとは、全然考えてなかった。


帰って、あさってが締め切りの天使を描こうと思って、でもどうしても描けない。そんなことは滅多にない。一通り描いて、隣の部屋にいる姉ちゃんに見せて、

「これどう思う?どうしても可愛く描けない。」

「そうね。どうしたの?」

やっぱり可愛くない。どうして?俺は八百屋へ続くドアを開けて、俺が天井に描いた天使達を見た。やっぱり可愛い。生き生きしてて、ハッピー。ショックだった。俺はもうあんな風に描けない。ひと晩かかって、なん回も描き直して、ビクトリア朝の子供の写真を参考にしてるのに、何度描き直しても家の八百屋に買い物に来るババアみたいになってしまう。そのうちだんだん、自分の顔に似てきてしまう。本気で恐怖を感じる。あんまり消しゴムを使い過ぎて、何度も新しい紙にして、それでもできなくて、夜中の3時頃、マジで泣けてきて、しばらく声を出さないように、でもマジ泣きして、諦めて、以前隼人に描いてあげた天使を写真に撮ったのを、プリントアウトして、上から少し色を塗って、羽を貼って、それでごまかした。絵は俺の小さい頃からの離れ業で、それがなくなると、俺には存在価値がなくなる。隼人が入院した当時、たくさん描き貯めしておいてよかった。でももしあれが底をついたら?俺のキャリアがお終いになる、ということは、俺もお終いになる、ということ。


朝、それを出版社に渡して、家に帰って寝ようと思ったら、隼人から電話。

「大丈夫?」

「どうして?」

「なんか感じる。快青ストレスたまってる。」

ストレスたまってるどころか、気分落ち込んで死にそうですけど。

「家、来る?なんかランチ作るし。」

そうだ、俺達家が近いんだよな。挫折感を覚えてる時、家族と一緒にいたくないっていうの、あるよな、と思って、

「いいの?俺、もう死にそうだけど。」

「いいよ。なに食べたい?」

「あっさりした物。」

住所を聞いて、行ってみた。そこは電車で3つ目の所で、駅からは5分くらい。近いから街並みも、なんだか家の周りとほとんど同じ感じがする。隼人が玄関のドアを開ける。そこに暗い顔で下を向いている俺がいる。隼人の住まい。本で埋もれている。ほとんどが英字の。天井に届く本棚の重圧感がすごい。ウツの時にはちょっと重い。

「ルバーブのサラダ、っていうレシピを見付けたから。」

フワフワのロールパンと、サラダと、ローストチキン。お腹がいっぱいになって、心も少し落ち着く。さっきあのまま家で泣きながら寝ててもきっと、心は晴れなかっただろう。

「ごちそう様、ありがとう。」

「どんな気分?なにがあったの?」

「もう描けない。」

「え、スランプ?」

「俺のキャリアももうお終い。」

と言って、頭を抱える。

「快青、ちょっと待って。それっていつから?」

「夕べから。」

「そんなのまたすぐ描けるようになるでしょ?」

「でもひと晩かかっても結局描けなくて、前に描いたのを使った。そんなこと今まで一度もなかった。」

「でも待って、それだけでキャリアがお終いなんて、それはね、典型的なウツの考え方です。」

「でもどうすれば?」

「ぐっすり寝て、セックスしていい汗流す、っていうのは?」

「ちょっとそういう気分では。」

「今日、八百屋は?」

「八百屋はやってるけど、俺は月曜日は休み。」

「疲れてるから暗く考えるんだから。じゃあ、俺のベッドでゆっくり寝て。起きたらまた考えよう。」


それで俺は死んだように寝て、起きたらすっかり外は暗くなっていた。

「ありがとう。ぐっすり寝られた。ベッドが大きいからかな?っていうか、大き過ぎない?あのベッド。」

「そうかな?」

「分かった。こんな大きなベッドで寝てるから、隙間を埋めたくて孤独を感じるんだ。なんか置いたらどうかな、服とか、本とか。」

「ま、いいから、そこへ座って。」

リビングの大きなテーブルとソファ。隼人はいい香りのお茶を入れてくれて、それから画用紙と鉛筆を持って来て、

「じゃあ、今なんか描いてみて。」

「え?」

「なんでもいいから。」

俺は大きな画用紙の上に小さなクマさんをひとつ描く。俺は自分で描いて、自分で、

「あ、可愛い!」

と叫ぶ。自画自賛。

「じゃあ、その夕べ描けなかった天使。描いてみて。」

「俺、天使の時は、なんか写真とかあった方が描きやすいんだけど。」

「じゃあ、俺の顔。」

「俺の天使は基本、子供だから。そうだ、隼人の子供の時の写真、ないかな?」

彼はしばらくあっちの部屋の中をゴソゴソやっていて、アルバム一冊を持って来る。

「えー、これ?可愛い!」

で、俺はささっと、天使の顔を描いて、頭の輪っかを描いて、特別大きな羽を描く。また自分で描いて、

「あ、可愛い!」

と叫ぶ。また自画自賛。

「なんだ。描けるんだ。よかった。ありがとう。」

「ひと晩調子悪かったから、もうキャリアがダメになった、って考えるのはほんとにウツの症状。」

「分かった。覚えとく。」

俺はそのまま隼人のアルバムをめくり始め、やっぱり兄弟がいないのって寂しいな。俺んち実はもうひとり上に嫁に行った姉がいて、俺達、年もまあまあ近いし、ワイワイ言いながら育った。隼人はひとりで写ってるのが多い。その時思ったんだけど、きっと俺達は上手くいく。お互いにない部分を補い合い、そしてある物をシェアできる。


俺はまだアルバムを見てて、気がつくと隼人が俺のすぐ側に立っていて、後ろから俺の両肩を抱いて、俺はショックで飛び上がる。彼は、ちょっと笑って、

「ビックリさせた?」

俺はなにも言えずにいて、

「快青がまだ、って思うんならそれでいいし。」

「そんなんじゃなくて。」

「なあに?」

「俺なんかでいいのかな?」

「こっちこそ思ってるよ。俺なんかでいいのかな?って、俺なんていつも死ぬことばかり考えて。」

「それはあんまり心配しない。隼人には俺もいるし、高野さんもいるし、病院の先生とか。だから隼人は大丈夫。そんなことより、俺なんて超庶民で。」

「いつも考えるんだけど、俺なんてほんとに友達作るの下手で、でも快青には沢山友達や家族がいる。それってお金じゃ買えないじゃない?」

確かに友達は多いな。どうでもいいヤツが多いけど。商店街で育って、そこらをひと回りするだけで、そば屋とか靴屋とかコロッケ屋とか時計屋とか床屋とか、みんなずっと知ってる連中で、小学生からの友達もいっぱい。隼人が俺の肩に手を置く。俺はまた飛び上がる。

「隼人。」

「なに?」

「俺のこと、どこがいいの?」

「最初から思ってたのは、すごいアートの才能があっていいな、って。俺のことセロリ君だって、タキシード着て入院してんの。あんなこと普通思い付かないよ。」

「なんだ、そんなこと?」

「それに一緒にいて楽しいし。優しいし。ファションのセンスもいいし。そんなの数えたらキリないよ。」

「うん。分かった・・・いや、やっぱり分からない。」

俺、こういう時ってすっかり女の子になっちゃうんだよな。優柔不断で。

「隼人。これ言った方がいいのかどうか、分からないんだけど。」

「なに?」

「俺もいい年だし。」

「うん。俺もだけど。」

「ここらで落ち付いて、ちゃんと長く付き合える人が欲しいな、って。」

「いいね、それ。落ち着いて、ちゃんと長く付き合える人。」

「わって燃え上がって、傷付け合って別れるようなんじゃなくて。」

「でも、わって燃え上がるのもいいな。それがずっと続けば。」

「うん。実は俺もちょとそれも考えた。」

隼人は俺の肩の上にあった手を、テーブルの上の俺の手に重ねる。俺はまた飛び上がる。彼はまた笑って、

「そんなに緊張しないで。なんか飲もうよ。なにがいい?」

俺はビールを飲んで、隼人はウォッカトニックを飲んでいる。さすがに俺の緊張も少し解けて、

「俺ね実はよく言われるんだけど、こういうシチュエーションになると、女の子になっちゃう。だからすごい緊張するし。疑い深くなる。」

「俺のこと疑ってんの?」

「ゴメンね。ただのクセで、ほんとは疑ってないんだけど、疑ってる気になる。」

「なに?なんで?」

「あのね、ほんとに下らないんだけど・・・身体が目的なのかな?って。」

隼人が爆笑する。そうなるだろうとは予測してたけど。

「だからほんとはそんなこと思ってないんだけど、頭に浮かぶ。」

「想像力がたくましい。そりゃそうだよな。ルバーブさんがバレリーナになるんだから。」

テーブルの向かいに座ってた彼が、俺の横に来て、今度は俺の手をしっかりにぎる。少し酔ってきたせいか、今度は飛び上がったりしないで、彼の手をじっと見る。そしてその温かさを味わう。そして頬にキスされて、俺はバカみたいにシャイになって下を向く。

「ほんとに女の子になっちゃうんだな。」

彼は俺の顔を上に向かせて、

「可愛いよ。」

って、くちびるに軽くキスされて、俺はほんとにそれが今日の限界だな、って思ったから、

「もうダメ。」

「もうダメなの?」

「うん、ゴメン。」

頭の上を天使が3匹くらい俺のことをバカにしながら飛び回って、俺はその様子をさっきの画用紙に、一生懸命絵にして、

「こんな感じ。」

「天使が回ってるんだ。これ、よかったら色付けて。そこの壁寂しいから、フレームに入れて掛けるから。」

出された色鉛筆で色を塗る。俺のことをバカにしてる天使。


そのあと、俺はまた電車に乗って、家に帰った。この辺りのローカルな路線って、駅と駅の間が短いから、3つ目の駅なんて、ほんとは山手線の駅ひとつ分か、それ以下の距離なんだよな。下手すると歩いて行ける。次の日八百屋で働いてて、なんでか知らないけど隼人のことを考えてて、俺達ってどうなるんだろう?もし付き合ったりすることがあったとして、ここは出戻りの姉がいて、家も狭いから、もしかして隼人と一緒に住んで、そしたら本格的なイラストを描くスタジオなんて持たされて、隼人俺の絵のファンだし、自費出版で俺の画集なんてできたりして。いや、そこまでまだ俺の絵は十分じゃないな。なんで自分のことばっか、考えんの?一緒に住んで、こないだのサラダとかローストチキンのことを考えると、隼人の方が俺よりずっと料理は上手いな。でも俺も隼人のためになにかしてあげたいな。もう絶対、孤独とか寂しいとか、って同じことか、でも、そういう思いはさせない。ずっと側にいる。母ちゃんと、父ちゃんみたいに。家の親って、バカみたいに仲いいんだよな。仕事中もずっと一緒にいられて幸せ、って言って客に笑われてるもんな。でも俺なんて、確かに想像力はたくましいかもしれないけど、隼人、セロリ君をあんなに気に入ってくれて。俺、だけど他に大していいとこないよな。隼人なんて、坊ちゃんで社会の荒波も知らなくて、イノセントで罪がなくて、って同じか、そんな雰囲気がある。あんなにたくさんの本に囲まれて、きっと頭の中には19世紀の詩人のことでいっぱい。そう考えると、俺達ほんと似てるとこはあるよな。俺は19世紀のポストカードに描かれていたようなモチーフが好きだし。きっとそのうち俺達コラボでなにかできるな。遺書のイラストじゃなくて。お店にいつも試食用に出してあるルバーブのジャム。みんな美味しいって言ってくれる。酸っぱみが爽やかで、しかも栄養も豊富。ケーキに使ったり、アイスクリームに乗せたり。色もピンクで可愛い。ルバーブさん。俺はルバーブにバレエのコスチュームを着けた絵を描いた。そしてルバーブに関しての情報も少し。栄養価とか、料理の仕方とか。隼人、っていつもなにしてんのかな?やることないことに疲れたからウツになった、って言ってたな。今度の日曜に遊びに来て、って言ってた。俺、月曜が休みだから。今度こそお泊り?お泊りセットを持ってくもの変だな。遂に俺達の初夜?


日曜日、俺は八百屋であまった野菜を持って、隼人の家に遊びに行った。その野菜で美味しいディナーを作ってくれた。彼はお料理が上手。ホウレンソウ君のキッシュ、セロリ君とリンゴの爽やかサラダ、デザートはルバーブさんのスコーン。当然のようにワインが出た。ヨーロッパ式なのかな?綺麗なクリスタルのグラスで。赤ワインでメチャ美味しい。つい飲み過ぎる。なんとなく頬っぺたが熱くなる。

「デザートまで、いつの間に作ったの?」

「簡単だよ。すぐできる。」

「すごいね。」

頭の中に俺達がいつもこんな風に一緒に食事をしてる、ラブラブなシーンが浮かぶ。それって幸せ過ぎて変になりそうな想像。少女漫画みたいに目に星が光り、バラをしょって。俺は終わった皿を片付けて、ちゃちゃっと洗う。これはいつも家でやらされてるから。最後の一枚をすすいでいる時、後ろから抱き締められた。なんかもう逃げられそうもない抱かれ方。

「快青。ゴメン、俺、もうダメ。」

なーんて、俺、どうすればいいの?覚悟を決めて、グラスに半分くらい残ってたワインをグッと飲み干す。彼は俺の手を引いて、ベッドルームへ。彼は自分の服を脱ぎ始め、俺はワインに酔ってボーっとして、それをただ眺めてて、あらわになった彼の胸。いつか一緒に服を買いに行った時にチラって見た、彼の白い滑らかな肌。俺の好みの。俺がボーッて立ってるから、彼はちょっと笑って俺の服に手をかける。俺は我に返って、このヤバい状況に焦り出す。こういう時は俺、完璧女の子になっちゃうから、彼にされるがままに服を脱がされ、

「え、やだ。そんな・・・」

みたいな。彼は多分、俺のために、はやる気持ちを抑えて、ロマンティックにキスしてくれる。俺は女の子っぽくそれを受ける。とうとう裸にされて、細いセロリ君と比べて、武骨な俺の八百屋の身体が恥ずかしい。俺はベッドの上に寝かされ、彼はもう一度俺にキスして、それからなんと、彼はズンズン下の方へ行って、俺の所謂性器をいやらしく、音を立ててしゃぶってくれる。俺のモノは恥ずかしくもマックスになって、彼はまた上に戻って来て、俺に聞いてくれる。

「君、どうしたい?」

「俺も隼人のを舐めたい。」

やだそんな、はしたないこと言っちゃって。隼人のは、予想と違って色が濃くてでかい。こんな色白の人にこんなのなんて、この意外性が興奮度を上昇させる。

「隼人の大きい。」

俺は可愛らしく言って、舌でその大きいモノを夢中で舐めて、口に入れて上下に動かす。俺、実は誰にも言わないけど、すごい年上の元カレがいて、ソイツにさんざん仕込まれたので、フェラは結構、得意。彼も少し声を出して、気持ちよさそう。

「ああ、すごい、快青。」

それから俺の好みの、彼の白いケツにちょっと入れさせてもらって、あんまり中に入る前に興奮し過ぎて、イっちゃって、最後にまた俺の得意技で彼のもイかせてあげた。


俺達初めてで、ふたりでなんだか放心したみたいになって、その夜を過ごした。そのマンションには部屋がたくさんあって、俺はその中にピアノを見付けた。

「隼人、ピアノ弾くの?」

「まあ。」

「弾いてみて。」

「明日。今は胸がいっぱいで。」

「そうなの?」

「快青は?」

「ちょっとだけ。」

朝になって、俺はまだベッドでうとうとしてて、そしたらピアノの音が聞えた。かなり本格的な激しい弾き方。ちょっと驚いてピアノの部屋を覗く。

「ゴメン。起こした?」

「すごいね。」

ふたりでリビングに行って、ソファに座って、

「ピアノ、子供の頃は大っ嫌いで、随分親を恨んだけど、高校でカナダに行って、そこでもちゃんとピアノの練習できる所にホームステイして、俺のピアノをみんなが楽しんでくれて、だからその時から、やっててよかった、って思う。」

「そんなに嫌いだったのに、よく続けたね。」

「俺の母が庶民の出で。なにがなんでも俺に特別なことをやらせたかった。」

隼人はそこで一度言葉を切って、それから、

「俺が今みたいな喋り方する時、要注意なんだよな。」

「どういう意味?」

「庶民の出、なんて、じゃあ俺は自分のこと、なんだと思ってるんだろう?俺の祖母もそうだった。貧しい出で、祖父は祖母のことを愛してたけど、彼女は不幸だった。ゴメン。なに話してんだろ、俺。」

隼人はなにを言いたいんだろう?俺は庶民だよ。どう考えても。でもだからってなにも思わないけど。

「俺がこういう話し方をする時、ウツになってく、ってよく分かる。」

「どんな話し方なの?よく分かんない。知りたい。ウツになってくの?」

「自尊心が低くなるから、自分のことを大きく見せたり。母親が庶民で、父が金持ちで、だからそれがなに?って思うけど、君が庶民だから、そういうこと言うの失礼じゃない?ゴメンね。」

「俺、全然気にしてないし。でも、ウツにならないで。俺が側にいるから。」

「だからそれが家の伝統だって。庶民とくっ付くの。だから俺も・・・俺、なに言ってんだろう?」

「気にしないで。俺、庶民でいるの好きだし。失礼だなんて、隼人に言われるまで気付かなかったし。」

その朝の隼人の表情が、なんとなく初めて会った時の、遺書を書いていた彼に似てるようで、心配になった。

「薬とか、ちゃんと飲んでる?」

「うん。」

「今度、病院にはいつ行くの?」

「来週。」

彼はいつまでも暗い表情で黙ってるから、俺はどうしていいか分からなかったけど、側にいたかったから、帰らずにそこにいて、また画用紙をもらって、色鉛筆で絵を描いた。思いがけず、大作になってしまった。天使とテディベアとお人形が手をつないで空を飛んでいる。その周りにはハートがいっぱい浮かんでいる。

「あれ、また天使?」

「これはね、天使とはちょっと違うの。キューピット。」

「可愛い。」
「これはね。人類皆兄弟、というコンセプトで、君のお祖母さんや、お母さんには、庶民の出だというコンプレックスがあった。だから幸福になれなかった。でも俺はもうすでに幸福だよ。隼人と一緒にいて。」

「快青。俺ね、母親を許せなくて随分悩んで、あの人は俺のことを優秀な人間に育てようと、死に物狂いになって。だから俺は母を施設に入れて、決して会いに行かない。」

「これからは、俺が隼人のこと、いっぱいいっぱい甘やかしてあげるから。ほんとだよ。」

「ありがとう。」

それ言ったまま黙り込んで、俺の大作を見てるから、俺が、

「それは遺書のイラストじゃないからね。」

って、冗談で言ったら、異常に深刻な顔で、俺の方を見た。


ようやく初夜を終えた俺達。次の日、八百屋のあと、俺はまた売れ残ったヤツを持って、隼人を訪ねた。変な時間にパジャマで出て来て、またすぐベッドに戻って、見ると半目を開けてぐったりとうずくまっている。

「いつから寝てんの?」

しばらく経って、

「今朝から。」

という、か細い返事が返ってくる。彼が寝返りを打ったら、寝ている向こう側に、今まで俺があげた天使やテディベアや、昨日描いたキューピット達の絵もある。

「ベッド広過ぎるからなんか置けば、っていうのやってんの?」

彼は半分だけ起き上がって、

「これ、効果ない。」

それでも少し起き上がったことに、俺は安心して、

「なにか作るから一緒に食べよう。」

って、言ったのはいいけど、俺の専門は茶碗洗いで、料理のことは知らない。つい、隼人はあのキューピットの絵に遺書を書こうとしてんのかな?って心配してみたり。とりあえず持ってきたレタスを洗って切る。そしたらなんと大量のサラダができてしまった。恥ずかしくて、半分くらい隠そうと思ったら、パジャマから着替えた隼人が来て、

「なにしてんの?」

って、その大量のモノを見て笑って、俺の持ってきた野菜君達を見て、なにやら作り始めた。俺はそれを興味深く見守って、その手際の速さに感心する。

「お料理どうやって覚えたの。」

「家にずっと家政婦さんがいたんだけど、子供の時から家に他人がいるの、なんとなく馴染めなくて、日本に帰って来てから、ひとりで住めるように色々勉強した。」

「偉いね。」

「あ、俺また言っちゃった。子供の頃から家政婦さんがいたなんて。それってウツだから自慢して、俺を大きく見せようとしてる。」

俺は笑って、

「考え過ぎだって。それより、自分で料理とか、家事とか勉強したんだから、そっちを自慢すればいいじゃない。」

「そういう風に考えたことはなかった。」

「自慢するネタなんて、きっとひと月くらいで底をつくから、なんでも俺に言って。俺、気にしないし。」

「自慢されてなにも思わないの?」

「別に。」

「俺、幼稚園から高校までずっと有名私立だったけど、あ、また言った。」

俺はマジおかしくて、クスクス笑う。

「そこでは色んな自慢をするバカがたくさんいて。」

「俺はね、隼人がそういう有名私立に行ってたとか聞くと、単純に隼人、ほんとによかったな、って思う。それだけ。」

彼は料理の手を止めて、俺にビッグなキスをしてくれる。


家に帰ってケータイを見たら、高野さんからラインが来てる。俺はすぐ電話をする。

「また隼人が遺言状作りたい、って言ってきてるけど、どうなってんの?」

「ウツだ、って自分で言ってます。今日は一日ベッドにいたみたい。俺が仕事終わって行ったら起きて来て、夕食は食べてた。」

「病院には行ってるのかな?」

「来週行く、って言ってた。」

「他にはなにか言ってた?」

「なんか、自慢を始めると、自尊心が下がってる証拠で、それでウツだ、って分かるとかなんとか。」

「へー、俺にはそういうの言わないな。ま、俺の方が家柄も上だしな。俺もそういうの言うけどさ、別にウツとは関係ないよな。」

「俺も関係ないと思うけど、隼人にとってはそうなんでしょうね。」

「俺、ドクターにまた相談してみるから、遺言状のこと。また面倒くさいことするのイヤだから、ドクターに意思能力がない、って判断してもらった方が、俺は楽なんだけどな。」

「そうなると、どうなるの?」

「まあ、少なくとも遺言状は作れなくなる。不動産の売買もできなくなる。その他にも色々ある。考えてみたら、俺は大して楽にならんな。とにかく俺の横つながりで、隼人が他の弁護士事務所に行っても遺言状が作れないようにやってみる。」

なんだか大変だな。天涯孤独って面倒くさそうだな。俺んちなんて人、多過ぎ。俺には姪も甥もいる。従弟も近所のヤツの他に、会ったことないヤツまでいる。それにしても俺になにか人に自慢できること、ってあるのかな?中学の時、体操部のヤツと腕立て伏せをして勝ったことがある。伝説の勝利。他になにかあるかな?イラスト描きの割には絵で賞取ったことないんだよな。その代わり、作文コンクールで地区で一等になったことがある。あれはなんの作文だっけ?全然覚えてない。俺って成績とかよくなかったクセに、小賢しいところがあるから、宿題やっていかなかったのに、やったみたいにごまかす術とかあったな。それがなんの役に立つのかよく分かんないけど。今のことを箇条書きにして

書いて、隼人にラインしたら、大笑いのスタンプが5個くらい帰って来た。元気なのかな?どうなのかな?


なんだか恋に落ちた少女漫画の主人公みたいに、野菜を抱えては隼人の所に通っていた。毎日じゃないけど。隼人はまだ時々変になって、変なことを言う。傑作だったのが、

「君がそうやってここに来るのは、俺の遺言状に名前を書いて欲しいからなんだろ?」

その時の隼人はあんまり起きられない程、ウツが重い時で、俺はあきれて、

「父ちゃんが、金は災いのもとだから、ないに越した方がいいって。それに友達と金の貸し借りはしてはいけない。それは友達を失うことになるから。金を貸すなら帰って来ないつもりで貸せって。今のはお祖父ちゃんの言葉だけどね。まあ、この件で言えば、金の絡むことを友だちとするな、っていう意味かな?」

隼人は俺の言うことをじっと聞いてて、

「俺達、って友達?」

「まあ、少なくとも。友達じゃイヤなの?」

「長く付き合える人が欲しいって、言ってたじゃない。」

「そうだよ。今もそうだよ。」

よく分かんない。分かるのは、隼人はウツっぽい時、猜疑心が強くなる。あんまりこれ以上意地悪を言われたら、俺だって傷付く。傷付くと俺、完璧女の子になっちゃうから。隼人は、

「俺と一緒にいたって、看病ばっかりだもんな。」

って、俺の顔も見ないでそう言って、俺は、

「俺だって病気の時は誰かに看病してもらうし。」

「俺の母親は、父のことを愛してなかった。他に美味しい物があったから。」

隼人は俺の手を強くにぎって、ベッドルームの方へ連れて行こうとする。俺は必死で手を振りほどく。

隼人は、

「イヤなのか?」

って、冷たく言って、

「俺はこういうのはイヤ。意地悪言われて、意地悪するためのセックスなんて、今まで何度もあった。」

「使えないヤツだな。」

って、さらに冷たく。俺はこのくらいのことで傷付くようじゃ、生きていけない、って強くなろうと思ったけど、涙が自然にこぼれて、俺って、この人のことが好きなのかどうかも分からなくなって。


隼人は、前に俺が絵を描けなくなった時、助けてくれた。だから俺は、これが恋愛なんだかどうだかは分からないけど、友達でもなんでもいいから、力になってあげようとしていた。ウツ病についても、双極性障害についても、勉強した。今日も八百屋のあとに行って、彼はドアを開けてくれて、そのまま多分それまでいたベッドにまた戻って、布団をかけてうずくまった。

「どんな調子?」

「頭が重い。」

それは所謂、重頭感っていうヤツだな、と思う。

「なにか食べた?」

「食べたくない。」

八百屋にいる時、高野さんが電話をくれて、俺が夕べ、使えないヤツ、って言われたことを話したら、それは結構きてるから、目を離すな、って言われた。だけど目を離すな、というのは具体的にどうすればいいのか?

「すぐ食べられる物も持って来たし。」

隼人は急に起き上がって、俺の方を見て、

「君が一緒に死んでくれたらいいんだけど。」

「そうじゃなくて、俺達一緒に生きよう。」

そしてまた布団に潜ってしまった。これが結構きてるってこと?俺は家のフリーザーからくすねて来た、冷凍のドリアをふたり分オーブンに突っ込んで、高野さんにラインして、今のことを伝える。

「そろそろ病院にぶち込むか。」

「高野さんも隼人にウツの時、意地悪されたの?」

「俺はいつも優位に立ってたから。俺、グズグズ浪人してたから、アイツより年も上だし。それにアイツ、押しに弱いから。」

そうか、隼人って押しに弱いんだよな。そんなことすっかり忘れてた。俺がいつも女の子みたいに、メソメソしてるからダメなんだ。

「今、なにか食べさせるから。そのあとで本人と話して。」

俺はひとり分のドリアをトレイに乗せて、ベッドルームに向かう。隼人は、身動きもせずに、

「食欲ないから。」

って、死にそうな声を出す。

「あ、これは俺のだから。」

そしてひとりで食べる。ワインも一緒。クリーミーなホワイトソースと、いい匂いのするとろけたチーズ。隼人が布団から出て来て、

「それ、ちょっとくれない?」

「ダメ。」

「ダメなの?」

「食べたい人は、ちゃんと座って、お行儀よく。」

隼人は布団からノロノロ出て来て、廊下をヨロヨロ歩いて、席について、そこで俺は彼の分をオーブンから出してあげる。きっと朝からなにも食べてないんだな、と思わせるような食べ方。

「隼人。俺、今日からここに住むから。」

彼はフォークを口に入れたまま、ショックで固まってる。


俺はさっそくイラストの仕事の道具を運んで来て、空いてる部屋にぶち込んで、八百屋の帰りに少しずつ服やなんかを持って来て、数週間で、すっかり居心地のいい自分だけの陣地を作り上げた。生まれてからずっとガヤガヤした人ゴミに囲まれて育ったから、ここの静けさは非現実とさえ思うほど。

隼人はやっと普通に起きられるようになって、俺は夜は八百屋の間に食べるから、彼はいつも俺に朝と昼の食事を作ってくれた。家事も上手く分担して、俺達は一緒にいるのも少しずつ慣れて、やっといい感じ、って思ったところに、隼人が境界線を越えて、またマシンガントークになってきた。彼の俺に対する執着がひどくなり、どこに行ってもついて来るし、トイレにまでついて来る。そういえば昔、家に勝手に上がり込んだ野良ネコにそんなのがいた。夜はいつまでも身体に触ってきて、寝かせてもらえない。しょうがないからソファに避難すると、「もうしないから」って、そういうのをなん回やっても、埒が明かないし、隼人が夜一睡もできない日が2日続いて、入院して、俺はやっとほっとした。そうだハイのうちに、「やさい君たち」の第4号を創ってもらわなくては。ルバーブさんが赤ピーマンさんと恋をして、その先。そうだ、お料理を取り込んでもいいな。小さい子供でもできるもの。ルバーブを細かく切って豚挽き肉に混ぜて、半分に切った赤ピーマンに入れる。こねて入れるだけなら子供も喜ぶだろう。料理のことは詳しくないから、あとで隼人に教えてもらおう。「やさい君たち」お料理編。どんなお料理?子供が喜ぶのって。幼稚園の時に、大根を輪切りにしてスタンプを掘って、あとでそれをおでんにした。今思うと変だよな。そんなインクついてるの食っていいのかな?シソを入れた巻き寿司。そんな難しいもん、子供にできるのかな?俺にはできないぞ。そこまで考えたところで、セロリ君の目が開いた。

「よく寝てたね。2日分だもんね。」

2日分?」

「うん。2日も寝ないで騒いでた。」

「覚えてない。」

「そんなことより、今のうちに、やさい君たちの4号を考えたいんだけど。それはね、お料理編。」

「野菜のお料理。カラフルで可愛いのがいいな。ニンジンさんの型抜きとか、キャラ弁のノリ。そうだ、カボチャは悪者だから・・・」

「え、そうだった?」

「悪者をやっつけろ!って、みんなでマッシュして、それで蒸しケーキ。」

「あ、それ食べたい。早く帰って来て作って。」

「うん。ホウレンソウ君ディップ。」

「なにそれ?」

「カナダでよく食べた。パーティーとかで。ええと、ホウレンソウをゆでて細かくしてサワークリームと混ぜる。パンにつけて食べるんだけど、セロリ君とかキュウリ君につけてもいいよね。簡単。」

それからあと3つくらい考えてくれて、もう消灯になったんで、

「じゃあ、帰るから。」

「え、帰んの?なんで?」

「だって寝かしてくんないじゃん。俺も付き合って2日間ほとんど寝てないし。」

「なんにもしないから。」

「ダメ。無理。お休み、セロリ君。」


数日後、高野さんから電話があった。

「ドクターが言ってたけど、隼人、薬飲んでないんじゃないか、って。」

「でも入院してるんですよ。」

「入院してたって、イヌやネコじゃないんだから、無理やり口開けて飲ませるわけにもいかないだろうし。飲む薬渡して、その後はチェックしないんじゃないかな。」

「でもなんで?」

「ドクターが言うには、精神安定剤を飲んでるのに、こんなに急にハイになるのはおかしいんだって。」

「そうなんですか?」

「だけど、急に飲んでた薬を止めると、一気にハイになるっていうことはあり得るんだって。それで、ハイのあとは一気にどん底まで落ちるから、見てれば分かるらしい。」

「あの、俺、前から聞きたかったんですけど、どうして高野さん、そこまでドクターに会ったりとか、隼人のために。」

「俺はヤツの後見人だから。弁護士でもあるけど。」

「そうなんですか?」

とは言ったものの、それがなにを意味するのかよく分からない。

「日本だとまだ同性のカップルがパートナーとして認められるの難しいだろ。できないことじゃないから、もし君がドクターと会って話したいなら、手続きする方法を教えてあげるから。」

「でも俺、ドクターに会ったって、なに話せばいいのか分かりません。」

「一緒に住んでるんだろう?聞きたいこといっぱいあるだろう?」

「まあ。でも俺、自分だって時々落ち込んで、どうにもならない時あるのに。それに俺は高野さんみたいに強くなれない。」

無力な自分が悔しいけど、できないことを任されても無理だし。

「俺、実は最初君のこと聞いた時、隼人が変な八百屋に騙されてるんじゃないか、って心配したけど、俺は人を見る目はあるつもり。君にならアイツを任せられる。」

「変な八百屋?」

俺は少し笑ってしまった。

「それに君達一緒に住んでるんなら、どっちかが病気になったり、ってよくあることだろう?」

2日も眠れないなんて、そんなことがよくあることなんですか?」

一気にハイになったり、それにこれから一気にウツになる、って、そんなの俺どう対処すればいいのか。

「俺に面倒見られるんでしょうか?」

「君、隼人のこと好きなんだろう?」

「はい。」

「じゃあ、結論は見えてんじゃない?」

「俺がどうかするしかないんですよね?」

「大丈夫、アイツ押しが弱いから。ちゃんと薬飲んでるのか、飲んでないなら、それはなんでか、ってちゃんと聞いて。」

「そうですよね。俺がちゃんと聞かないと。」

「アイツ、子供の頃、愛情よりも教育に熱心な母親に育てられたらしいから、まだ成長しきってないところがあるから。」

「俺、子育てなんてできませんよ。俺だって長男で末っ子で甘やかされて。」

「適当にやればいいから。アイツだってバカじゃないんだし。ただ、世間知らずってのはあるな。よそで働いたことないし。」

俺は思わず、

「あ、そういえば!」

って、声を上げる。

「なに?」

高野さんは俺の突然のでかい声にビックリする。

「あのね、実はまた突然辞めたスタッフがいて。」

「なに?なんのスタッフ?」

「家の、八百屋の。」

「マジで?」

「はい。やらせてみましょうよ。とっとと病院から出して。」


まず俺がやったことは、ラインで、

「貴方に病気がよくなる気持ちがないと聞きました。そうなると私にはどうしようもないので、荷物をまとめて実家に帰らせていただきます。」

すぐ返事が来る。

「どういうこと?俺によくなる気持ちがない?」

「ドクターが言ってたそうです。貴方が薬を飲んでない、って。」

それからは、約30分ほどの間が空いて、

「実家に帰るのはちょっと待って。」

俺はどっちみちその時、八百屋で働いてたから、今すぐ荷物は運べないんだけど。それからはピークの時間帯で俺もケータイのチェックできなくて、ようやく片付けも全部終わって、ケータイを見たら、なんだかしょーもない言い訳がいっぱい。要約すると、

「ドクターの言ってることはほんとです。ゴメンなさい。俺の具合が悪いと、快青が構ってくれて嬉しかった。」

バカかこの男?子供じゃあるまいし、って子供か。

「さっさと薬を飲んで、とっとと病院から出て来るように。帰って来たら話し合いましょう。俺は子守をするつもりはないし、荷物はもうまとめてあります。」

荷物なんてまとめてないけどさ。家に帰って考えたら、こんな静かでナイスな環境をすてて、またあのガヤガヤした商店街に帰るのもイヤだしな。それに俺の部屋はすでに、姉ちゃんの出戻り荷物置き場になってる。とにかく隼人に早く大人になってもらって。それには社会勉強が一番。


「俺が、八百屋?黒澤家の末裔の俺が?」

「八百屋がなに?俺、小学校入る前からやってるけど?」

「だけど、なんで?」

「社会勉強。一般市民、所謂、庶民の生活を知り、また、身体を鍛えることによって、ヘルシーな生活を送る、これが目的だから。じゃあ、履歴書作っといて。あさって面接があるから。」

やっと病院から出して、厳しく指導しようとしてんのに、なんか甘えてる。ソファの俺の所に来て、なんだか知らないけど抱き付いて来る。隼人、まだ少しハイが残ってるから、八百屋でも上手くやっていけるかも。でもそれもいつまでもつか?でもちゃんと薬飲んでるんだったら、そんなにひどいウツになるはずないんだけど。まだ隼人がなんだかゴチャゴチャ言ってる。

「でもなにも八百屋でなくっても。」

「八百屋で働くか、それとも俺と別れるか。」

「あ、やらせていただきます。」

「きっと楽しいよ。やることあった方が気も晴れるし。」

「俺、仕事したことないから、履歴書の書き方知らない。」

「俺だって八百屋とイラスト以外の仕事したことないし。」

「そっか。」

「大丈夫。面接すんの俺の父ちゃんだから、そんな難しいこと聞かれないし。」


面接会場は、俺んちの茶の間。俺は店に出ながら聞いている。

「へー、こんな立派な大学出てらっしゃる方、初めてですよ。家は近所のおばちゃんが多いんで。何時から何時まで働いてもらえるんですか?」

「時間はお任せします。」

「休みは?」

「休みの日はできたら、月曜がいいです。」

「月曜は快青が休みだから。ま、なんとか調整しましょう。仕事の経験は、不動産の管理?」

「マンションやアパートのマネージメントです。テナントとの色々な問題を解決したりとか。」

そういうの全部、管理会社に任せてて、自分はなにもしないって言ってたような。

「志望の動機は?」

「ええ、っと、身体を鍛えて、ヘルシーな生活を送るため、です。」

「野菜とか、まあ家には果物も置いてるけど、その辺の知識はどうですか?」

「私、お料理が好きなので、かなり詳しいと思います。それから高校の3年間カナダにいたので、珍しい野菜や、レシピ等も知っています。」

上手くやったな。あとでたくさん褒めてあげよう。


家に帰って、たくさん褒めてあげたら、ビックリするほど嬉しそうだった。

「楽しみ!なんかお店屋さんごっこのノリ。」

「お遊びじゃないぞ。」

「分かってるけど。」

またトイレにまでついて来て、俺に甘える。このちょいハイくらいの隼人が一番可愛いんだけど、多少うっとうしいかも。ソファに座ってたら、また俺の身体に手を回してきて、

「俺はテディベアか?」

「そう。」

「そうだったんだ。」

「温かくて気持ちいい。」

俺はテディベアを抱く、タキシードを着たセロリ君の絵を描いてあげる。

「そうだ!快青の本をあそこで売ろう。」

「ええ!恥ずかしい。」

「教育的な本だし。色んな野菜がどんどん出て来るし。あんな天井とか店中に、絵を大量に描いてて、今更恥ずかしいもないでしょう。」

「分かった。俺の本じゃなくて、ふたりの本だもんね。」

今、「やさい君たち」は3号まで出てて、3号はルバーブさんがバレリーナで、3色のピーマンに求婚される。お料理編の4号は、まだ企画中。ちょいハイの隼人は、小学生くらいの感じ。思いっ切り甘えさせてあげた方がいいのかな?俺、子育ての勉強しないと。え?っていうことは俺って、小学生とセックスすんの?ヤバいじゃん、それ。隼人は俺が茶碗を洗ってる時も、後ろから俺の腰に抱き付いて来る。それから変な所にも触ってくる。手が離せないからそういうことされても、逃れられない。今度は俺のシャツの下から手を入れて、俺の敏感な乳首に触ってる。

「隼人!お茶椀洗うの、邪魔しちゃダメでしょ。」

「ゴメン、お母さん。」

やっぱり俺って、お母さんなんだ。え、っていうことは俺達って、近親相姦?様々な妄想を抱いて、ベッドに入る。当然、隼人はさっそく抱き付いて来る。

「俺って君のテディベア。」

「そうそう。」

「テディベアとセックスすんの?」

「そうそう」

「どうやって?」

「クマさんごっこ。」

「なにそれ?」

「快青が、クマさんみたいに座って、絶対動かないで、クマさんだから。」

「それでどうすんの?」

「俺が好きにするの。」

「やだ、そんなの。」

「俺がクマさんのパジャマを脱がす。」

「くすぐったい。」

「動いちゃダメ。」

彼は、クマさんのしっかりたったペニスを弄んでる。俺の息が荒くなる。

「クマさんの上に乗りたい。」

え、そんな体位初めてだから、少し焦る。俺はクマさん座りで、彼は後ろ向きに膝に乘って、俺のペニスを自分の中に差し入れる。クマさんが叫ぶ、

「あ、これ強烈!」

隼人は自分の、気持ちのいい方向で身体を上手に動かして、彼に気持ちいいのって、きっと俺にも気持ちよくて、なんだかあんまり刺激が強いから、

「俺、もうイきそう。」

「まだだめ。」

彼は俺から抜いて、今度はクマさんをうつ伏せに倒して、自分のモノをケツの中に信じらんないくらい、激しく挿入する。それで彼がイって、クマさんのもイかせてくれて、なんだか知らないけど、そのセックスはよかった。クマさんごっこ。そうちょいちょいヤるつもりはないけど。刺激が強過ぎ。


隼人の八百屋デビュー、初日。まず裏方の仕事からなんだけど、仕入れてきた野菜を並べたり、値段をつけたり、そういうこと。店が開いて、接客もして、お向かいの靴屋の奈々ちゃんが来た。俺の同級生。奈々ちゃんは今日の野菜を色々眺めて、ふと仕事してる隼人に気付いて、

「やだ!お店の人?」

隼人は、

「はい。今日からなんで。よろしくお願いします。」

「かなりイケメン。あの、貴方も快青みたいに、あっちの口?最初に聞いとかないと、時間の無駄だし。」

俺が大笑いして、

「奈々ちゃん、旦那に言いつけるぞ。」

ダンナも俺の同級生。電気屋のてっちゃん。隼人が、

「すいません。俺もあっちの口で。」

「なーんだ。やっぱり。」

なんと隼人は、

「快青さんの本が第3号まで出てますんで、よかったら。」

って、薦めてくれて、この店で初めて、「やさい君たち」が売れた。ヤッター!俺はまた頼まれもしないのに、本にサインをしてあげる。

「でもこれ、俺達の共著だから。隼人もサインして。」

彼はメチャ照れてたけど、ちゃんとサインして、奈々ちゃんも嬉しそうだった。俺は隼人がちゃんと、「いらっしゃいませー!」とか、「ありがとうございましたー!」とか大きな声で言えるのかな?って心配したけど、ちょいハイ、っていうのもあるかも知れないけど、しっかりやってた。新しいスタッフで、なかなか大きな声出せなくて苦労する人もいるから。


隼人と一緒に帰って、俺は明日締め切りのイラストの仕事があって、でもどうしても描けない。また?俺が夜中過ぎまで部屋にこもってるんで、隼人がノックして、俺の顔を見て、それだけで察したみたいで、

「休憩しよう。まったりと。」

そう言って、ハーブティーを入れてくれて、

「なに描いてんの?」

「キューピット。バレンタインカード。」

「ああ、あの弓矢持ってて、パタパタ飛んで、イタズラするヤツ。」

俺が参考にしているのは、19世紀にウィリアム・アドルフ・ブグローが描いた、キューピット。タイトルは、「Cupidon」。俺は隼人にそれを見せて、

「俺、あんまりにも偉大な絵画を参考にするから、描けないのかな?」

「いやー、これか。この画家は知ってるけど、この作品は知らなかった。めちゃめちゃエロイなー。」

「キューピットは神聖な者だから、そういう目で見てはダメです。」

「だってこれ、顔と身体は中性的、っていうか、どっちかっていうと少女っぽいだろ?両腕で胸の辺りを隠してる。きっと胸が膨らんでる。だけど、翼で半分隠してるけど、ちゃんとちんちんもついてる。」

「ちんちん?」

「やっぱ、エロい。俺、これで抜ける。」

「マジで?」

「マジ、マジ。」

「そんな風に観たことはなかったな。」

俺は改めてその絵を観る。

「そんなにエロいかな?」

「エロいよ。無理しないでエロく描けば、きっと上手くいく。」

そしたらほんとにそうで、エロく描くと何故かは知らないけど、可愛くなる。エロ可愛い。絵を仕上げてベッドに行くと、隼人が待ち構えてて、

「あのエロい天使、頭から離れない。俺の妄想では、俺が裸で花園みたいな所に仰向けに寝てて、そしたらあの天使が飛んで来て、それが俺の足元から、ほんのちょっと身体を擦り付けるように。そして空中で停止飛行して、俺にキスして。それから俺にちょっと体重をかけるみたいにして、なんとなく彼のちんちんが俺のに触れて、それで、あ、っと思ったらまた俺の頭の方向から飛んで行ってしまう。」

「足元から来て、頭の方へ飛んで行くのが重要なんだ。」

「そう、そう。彼はなんかの用事の途中で、俺のことを見て、ちょっと悪戯して、行ってしまったみたいな感じ。」

詩人の研究をしてた人の言うことは違う。そして俺達はその妄想をもとに、エロイことをいっぱいして寝た。


考えてみると、俺は最近、子供向けの本とか描いてるせいか、絵もイノセントな感じになってしまう。

「隼人、俺これからエロい絵を目指そうと思うんだけど。」

「いいね。俺が色々参考になりそうな本を持ってるから、見せてあげる。」

彼の持ってる画集は、ギリシャ神話に関するものが多くて、

「ほら、ギリシャ神話なんてエロい話しばっか。これが19世紀に復興して流行って、モチーフとして好まれたから、夕べのエロいキューピットもその流れだ。キューピットもギリシャ神話だから。」

「そうなの?単純に、天使なのかと思った。」

「それは後に話しが変化していったから。」

「あれ、俺、頭に輪っかつけちゃった。マズかった?」

「いいよ。あとの世代で変化したから。快青はね、もうちょっとモチーフの年齢を上げてみればいいんだよ。だってあのブグローが描いた天使だって、13才とか14才くらいだろ?キューピットって、そもそも大人の男だったんだ。君の絵はテディベアでも天使でも、みんな小さい子供だろう?」

「そうだけど。」

「年齢を上げて、表情も大人っぽく、拗ねてる顔とか、悪だくみをしてる顔とか、投げキッスにウインクに。セックスを連想させる表情。」

「なにそれ?ちょっとやってみて。」

隼人はほんとにやってくれて、それがメチャ上手。思わず大笑い。

「なるほど。セックスに誘ってる顔。分かった。そういうの描いてみたい。じゃあ、キューピットからやってみる。あと数カ月でバレンタインの入稿の時期だから。俺は12才くらいのキューピットを描いて、それが弓矢でなにかを狙ってるところ。悪だくみ。ウインク。投げキッス。小さい子供にはできないような表情とか、仕草とか。いくつも描いて、自分のブログに載せた。そしたら、いつも、「可愛いですね。そのうち一緒に仕事しましょう。」って、コメント入れてくれる編集者さんが、また同じコメントを入れてくれたので、思わず、「ほんとですか?いつですか?」って、書いちゃった。なんか俺の絵も変化して、自信も出てきたみたい。


隼人と俺はこんな風に助け合ってる。いい関係。とうとう彼にウツがやって来て、八百屋は休まずに行かせてるけど、ものの本によると、「ウツの時に無理をさせてはいけない」。隼人はよそで仕事をしたことがないから、俺としてはそれで責任感を覚えて、病気のコントロールが上手くできるようになって欲しいんだけど。お客さんと話すのが苦痛に見える時は、裏の仕事をやらせてる。荷物運んだりとか、その他もろもろ。今のところ1日も休まずに出勤してる。最近は高野さんに頼らずに、俺が隼人と一緒にドクターと話したりする。ウツの原因は季節もあるんだって。

「でもドクター、まだ10月ですよ。」

「日が短くなってくるでしょう。」

「へー、そういうことが関係あるんだ。」

俺もウツや双極性障害については勉強したから、冬にウツになる人がいるのは知ってたけど。そうか、10月ね。隼人は前から計画してた、マンションにテラスを作るのを実施して、したのはいいけどとんでもない大工事で、うるさくて仕方がない。大分時間もかかって、やっと完成した。隼人がバーテーブルとかジャグジーとか、余計なものばっかつけるから。隼人は朝早く起きて、テラスでウツに効く日光浴をし、夕暮れには、ふたりでまったり酒を飲んだり、ジャグジーに入ったり、なかなかいい感じ。セレブ気分。隼人はもう店でもずっと接客ができるほど快復した。


この頃変な客がいて、年の頃は40くらい。渋いイケメンのオヤジで、誰が見ても隼人が目的で、だって野菜はほとんど買わないで、ずっと隼人とふたりで話してる。コソコソと。俺が近付くと、ふたりは会話を止めるから、なんか非常に怪しい。俺はその客のことはそれまで一度も見たことはなかった。楽しい話しではない。笑い声は聞こえない。決まって、ふたり共難しい顔をしている。そのオヤジは知能犯で、店の忙しい時間帯には絶対来ないで、その前か、その後に来る。隼人も何者かよく分からない雰囲気があるけど、その人も似たような感じで、なんの仕事をしてる人なのかサッパリ見当がつかない。誰なの?って、隼人に何回か聞いてみたけど、はぐらかすからもう聞かないことにした。もう、意地でも聞かない。コソコソ話しだから、顔も接近するし、隼人がこないだやって見せた、「セックスを連想させる」表情を時々そのオヤジにしてる。その人がいなくなると、隼人はいつも放心したようになる。俺は意地でも聞かないことにしたけど、当然、悲しい。


今日は俺の誕生日で、毎年家族がバレバレのサプライズパーティーをやってくれて、なんでバレバレかと言えば、一番上の姉が子供達を連れて来てて、出戻りの姉がでっかいケーキの箱を抱えてるのも見えたから。隼人は今日、早退することになってて、帰る時に見たら、なんと大変なことに、そのオヤジと一緒に行ってしまった。俺の誕生日に?有り得ない。でも俺はたくさんの人に祝ってもらえて嬉しかった。商店街の友達にも、なんだかんだ店の売れ残りのコロッケや、お寿司や、花や、菓子パンや、その他、色々もらった。みんな覚えていてくれたんだ。俺なんてその中の誰の誕生日も知らないのに。それは内緒で。姪っ子も甥っ子も可愛い盛り。上の姉にも隼人を紹介したかったのに。俺は酒屋の友達にもらったワインをがぶ飲みしちゃって、酔ったまんまで電車に乗って家に帰った。その時は10時くらいだったけど、隼人はまだ帰ってなかった。俺は隼人のワインを勝手に開けてまた飲み始めて、なんだか隼人のことも、あのオヤジのことも、俺の誕生日のことも、どうでもよくなった頃に、隼人が帰って来た。立ち上がった瞬間にキッチンの床で滑って、キャビネットの角に頭をぶつけて、そのショックで酔いが醒めて、隼人はなんか考えてるみたいな真剣な顔で入って来て、俺にシャンパンのボトルをくれて、

「ハッピーバースデー。」

って、真面目な顔でキスして、なにか綺麗にラッピングされた物をくれた。酒はもういいけど、ラッピングをビリビリ破いたら、俺が一生に一度は欲しかった、最高級のカシミアのセーター。しかも俺の大好きな、ベージュだかアイボリーだかの中間くらいの色に、一滴ピンクを加えたような微妙な中間色で、マジで泣けてきた。その涙は、セーターの色が綺麗なのと、隼人が誕生日覚えてくれたのと、そのオヤジと怪しいのと、家族と一緒に祝えなかったのと、ごちゃ混ぜで、隼人がシャンパンを開けてくれて、グラスに注いでくれて、俺は、

「もう、酒はいい。」

って、言い残して、ソファに倒れてそのまま朝まで寝た。


目を覚ましたら、隼人が俺の顔をのぞき込んでいて、

「大丈夫?」

「なんか二日酔い。気持ち悪い。」

俺は走ってトイレに駆け込んで、そのままそこにしばらく倒れていた。隼人がドアをノックして、

「大丈夫?」

俺は倒れたままドアを開けて、

「随分飲んだね。」

今日は月曜だから、ふたり共休みで、それから彼は半日俺の看病で、

「なんでそんなに飲んだの?」

俺は意地でも黙ってて、

「快青、ゴメンね。俺、ずっと自分のことばっかりで。」

俺は、なんのことだろう?って思いながら、

「あの人ね、よく八百屋に来てた人、俺の大学の教授。俺に研究の手伝いしてくれないか?って。でも俺はそんなことより、もっと他にやりたいことがあって、その相談をずっとしてて。」

そうだよな、隼人みたいな人が、八百屋なんかで働いてんのおかしいもんな。

「それで俺、快青が、やさい君たちシリーズを出してから、俺もこの世に生きた証に、なにか書き残したいと思って。」

俺なんかの、「やさい君たち」シリーズなんかがモチベーションになったなんて。

「だから俺は本が書きたい、って言ったら、それは全面的に協力するからって言われて、その代わり本が出たら大学に戻る約束で。快青まだ顔色が悪いよ。なんであんなに飲んだの?」

それは全て貴方のせいです。

「本が出るなんて、まだまだ先の話しだからね。それまではずっと八百屋さんだよ。」

俺は力を振り絞って、

「なんの本を書くの?」

「男性同性愛者から見た天使のエロスについて。」

「キューピットは?」

「それも。このテーマも君の絵から発想したんだよね。ありがとう。」

「うん。」

「ゴメンね。俺、自分のことばっかで。快青に少し嫉妬してたのかも。」

「なんで俺なんかに?」

「クリエイティブな仕事で成功して。本を出したり。」

「あの本はふたりで書いたんだよ。」

「そうだけど、俺が研究してきた分野で、ちゃんと書きたい。俺なんてこれから書くんだよ。快青はもうとっくに本出してる。」

「忙しくなるんだったら、八百屋のことは気にしないで。」

「八百屋はね、俺にとって生きる原動力だから。毎日色んな人達に会って。現実の世界を感じる。」

「さっき、生きた証って言ってたけど、それ書いたあと、また遺言状作るの?」

「そういう意味じゃない。」

「よかった。」

「同性愛者から見た天使のエロス?」

「主に中性的な意味合いでの官能について。内容的にはかなりエロいことになりそうで、フィクション要素も盛り込む。だからこの間のブグローが描いた、Cupidonだったら、まず絵について専門的に言及して、そのあとに俺自身が抱く妄想を書く。」

「面白そう。」

「だといいけど。挿絵、お願い。」

「いいの?俺で。」

「君の絵から発想したんだから。」

「俺がそんな大学の先生の本の挿絵なんて。ご冗談。」

「それは文章ができたらまたお願いするから。きっと楽しい仕事になるはず。俺の妄想爆発だから。」

「俺は隼人が将来のことを考えてるのが嬉しい。なんでも手伝うから言って。」

「ありがとう。あのね、君は俺のインスピレーションなんだよ。愛してる。快青。」

俺は二日酔いで寝たまま30cmくらい飛び上がる。

「あの時君が、俺の遺書に挿絵を描いてくれてたら、俺、今ここにいないから。」

「でも普通あの場面で、描かないでしょう?」

「分かんないよ。仕事だからって引き受ける人もいるでしょう?」

「だから俺、いつまでも売れなかったんだ。」

「君には人を思いやる気持ちがあるんだよ。それで人々に信頼されて今、売れっ子になったんだから。」

「でも、その前に隼人が俺のイラスト気に入ってくれなかったら、そもそも俺達出会わなかったし。」

「ふたりで運命を作ったんだよ。」

「それってロマンティックなこと?」

「そうだよ。」

「いいな、そういうの。それより俺、まだ気持ち悪い。」

「なんかちょっと食べる?」

「うん。」

隼人はやさい君たちがたっぷり入った、スープを作ってくれた。さっき彼は、愛してる、って言ってたの分かってたんだけど、照れくさいから、二日酔いで聞こえなかった振りしちゃった。隼人ったら、あんなこと言っちゃっていいのかな?どうなのかな?


隼人は毎日八百屋で元気に働いて、夜は数時間書斎にこもる生活。それが3週間ほど続いて、今度は、眠れない、って言ってる。ちゃんと薬飲んでんの?とか、ドクターになんか言われた?とか聞いても、はっきりした返事が返って来ない。書くのが忙しいんなら、八百屋の時間減らそうか?って言っても、大丈夫だって。どうして眠れないの?心配になって、ある夜問い詰めたら、

「全然書けない。」

「だって毎晩書いてたじゃない。」

「あれは書斎にいただけ。なにも書いてない。」

「だってテーマも決まってたし。」

「そうだけど、いざ文章にすると、つまらない。」

寝られない、って言ってる割に妙に元気で、お客さんとも普段より会話が弾んでるし、観察しているうちに、例のマシンガントークが復活。店でも家でも、ずーっとひとりで喋ってる。夜は書斎にこもって何時間も出て来ない。書いてるのかな?なにしてんのかな?時々ノックして、

「ちょっと休む?なんか食べる?」

って、聞いても必死になんか、キーボードを打っている。ほんとに本書いてんの?突然、核心を突いてみる。

「隼人、ハイなんでしょ?ちゃんと気をつけないと。寝てないんでしょ?」

「これで書けるようになったけらいいんだ。」

すごい速さで文字を打ってる。俺が買った双極性障害についての本があるんだけど、それによると、ハイの時になにをしても、なにを書いても、あとで見ると意味をなさない、って。

「隼人、なに書いてるのか、ちょっとだけ見せて。」

で、読んだけど、やっぱり意味をなさない。正直、多少いい部分もあるけど。しかし、だからと言って隼人を危険にさらすわけにはいかない。俺はドクターに連絡をとって、

「何日も寝てないみたいで。」

「こないだ来た時は、調子いい、って言ってたけど。」

「ワザと薬飲んでないと思うんです。」

「なんでそんなことする必要があるの?」

「なんでも、ハイになると本が書けるから、とか。」

「本、書いてるの?」

「そうなんですけど、全然進まなかったんで、そういう作戦に出たんだと。」

「ハイの時になにを書いても、メチャクチャなだけだろ?」

「ところがね、ちょっと読んでみたんですけど、そうでもないんですよ。部分的にいい所もあるんですよ。」


隼人は普段真面目だから、ハイの時の方がきっとクリエイティブになる。でもだからといって身体を壊すようなことがあってはならない。俺は彼から絶対目を離さないようにして、店にいる時はもちろん、コンビニに行く時さえ、ついて行く。以前ハイの時、ベガスで散財した、って言ってたから、そういうことのないように。隼人はずーっと上機嫌で、夕べは何ページ書いたとか、そういう話しをして、夕べはちゃんと寝られたのか?という質問には答えず、俺は彼がひと晩書斎にいてベッドに来なかったのを知ってるから、どうせやるんなら、とことんやろうと思って、胸倉を捕まえて、

「夕べ寝てないだろ?薬もずっと飲んでないだろ?身体壊して、深刻なことになったら、どうする?それでも本の方が大事なの?」

「大事。」

今夜も彼はずっと書斎にこもっていて、俺は遂に最後の手段に。ドアをノックして、

「わたくし、実家に帰らせていただきます。」

「あ、そう。」

「え?あ、そう?俺よりも本の方が大事なの?」

「そうかも。ゴメンね。」

「俺のこと愛してる、って言ったのは?」

「君のことは愛してるけど、本も大事。」

言ってることがメチャクチャ。実家に帰る支度をしてる振りして、隼人の荷物をまとめて、とうとう幻聴が聞えてきたそうで、めでたく、病院にぶち込むために、タクシーに押し込んだ。

「どんな幻聴が聞えるの?」

彼はケラケラ笑いながら、

「宇宙の回る音が聞える。」

「すごいな。どんな音?」

「山手線みたいな音。」

「宇宙ってそんなに速く回ってるんだ。」

「そんなの全然大したことない。」

「電車みたいに真っ直ぐ走ってるうちは全然ダメで、ジェットコースターみたいにグルグル回り出したらヤバい。」

言ってることがメチャクチャ。

「ジェットコースターに乗ってるうちに、骨格の部分はもう書いたから、あとは楽勝。」

すごいな。天才?そんなわけないよな。でも古今東西の作家や芸術家で、双極性障害だった人が大勢いるらしいから。しかし、はた迷惑な男だな。ナースにでっかい注射を打ってもらって、安らかに眠ってもらった。4日くらい寝てないと思う。PC もケータイもなしで、当分幽閉する。


1日は寝てるだろうと思ったから、起きただろう時を見計らって、見舞いに行った。そうするとPCがないから手書きでガンガン書いてる。ノンストップ。

「ドクターから書いてもいいって、許可もらったんですか?」

って、耳元ででかい声で聞いてやっても知らん顔で書き続けている。隼人、本は研究の部分と、自分の妄想のフィクションの部分がある、ってことだったけど、今書いてるのって、どっちかな?って床に落ちてるのを拾って読んでみたら、100%妄想でセックスのことばっか書いてる。すごいわ、この速さでこんなこと書けるなんて。やっぱり天才?のわけないよな。天才的な部分もあるんだけど、それはどうして世の中には、ホモセクシュアルや、両性具有が存在するのか?という部分で、全く論理的ではないんだけど、もしかしたらそうかもしれない、と思わせような妄想的な仮説が出てくる。俺は隼人に会いに来たんだけど、相手にされないから、ひとりで歌を歌ったり、部屋をグルグル歩いたり、それでも相手にされないから、病棟をひと回り散歩して、それでも無視されたから、今度は病院をひと回りしてきた。面白かった。結構大きな病院だから、色んな建物があって、色んな人がいて。お洒落なカフェまであって、そこで美味しいコーヒーを飲んで、花屋をのぞいて、売店をのぞいて、お見舞い用品も色々売ってる。雑誌とか、縫いぐるみとか、ピクチャーフレーム?誰の写真を入れるの?これを買って、俺の写真を入れて病室に飾ってやろうかな、って思ったけどバカバカしいから止めた。なんか買ってあげたいんだけど、ハイを静めるような物ってなんだろう?テディベア?いいかもしれない。テディベアだったらお店の棚いっぱいに飾ってある。大きさや、色も様々。値段も様々だけど。今日から抱いて寝てもらおう。どれにしようかな?決め手は、色、だな。落ち着いた色。白か、淡いブルーのクマさん。白いのは汚れそうだから、やっぱりブルーのにした。実際ちゃんと抱いてみて、抱き心地もチェックした。ラッピングしてもらって、病室に帰る。そしたらまだマシンガンのように書いている。ナースが廊下を通り過ぎる時だけ、紙と鉛筆を布団の下に隠したから、きっとほんとは書いちゃいけないんだな。病院にいれば安心だから、俺もドクターにチクったりはしない。でも相手にされないと腹が立つ。

「隼人。俺もう帰るから、お休み。」

クマさんをベッドの上に投げてやった。


その2日後に八百屋の終わったあと行った時、隼人は寝ていて、その横にはブルーのクマさんも、ちゃんと布団をかけて一緒に寝ていた。俺が静かに部屋に入ると、彼は気配で目が覚めたみたいで、すごく嬉しそうに、

「快青。よかった来てくれて。」

あ、よかった。今度こそ相手にしてもらえるって喜んだのも束の間、

「あのさ、紙とペン取られちゃって、君のケータイで録音してもらえる?」

隼人は相変わらずのマシンガンで、意味のあることも意味をなさないこともあったけど、さすが大学で研究しただけあって、俺の知らない日本語も飛び出してくる。キューピットの話しをしている。なぜキューピットがそんなにエロいのか?裸だし。だって、それって当たり前。オリジナルのギリシャ神話のストーリーも相当エロい。キューピットが間違えて自分の矢で自分の足を傷つけてしまい、恋してはいけない人に恋してしまう。愛は結局錯覚だから?ほんとにそう思ってんの?じゃあ、俺のこと愛してる、っていう話しはどうなんの?そんな調子でなんと2時間、ノンストップで録音して、やっとケータイを止めて俺の方を向いたと思ったら、

「今の部分、挿絵が欲しいんだけど。キューピットの変遷。時代によってどう変わっていったのか。ここ抜け出したら、俺が資料を渡すから。」

「抜け出したら、って、脱走するつもり?」

「頭の中にどんどんアイディアだけが堆積して、辛すぎるから。」

「脱走されるんだったら、ドクターに紙とペン返してもらうように言うから。」

「ほんと?返してくれるのかな?」

「脱走されるよりはいいんじゃない?でも隼人、頭休ませないと、壊れちゃったらどうすんの?」

「研究のために死ねれば本望だ。」

「そんなこと言うんなら、実家に帰るし、挿絵は描かない。それにさっきのアレはなんですか?」

「なに?」

「愛は錯覚だって。」

「だってそうでしょ?」

「じゃあ、俺のこと愛してる、って言ったのは?」

「ああ、アレ?」

「うん、アレ。」

「アレは、だから。」

「だから、なに?」

「あ、このクマさん。ありがとう。ブルームーンという名前をつけたから。」

「いい名前じゃない。」

「バラの名前。」

「そうなの?ロマンティック。でも俺のことは愛してないんだ。」

「錯覚としての真実で愛してる。」

「意味分かんない。」

「じゃあ、君はどうなの?俺のこと愛してんの?」

「今の隼人は、はた迷惑なだけだけど。しかし、ハイが創作のエネルギーというのは本当かも知れない。」

「愛してるの?愛してないの?」

「なんだっけ、さっきの?錯覚としての真実では愛してるよ。」

「そう。じゃあこのあとは、男同士の愛のケミカルについて語るから。」

「まだやんの?」

「愛は錯覚だけど、錯覚じゃない。」

そうだったんだ。隼人はその調子で消灯まで喋り、その話しは興味深かったので、俺も真剣に聞いてしまった。隼人の憶測と希望と幻想に満ちた珍説だけど。

「性愛に満ちた人物にとって、セックスの快楽の相手は男でも女でも関係ない。」

そうなの?知らなかった。それってただのスケベなオヤジとかの話し?

「最も理想的なのは、両性をあわせ持った存在。あ、それで快青、ここでも挿絵がいるから。神話に現れる美しい両性具有の姿。」

「分かった。でもさ、隼人って、両性具有の人ともヤれんの?」

「俺は、ちんちんがついてれば。」

「へーそうだったんだ。じゃあ天使は?天使って両性具有じゃないの?」

「そういう時もあるけど、そうじゃない時もある。天使の服めくって、ちんちんついてたら、ヤりたい。」

そうだったんだ。俺は個人的にはちんちんついてても、身体があんまり女くさいのはやだな。俺は男の身体に惚れるタイプだから。隼人って、男性性器フェチなのかな?ま、いいや。

「それで、快青にイカルスの挿絵を描いてもらいたい。」

「イカロス、って天使でもなんでもないじゃない?」

「そうだけど、羽つけててエロければ、俺、なんにでも言及するから。」

隼人、って羽フェチなのかな?今度エッチする時、羽でくすぐってみようかな。興味深い話しだったけど、消灯の時間になって、隼人は、まだ頭の中が沸騰している、とわめいていて、ブルームーンには癒しの効果があると言って、喜んでる。俺はついうっかり、

「また明日、八百屋終わったら来るから。」

「ほんと?よかった。アイディアの行き場がなくて、苦しい。」

「お休み、隼人、お休み、ブルームーン。」

両方にキスして、俺はそこを出た。


帰ってからイカルスのことを検索してて、やっぱり大人の男が翼を背負ってるのって、エロいな。キューピットも、本来は大人の男だ、って隼人言ってたな。俺も挿絵描くんなら勉強しとかないと。イカルスはイケメンだったけど、きっと頭は弱かったんだな、翼が溶けて海に落ちて死んだ。天使と言えば、SF映画の「バーバレラ」に出て来る天使はエロイぞ。ティーンエイジャーの時、よくお世話になった。隼人に聞いてみよう。知ってるかどうか。そういえば、「バーバレラ」の天使も大人の男で、翼を背負ってて、イケメンだけど頭は弱いな。そういうのがエロいのかな?アホなのも可愛いかもしれないけど、付き合うのはちょっとつまんなそうでやだな。あの映画もまた観ておこう。勉強することたくさんあるな。エロい大人の男の天使はなぜアホなのか?アホっていうか、あれだな、きっと純粋で騙されやすくて、隼人みたいな頭のいい男に服の裾まくられて、ちんちんついてると、ヤられたり、そういうことかな?勉強しないと。イカルス、バーバレラ、それからキューピットが大人だった頃。天使の頭の中、ってどうなってんの?バカなの?インテリジェントなの?キューピットの年齢が下がっていく過程。ギリシャ神話の頃のキューピット。なるほど、大人の男。これはエロいかも。マジで抜ける。こんなヤツが飛んで来たら、俺、絶対ヤるな。隼人には悪いけど、でも隼人が俺のこと愛してるんだかイマイチ分かんないし。本が書けないからって、ワザと薬飲まないでハイになろうなんて、頭かなり変だよな、って変か、もともと。そもそも俺に会ったのも、遺書にイラスト描いて欲しい、だもんな。相当変だわ、やっぱり。今までそこまで変だって気付いてなかった。でもよかった。今、気付いといて。今度こんなことがあった時に慌てないように、心構えしとかないと。幻聴が聞えてるらしいし。大丈夫かな?こないだから録音したヤツ、勉強のために聞いてみたいんだけど、隼人みたいに頭が変になっても困るし、どうしよう?隼人、いつかウツ病気質の人同士は惹かれ合う、って言ってたな。俺にも双極性障害があったらどうしよう?それはないな、って考えてるうちに、眠りに落ちた。


俺はまた隼人とブルームーンに会いに行った。隼人によると、彼の大学教授は隼人が大学時代はまだ助教授で、やっぱり隼人みたいに19世紀のヨーロッパの作家の研究をしていたらしい。名前を真田という。

「真田教授にここで書いてたの見せたんだけど、彼が言うには、いっそのこと予定の学術研究の部分を全部カットして、俺の妄想フィクションだけの本にしたらどうか、って。」

「それすごい決断ですよ。とんでもない本になりそう。俺、頑張らないと文章に負ける。」

「文章に勝った挿絵もマズいでしょう?」

「そうだけど、文章が正気じゃないのに、絵だけ正気なわけにもいかないでしょう?あれ、隼人もうドクターここで書いてもいいって?」

「そう、大分落ち着いてきたから、大丈夫でしょう、って。」

「そうは思えないけど。」

俺は数ページ目を通してみた。やっぱり最初から最後までセックスの話しばっか。こんなんでいいのかな?

「これ、大学の出版局から出すんでしょう?こんなんでいいの?エロ本よりきてる。」

「ほんと?ありがとう。俺ねそれを目指してたから。エロ本よりきてる。」

「ここんとこ、そこらのエロビデオよりいい。天使が来て俺を捕まえて、飛び上がって、高い木の上の巣に連れて行かれてヤられる。いい、これ。俺もそれヤられてみたい。隼人はどういうタイプの天使がいいの?」

「俺はやっぱ、アレだな。中性的。ちんちんはついてるけど。」

俺なんて全くそういうタイプじゃないのに、なんで俺のこと好きなんだろ?俺は庶民で八百屋で武骨な身体で、でも中身はかなり女の子で少女漫画。

「俺、全く中性的なところないのに、なんで隼人、俺のこと好きなの?」

「中身かな。ああいう綺麗な絵を描いて、繊細で、アーティスティックなところが好き。」

でももし、マジで中性的でちんちんのあるヤツが来たら、隼人そっちへ行っちゃうのかな?そんな疑いを抱いていた時に、真田教授がバタバタ忙しそうに入って来た。

「近くまで来たんで。」

教授は俺に会釈をして、

「君、八百屋さんの息子さんだね。」

「そうです。よく、覚えてましたね。快青です。」

「隼人から色々聞いてるんで。挿絵を描いてくれるんだよね。」

「そうです。でも内容が内容なんで。」

隼人が、

「快青は俺の文章が、正気じゃない、って。」

と言って、なぜかクマの頭を撫でる。

教授は、

「まあ、正気ではないでしょうね。こんな所に入院してるんだから。」

そして俺に向かって、

「この本には、古代から現代までに描かれた、天使やらなんやらのペインティングも載せる予定なので。」

「え?じゃあ、あのブグローの天使も?」

「ブグローの天使はいくつか載るよ。」

「それマズいじゃないですか?そういのが載ってる本に俺の挿絵なんて。」

「作風が全く違うし、目的も違うんだから、気にしないで、貴方らしい絵を描いてください。」

隼人は、

「俺、真田教授に快青の絵を山ほど見せたから。それでオーケーもらってるし。」

「ちなみに俺のどんなタイプのイラストがいいの?」

「俺はやっぱり一番最初に観た、遺書のイラスト。」

「へー、ああいうの?だけど、なんの絵描けばいいの?」

「要するに妄想フィクションだから、天使に捕まって飛んで行ってヤられるとことか。」

「マジで?」

「それから、天使の着てるローブをめくって、ちんちんついてるかどうか調べてるところとか。」

「そんなスケベな絵、どうやって描くの?」

真田教授が、

「君のあの、やさい君たちの挿絵、あんな感じで、物語を説明して楽しくするような絵になればいい。」

そして教授は、入って来た時と同じように忙しそうにバタバタと出て行った。

「そうだ、快青のケータイでまた録音させてくれないかな?」

「紙とペンはいいのに、ケータイはまだ返してもらってないんだ。」

「なんか書くのは、発散だからいいんだって。でも検索したりとかそういうのは、頭を疲れさせるんだって。」

俺はこないだみたいに長い時間、彼の妄想を聞いてると、また頭が変になりそうだったんで、部屋を抜け出して、病棟を見学して、病院中を散歩して、ブルームーンを買った売店も通ったけど、今度はなにも買わないで、部屋に戻ったら、隼人はまだ俺のケータイに向かって、妄想話しを続けていた。俺も少し紙をもらって、天使の絵をいたずら書きみたいに、いくつか描いてみた。隼人がそれを観て、

「もっとエロくて、なにか企んでる感じ。」

そしてまたケータイに向かって、自分の妄想話に戻る。そして俺はエロくて、なにか企んでる感じの天使を描いてみる。少し年齢も上にしてみた。さっきのは服を着てたけど、今度のはほとんど裸で、申し訳程度に、薄い布が腰に巻いてある。でも隼人の好きなちんちんはちゃんと見えている。隼人は「いいね!」サインを出す。考えてみたら、絵画にある天使だかキューピットだか、ってなんか変な物を腰の周りに巻いている。薄い布。長くて風になびいて、それはそれで美しい。それからビンテージのポストカードなんかに多いのは、身体にリボンを巻いてて、胸のとことか、背中とかに蝶々結びをしている。可愛いんだけど、なんでリボン巻いてるんだろ、って考えたら、あれでちんちんを隠してるんだ。それから隼人の好きなブグローの天使は、翼で半分くらいだけど、ちんちんを隠してる。花で隠してるのもあるな。それから弓矢で隠してる。それはキューピット。こういう、どこからともなく布やリボンが飛んで来るのって、すごく笑える。俺は、布と、リボンと、翼と、花と、弓矢で局部を隠してる、5通りの天使を描いてみた。隼人が笑っている。隼人は天使とセックスするために、考えた様々な方法について語っている。そもそも天使ってどこで出会えるの?どうやって落とすの?落とすって、撃ち落とすんじゃなくて、口説き落とすの方だけど。どんな風にセックスするの?全然分からない。隼人って、いつもそんなこと考えてたのかな?こんな病室にいたんじゃ、エッチなこともできなくて可哀相。でもかえってそれで妄想が広がるのかも知れない。天使を落としても、翼があるからすぐ逃げられる。自分もしがみついて一緒に飛ぶ。俺はそれを絵にしてみた。飛んで行くのをすんでの所で捕まえて、そしたらなんか天使の腰にしがみついちゃって、そしたら目の前がちんちんで、飛んでる間にそれに触っちゃって、天使のちんちんがヤバいことになる。分かった!隼人の妄想って、とてつもなくセクシーな妄想だから、このくらいの挿絵を描いても全然オッケーなんだ。なるほど。消灯時間になった。

「隼人、俺もう行くから。早く元気になってね、じゃなくて、早く元気じゃなくなってね。」

隼人はまだ俺のケータイになにかを語りかけている。俺は、ケータイの側で、

「隼人。俺のこと、愛してる?」

「愛してる。愛してる。」

「じゃあ、俺も、隼人のこと愛してる。」

今のは録音してたから、証拠になるな。俺、隼人に愛してる、って言ったの初めてだな。なんであんなこと言っちゃったんだろう?きっと俺達の妄想コラボレーションが上手くいきそうだから?そうかな?どうだろ?


隼人は今、ちょいハイくらいで、まだ病院に幽閉されている。ドクターにまで妄想話しを延々と語るそうで、危なくて出せないらしい。入院して、もうひと月くらいになる。真田教授が時々本の進行状態をチェックしに来る。その時は俺も行って、一緒に打ち合わせをする。本の骨格が決まって、章の割り振りも決まる。といっても、破天荒なストーリーだから、ワザと話の展開が現在から過去へ、そして未来へまた過去へ、みたいな順序。その辺はさすが教授で、型にはまらない編集。今日は表紙の話しになった。俺はずっとなんとなく、ブグローの天使の絵かな、って予想してて、教授が、

「快青さん。考えてみて、表紙に美しい天使の絵があって、それでまあいいんだけど、普通は。でも俺達の創ってる本は、普通じゃないから。君が描いてください。」

「はあ?俺が?表紙?マジで?」

って、最初笑って、そのあと真面目になって、それから泣きそうになって、

「そんな大役!」

教授は、

「心配しないで。本屋に来たお客さんが、なんだコレ?って、手に取らざるを得ない、って感じの表紙にすればいいだけの話しだから。」

隼人の方を見たら、ひとりでブルームーンに高い高いをして遊んでいた。


だから隼人はそんなに表紙のこと、気にしてないのかな、って思ったらそうじゃなくて、俺が何度描き直しても絶対納得しない。俺はでき上って来た活字を読んで、隼人が最初に言ってたことを思い出して、なんでも、「男性同性愛者から見た天使のエロスについて」とかそういう感じ。だからその根柢のところを描こうとするんだけど、気に入ってもらえない。普通、イラストなんて、編集者が先に決めてて、スケッチまでしてくれる人もいるし、そりゃそんなの面白くもなんともない仕事だけどさ、なんで俺がアイディアまで出さないといけないのか、ってそんなとこからケンカになって、それがほんとのコラボだろう?って隼人は譲らないし、なに描いても気に入らないし、俺はマジで、実家に帰らせてもらった、って言っても隼人まだ病院だけど。意味あんまりないけど。隼人に、退院しても俺はもうあそこにはいないからって、会いたくなかったから、下絵はメールで送って、何回かメールしてるうちに、なんと驚いたことにオーケーが出た。それは、天使が飛び立って、男は逃がすものかと腰に抱き付いて、そしたら目の前がちんちんで、ちょっと触っちゃったかな、っていう例のヤツ。俺、こんなはしたない絵を描いて、俺のキャリアに傷がつくと思ったけど、どうせ大したキャリアじゃないし。どのくらいはしたないかと言えば、右手が天使の腰で、左手で局部に触って、舐めてるのか舐めてないのか、どうするかで、議論になって、そしたら隼人は右手は腰じゃなくてケツ握ってるのがいい、って言ってきて、俺はそれはどっちでもよかったからその通りにして、局部を舐められた天使はどんな顔するのか、それでまた議論になって、慌てた顔をするのか?困った顔をするのか?感じてる顔をするのか?天使の年齢は18才以上に見えるようにしろ、って大学側は言ってきたんだけど、真田教授はそんなこと気にすんな、って言ってるし。じゃあ、俺、どうすればいいの?隼人は18才でいいらしい。俺はほんとは14才くらいにしたかった。所謂、猥褻な絵だから未成年はヤバい、と隼人自身が言うんで、俺はマッチョっぽい18才にした。普通局部を隠している薄い布は、空を飛んでるけど、飛んでるだけでなにも用はしてない。だからふたり共はだか。天使は思いっ切り感じた顔をして、片手で舐めてる男の頭をつかんでる。確かにこの絵を観て、本屋で手に取らずにはいられない雰囲気は出てきた。大人の男の天使が飛び立って、男にケツつかまれて、ちんちんを舐められて、飛びながら思いっ切り感じた顔をしている。


実家に帰ったと言っても、もう自分の部屋はなくて、もと俺の部屋だった部屋は出戻った姉ちゃんの倉庫で、姉ちゃんも俺と同じく着道楽だから、部屋にあるのはほとんど服で、俺は服と服の間に、キャンプ用のマットレスを敷いて寝ている。イラストは茶の間で描いてるんだけど、はしたない絵ばかりだから恥ずかしい。みんなは俺がエロ本の挿絵画家になったと思っている。でき上った表紙と、その他を持って病院に行った。道を歩きながら、もうこれで隼人と会うこともないなって、思い切り気分は暗かった。でも自分の本の表紙や挿絵にこだわるのは当たり前のことかもしれない。だから多少ケンカになったとしても、それは当たり前のことで、結果がよくなればケンカのしがいもあった、っていうことで、俺ってなんで実家に帰ったのかよく分からなくなってきて、それからは隼人に会うのがやや楽しみになってきた。病室は個室で廊下側が窓になってる。ドアをノックする前に俺は窓からちらって中を見ると、真田教授がいて、ベッドに座っている隼人の肩を抱くようにして、隼人の顔をのぞき込んでいる。なんか怪しい接近の仕方。ふたり共シリアスで、なんか邪魔したくないなと思ったけど、俺には関係ないし、窓ガラスをノックして勝手に部屋に入って行った。このふたりってそういう関係だったの?俺はショックだったけど、もう別れた人だし、関係ないと思ってもやっぱり悲しくて、絵の説明をざっとして、もう会うのも嫌だったから、その場で全部点検してもらって、いくつか修正する箇所があって、俺はそれはできたら郵送するから、と言って帰ってきた。真田教授は怪しい沈黙を守って、俺の絵は一緒に点検してたけど、特になにも意見は言わなかった。隼人にも新しいんだか、古くからいたんだかなんだか知らないけど、彼氏ができたし、俺もこれでめでたくシングルだな。


家に帰った頃くらいに、隼人からラインが入ってたけど、無視してやった。会って話し合いたいとか言ってる。話し合いたいことなんてないし、話し合わないといけないことしてんの、あっちだし。でも夕飯食べてる時、この先隼人なしで、人生楽しくないじゃん、って思ってうろたえて、ラインの返事を出してしまった。

「話し合うようなことがあったんですか?」

「さっき、教授に君のことを相談してて。」

「それにしては親密が過ぎる。」

「君に去られたらまた孤独に戻るのかと。泣きそうになって。」

俺はここで心が動かされたけど、

「教授のこと好きなんでしょう?」

「それはない。本が出たら一緒に働く。それだけ。」

そしたら毎日会うことになるんだ。俺の猜疑心や嫉妬心、時々コントロールできなくなる。多分自分に自信がないから。今回もとっとと実家に帰っちゃたし。逃げるように。逃げなくてもいいのに。なんで逃げるの?

「快青ほんとに実家に帰ってるの?いつ帰って来るの?」

「隼人にはもう会わない。」

「俺はまたあの孤独に戻るの?」

「大学で働くなら、人がたくさんいるじゃない?色んな出会いもあるじゃない?」

俺なんかみたいな八百屋より、インテリな大学生とか教授とか。

「大学は俺にとって現実じゃないから。孤独になるだけ。来週退院できるから、また話そう。」


その来週が来て、俺はまだ隼人を失った悲しみにくれてて、でも万が一、隼人が言うように真田教授は隼人の相談に乗ってるだけで、俺に家に本気で帰って欲しくて、俺がいると隼人は孤独を感じなくて、俺達ずっと愛し合っていられるんだったら。でも彼には大学での生活が待ってる。好きな研究ができるなら、多少孤独になってもきっとすぐ慣れる。真田教授もいるし。朝からうだうだ考えて、この家にはもう俺の居場所もないし、ひとり暮らしするほど八百屋でもイラストでも稼いでないし、姉ちゃんは当分出戻ったままだし。俺も遺書でも書こうかな。自分で挿絵も入れて。どんな挿絵がいいだろ?景気のいい感じの、あんまり遺族が悲しくならないような可愛いの。淡いブルーのテディベア。エッチな天使。バレリーナのルバーブさん。本文よりも挿絵を先に考える。意味が分からない。じゃあ文章は?「みんな愛してました。さようなら。」これは暗に、隼人のことを愛してたという意味。名前出すの恥ずかしいから、「みんな」でひとまとめにした。これじゃあ、動機がないな。「孤独」のわけないよな。こんなにうるさいほど人が周りにいて。「失恋」?今時失恋で死ぬ人いるの?どうだろ?「俺の居場所がなくなりました。」そんなこと言っても姉ちゃん、反省するような人じゃないしな。「将来に希望が持てません。」でも前よりイラストの仕事来るよな。隼人の妄想の本も出版されるし。あのはしたない表紙を描いたのは誰だ、とかいって話題になるかも知れない。でも、もう隼人の仕事はこりごりだから。


4時になったから店を手伝おうとして、2階から下りて行くと、また母ちゃんが仲人おばさんと話してる。

「快青ちゃん、帰って来たんでしょう?今度こそ男は止めて、あっちの口からこっちの口に戻って来ないかしら?素敵な女性がいるのよ。」

「さあね、そういうことはないんじゃないの?」

って、母はケラケラ笑う。もう母ちゃんそんな無駄口ばかり叩いて、いっつも他のお客さんほっといて。あれ、でも店にもうひとつ人影がある。その人は、

「いらっしゃいませー!」

って、お客さんに明るく。隼人だった。え?隼人?なんでここに?一気に忙しくなる時間帯で、俺と母ちゃんだけじゃ大変で、いてくれて助かったけど。彼は時々、俺に微笑みかけてくれる。でもまだ話しをするチャンスがない。俺は逃げ出したくなる。でも忙しくてそれどころじゃない。なんでこんなに忙しいの?盆でも正月でもないのに。隼人は汗を流れるようにかいている。俺は母と隼人のために水を持って行く。売り切れちゃった野菜もあって、お客さんに謝るのも大変。ようやく客と客の合間ができて、

「隼人ここでなにしてんの?」

「なに、ってこれ俺の仕事だし。」

「大学に戻るんでしょ?」

「本まだ出てないし。」

お客さんの合間に、これだけ言えて、隼人なんて全然働かなくていいほど、財産あんのに。現実感を感じられるから、八百屋の仕事は好きだって言ってくれてたけど、まさか退院したばっかで現れると思わなかった。

「隼人もう大丈夫になったの?」

「大丈夫。ようやくシャバに出された。」

「今日は忙しかったから、来てくれてよかった。」

「俺はね、君のお母さんや、お父さんや、お姉さんと働くのが本当に楽しい。俺には家族らしい家族がいなかったから。さっきお客さんに、帰ったの?よかったね、って言われた。いいな。そういうの。」

「本が出たらここ辞めるんでしょ?」

「そういう約束だから。」

そしたらもう隼人のこと見ることもなくなるな、今のうちによく見とこう。俺のこと愛してる、って言ってくれた男がいたって。束の間だったけど。

「それで快青いつ帰って来んの?」

「え?」

「さっき君のお母さんに言われた。さっさと引き取って欲しいって。部屋もないのに、だって。」

「かあちゃん、俺のこと追い出すつもりなんだ。俺、追い出されても行くとこないし。」

「だから家に来ればいいだろ?俺達、ない部分を補って、いい関係だったじゃない?あれをまた一緒にやろうよ。」

俺は混乱して彼を見詰める。俺がまたあそこで住む。ラブラブで?隼人と?そんなことが可能なの?

「それから俺の本、まだ出てないのに、教授が次の本のテーマを考えてくれって。だから・・・」

「イヤです。俺はもう隼人の本には挿絵は描かない。それに薬飲まないでハイになっても、面倒見ないし、もう知らない。」

「大丈夫、大丈夫。本が出て、評判がよければ、俺も自信がついて、ハイにならなくても多分いける。」

「多分、っていうのが気になる。」

「君の挿絵があると、本が生き生きとする。」

「隼人の妄想。俺もう付き合ってられない。」

「そんなこと言うと、また俺の遺書にイラスト描いてもらうことになるから・・・孤独な人生でした。愛する人も失いました。ありがとうございました。」

「愛する人って?」

隼人は八百屋の店先で、俺に熱いキスをしてくれて、数人いた客と、向かいの靴屋の奈々ちゃんと、やっと厄介払いができると、ほくそ笑んでる母ちゃんと、みんなで拍手をしてくれる。


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