『Part2俺のピアノに住んでる蝶の羽の生えた変な生き物について』 - エッチでハッピー!!✩★✩ゲイ要素の高いオリジナル小説✩★✩
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『Part2俺のピアノに住んでる蝶の羽の生えた変な生き物について』

長編連載/あらすじ/進士はピアノの生徒の子供達に、「感性」を教えたいと考えるようになった。それも前向きで健康的なルームメイト、ユリの影響だった。

ユリの弾くピアノから出て来る妖精達は相変わらずマンションのどこかに隠れている。

大学の教え子、賢生(けんしょう)が家に遊びに来る。進士はユリと賢生に、「感性」をどう子供に教えるか、アドバイスを求める。賢生がユリのピアノを聴いても、ピアノから生物は出て来ない。それに進士のように涙も流さない。

進士は病院で見えるはずのない物が見える、と話す。ドクターは心配いらない、答える。でも妖精が見えるのは進士ひとりであった。ユリ自身にも見えていない。

進士は自分が変わってしまうのを感じていた。そしてそれがユリに対する興味のためだ、と感じていた。でも認めたくなかった。週末進士は、家に帰らずに街に出て行く。

金曜日と土曜日、進士は家の近所のホテルに2泊し、普段観ないテレビを観ながら酒を飲む。ユリに電話すると、ウツ病持ちの進士のことを非常に心配していた。日曜日は初めて行くバーで楽しく飲む。彼はひとりになって、またもとの孤独な自分に戻ろうとしたハズだった。

自分のマンション前の道路に座り込む進士に、ユリが手を差し伸べる。進士は彼をしっかり抱き締める。



Part2俺のピアノに住んでる蝶の羽の生えた変な生き物について


金曜の夜。俺は、友達の剣と涼が経営するゲイバーの止まり木で飲んでいる。剣が、

「進士さん、珍しいですね。ウオッカ以外のもの。」

今夜俺はテキーラを飲んでいる。ユリと1本のボトルを分け合ったことを思い出す。

「あの外人、俺んちに住んでる。」

「マジで?」

助けたカメは無事進化を遂げて、人間になったと思う。彼の影響かどうかは分からないが、俺は初めて子供達に、「感性」を教えようとしていた。そもそも感性というのは、教えられることではない。練習して覚えられるものでもない。俺がベートーベンの「熱情」を無機質に弾く時も、それはその時の感性だから。文句を言われる筋合いはない。俺のかつての教え子が、バーに入って来るのが見える。俺は、人から見えにくい奥に座っているのだが、すぐに見付かってしまう。俺の隣の椅子に座る。

「先生ちょうどよかった。今度、演奏会でショパンのバラードやるんですけど、聴いてくれませんか?」

「俺はもう君の先生じゃないよ。」

「なんか言ってもらいたい訳じゃないから。」

「じゃあなんで聴かせたいの?」

「他に下心があるから。」

「バラードの何番?」

1番です。」

正直なのはいいけどさ、コイツのフェラは有名で、俺もハマったひとりだけど。

「俺、子供に教えてるだろ?君だったら、感性ってどう教える?」

「感動ですかね。夏休みの楽しい思い出。虫取り。海水浴。スイカ割り。」

俺の脳は今、半分くらいしか酔ってないんだけど、その中のひと言に反応するのを感じた。虫取り。海水浴。スイカ割り。虫取りかな?網と虫を入れるケースを持って。俺は冷房の効いた部屋で、ピアノと一緒に育ったから、そんなことをした経験はない。網を持って追いかける。俺の家にはたくさん変なものが隠れてる。それがもし蝶々なら、網で捕まえて透明のケースに入れて観察する。毎日観察日記をつける。蝶ってどのくらい生きるものなんだろう?そんなに長生きすると思えない。だからユリがどれだけ羽のついた変な生き物を生産しても、人工過密にはならない。

「蝶ってどのくらい生きるものなんだろう?」

「それは卵からですか?それとも蝶々になってから?」

「蝶になってから。」

「ええと・・・モンシロチョウだと23週間って書いてありますね。」

「思ったより長いんだな。エサはなにをあげればいいの?」

「それは砂糖水でしょう。花の蜜を吸うんだから。」

「花か。蝶と花っていい組み合わせだな。」

「なんかこの会話、先生にピアノ習ってた時のこと思い出させますね。」

「そう?」

「先生、子供にそういう話ししてあげて、それでは花の蜜を吸う蝶になった気持ちで弾いてください、って言えばいいでしょう?」

「今、家にたくさんいるから。」

「なにが?」

「蝶の羽の生えた妖精。」

「あ、妖精だと、また話しが違いますよ。いくら蝶の羽が生えていようと。」

「どのくらい生きるの?」

「それは分かりません。種類によっても違うでしょうし。本人達に聞いてみれば?」

「なかなか捕まらなくて。」

「紙と鉛筆を置いて、質問を書いておけばいいんじゃないかな?」

「それはもうやった。」

「そしたら?」

「上手くいかなかった。」

「じゃあ、僕が行って試してみますよ。ついでにピアノ聴いてください。」

「今、ルームメイトがいるから。」

「ルームメイトがいると、ピアノ弾きに行っちゃいけないんですか?」

「下心がある場合は。」

彼は店に入って来た数人の友達に手を振って、そっちに行ってしまった。なんか惜しかったような気もした。ベッドのいい、イケメンのピアニスト。でも感性を教えるためのいいヒントをくれた。そんなに長く生きるんだったら、もっと色んな食物を与えないとダメなのかもしれない。砂糖水にはどんな栄養素が含まれているのだろう?テキーラにはどんな栄養素が含まれているのだろう?赤ワインだったら飲むかも知れない。


珍しく完全に酔う前に家に帰った。いつ帰って来るか分からないルームメイト。俺はいつかの残りの赤ワインを開けた。小皿に注いでキッチンの隅に置いた。花の蜜を吸う蝶になった気持ちって、どんな気持ちなんだろう?花や花びらには、虫を呼ぶための色んな仕掛けがあるって聞いた。色や、模様や、匂いや。でも、思うんだけど、そこまでの仕掛けをするくらいなら、自分で受粉する方法をもっと研究すればいいのに。きっとそういう問題じゃないんだよな。花は蝶々に来てもらいたいんだ。その瞬間のために花は種から生まれて、長い時間をかけて開花する。蝶は卵から生れて、長い時間をかけて蝶になる。そしてそのふたつが出会って。その時の気持ち。ピアノで表すなら?ショパンでは悲し過ぎる。ベートーベンじゃあ怒られそうだし。モーツアルトでもいいんだけど。俺はチャイコフスキーを弾き始めた。蝶と花の気持ちを考えながら。バーで飲んだテキーラと、帰ってから飲んだ赤ワインのミックスされた、チャイコフスキー。適当に弾いている割には、音を小さくするとこや大きくするとこなんかもちゃんと守っている。長い曲を弾いているんだけど、ページが自動でめくられる。どういう仕掛けなのかよく理解できないけど。蝶の妖精のひとりがボランティアを買って出たのかな?それにしてはめくるタイミングが完璧過ぎる。まあ、そんなこと深く考えてもしょうがないし、って思って先を続ける。やっぱり蝶と花ってチャイコフスキーだな。音符の間に蝶と花が見える。蝶は勝手に飛んで行く。花は拗ねて他の蝶を呼ぶ。そしてまた最初のふたりが出会う。そんな曲。俺の弾くピアノから生き物が出て来るとしたら、どんなものなんだろう?ドラゴンの羽の生えた妖精?どうでもいいけど。ひとつの曲が終わった。

「こんな風にも弾けるんですね。」

「酔払ってる時だけ。」

俺はキッチンに行って、赤ワインが減ってないか確かめる。そんなような気もするけど、分からない。

「早い時間に家にいるんですね。まだ飲むんだったら付き合いますよ。」

俺は皿の中にワインを少し足してあげる。

「砂糖水は食べないんですか?」

「もっと色んな栄養が必要かも、って。」

「ふーん。ほら、これ今日の仕事。」

大手スポーツジムのポスター。長い髪を全部上げて、上半身裸でポーズを取る。

「こんないい身体してたの?」

ビックリする。

「今日のためにダイエットとトレーニングしてたから。やっと終わった。」

「カツカレーとか食べてたクセに。」

「こだわりますね。今度作ってあげるから。」

「これってCGじゃないの?」

「見せてあげましょうか?」

彼はTシャツを脱ぐ。わー、男の身体。男の匂い。俺は素直に謝る。

「失礼いたしました。」

「あ、俺のビールが減っている。」

「ゴメン。」

「ずっと我慢してたのに。」

「美味しかった。」

「一緒に買いに行きましょうよ。あれはコンビニには売ってないから。」


ふたりで暗い通りへ出る。初夏。気持ちのいい風。

「チャイコフスキー好きなんですか?」

「感性を教えたいと思って。」

「感性?」

「子供達に。」

「教わるものではないでしょう?」

「俺もそう思ったんだけど。誰かが、それは花の蜜を吸う蝶になった気持ちだって。」

「セックスですね。」

「そう?」

「だって。」

「うん。」

「受粉だから。」

「じゃ、ゲイのセックスは?」

「肉体の快楽。」

「それだけ?」

「愛と憎しみ。」

「そっちに行くのは止めようよ。」

「花の蜜を吸う蝶になった気持ち。そんなこと言う人いるんですね。」

「ピアニスト。」

「へえ。」

「昔の教え子。」

「俺もやっぱり感性ってセックスですね。」

「教えるの、子供だから。」

「そっか。」

「あ、ソイツ、他にもなんか言ってた。夏休み。虫取り。スイカ割り。あとは忘れた。」

「楽しいこと?」

「ああ、それで・・・」

「なに?」

「君の妖精が赤ワイン飲むかも、って。」

「意味が分からない。」

「俺にも分からない。」

商店街に入って、酒屋を見付ける。ユリに会った晩みたいに、俺は数多い酒の前で立ち尽くす。彼が見繕って自分のビールと一緒に、レジに持って行く。今日は彼がお金を払う。

「いいのに。」

「家賃取ってくれないし。」

「カレー作ってくれるから。」

酒屋を出て、商店街に戻る。そのまま歩くと商店街がなくなる。その境い目を見損なった。俺は振り返る。ユリが、

「忘れ物?」

「そんなようなもの。」

そして家に向かって歩き始める。

「ユリの先生は君にどうやって感性を教えたの?」

「先生は自分の演奏を聴かせてくれた。」

「俺はあんまり弾かないな。」

「先生みたいになりたいって、最初はそこから入るんですよ。」


家に帰ると、賢生からライン。

「近くにいるんで、寄ってもいいですか?」

「もう、でき上ってるけど。」

10分もせずにやって来る。ユリを見て、

「あ、本物だ。」

ユリは笑う。

「ピアニストが揃ったね。賢生さん、なにか弾いてください。」

賢生は奇妙な現代音楽が好きで、ガラスの割れるような音階。ユリの妖精はみんな俺のベッドの下に隠れる。ユリが、

「その曲のあとで、モーツアルトを弾くと、どうなるかやってみてくれませんか?」

俺はこれができないと、俺のせいだと思って青くなる。そしたら賢生は、巨匠モーツアルトから合格点をもらう。よかった。ユリが拍手をする。俺は、

「ちゃんと弾けなかったらどうしようかと思った。」

「先生いつも、バッハはバッハのように弾きなさい、って言ってるでしょう?俺、ユリさんのピアノが聴きたい。」

「俺、難しいのは弾けませんよ。」

シューマンの「トロイメライ」。曲が始まると、俺はいつものように涙を流す。酔ってるから余計、涙が出てくる。終わってもまだ涙が出る。

「進士先生をこんなに泣かすなんて。きっとふたりの波長が半端でなく合うんでしょうね。」

確かに。賢生は全然泣いてないし。それは俺だけのことなの?さっきベッドの下に隠れたみんながまた戻って来る。俺はそのひとりずつに微笑む。賢生はユリに向かって、

「先生、なにか俺に見えない物が見えるみたいだけど、貴方は?」

ユリは首を横に振る。


3人で飲み始める。俺は賢生に、

「君、教職取ってるんだろう?」

「ええ。」

「子供に感性を教えたいんだけど。」

「それは教えられるものではないでしょう?」

「でも教師はそう言ってはいけないだろう?」

「そうですけど。」

「君だったら?」

「感情ですかね。好き、嫌い、楽しみ、悲しみ、そして、愛と憎しみ。」

「そっちに行って欲しくないんだけど。」

「例えば、ベートーベンの『エリーゼのために』。あの小曲の中に、彼の感情の全てがありますから。」

「なるほど。そう教えるんだ。」

ユリが、

「誰かがそれは、花の蜜を吸う蝶のようなものだ、って。俺もそう思う。感性ってセックスのことだと思う。」

賢生が、

「俺、それ分かんない。」

「今日撮影があって、スポーツジムのポスター。プールに飛び込む瞬間のあの感じ。生きてるんだな、って」

「それだったら分かる。」

「男の裸の胸に、初めて俺の胸が重なる、あの瞬間。」

「それもなんとなく分かる。」

「だからそれが感性。」

俺が、

「だから、教えるの子供だから。」

賢生が、

「そしたらね、先生、感動したことを思い出しながら弾きなさい、って。」

「そういうこと?」

「単純に言えば。」

ユリが、

「それいいかも。俺も今度セックスしたこと思い出しながら弾こう。」

賢生が、

「俺、それ分かんない。」

1番の感動じゃない、生きてて。」

ゲイセックスの、肉体の快楽。分かった。感動と音楽の間に、違う次元のなにかが生れる。だから俺の家にあんなにバタバタ蝶々が飛んでる。子供の生活は感動に満ちてるから、俺はただそれを音楽に込めることを教えて、そこからなにかが生れれば、またそれでいい。ユリが自分の部屋に行った隙に、賢生が、

「先生、あの人ヤバいですよ。ほんとにセックス好きですよ。襲われますよ。時間の問題。」

「俺達、同じベッドに寝てるけど、なんにもないけど。」

「それに、ほんとになにか見えてるんですか?」

「君にはなにも見えないの?」

「見えません。」

「俺どうすればいいの?」

「病院に行ってください。」


病院に行く時はいつも決まって、悪戯が露呈しそうな子供の気分になる。調子がよかろうが、悪かろうが、どっちにしろそのために罪悪感を感じる。見えてはいけない物が見える。ウツの幻覚?だから酒を飲んではいけない。でもいつも思うけど、俺はよくなろうと思っているわけじゃない。病院は大きなショッピングモールの近くにあって、人ゴミが俺をナーバスにする。なにを見たって言えばいいの?1番拡大して見たのが、あのユリのブログの動画。巻き毛でキューピーの身体をした、蝶々の羽をつけた妖精。色とりどりの。たくさんの。くしゃみも聞いた。ベッドの下から。ピアノの中に住んでいる。食べているところは見たことがない。なんて言えばいいの?ルームメイトがピアノを弾くと現れるんです。

「君は芸術家だから、そういう物が見えても、仕事に差し障るとか、他人に害を与えなければ構わない。」

「そういうものですか?」

「心配なの?」

「別に。」

「酒はまだ飲んでるの?」

「はい。」

「顔色がいいね。」

「ルームメイトが料理してくれるんで。」

「よかった。そういう人がいて。」

「どうして、ああいう物が見えるんでしょう?」

「ほんとにいるのかも知れない。君にしか見えないのかも知れない。」

「ドクターがそんなこと言っていいんですか?」

「この世界にはなんでも起こり得るから。」

俺は抗精神病薬を増やされると思ったら、そういうことはなかった。病院を出て人ゴミに紛れる。この中にも俺みたいに、蝶の羽の生えた変な生き物が見える人がいるのかも知れない。そしたら俺の見てる物が、実在することが証明される。ピアノから出て来る。考えながら歩く。考えは堂々巡りをして、同じことを繰り返す。薬を増やしてもらえばよかった。急に心配になってきた。あのあと賢生に会った。彼曰く、確かにユリのピアノには類まれな、リリシズムがあるけれども、彼にはピアノの中から飛んで来る妖精は1匹も見えなかったらしい。賢生がいいことを発見してくれた。ユリにもその妖精は見えない。確かにそうだ。そこのところには俺は注目していなかった。賢生は、

「あの人、あれだけ先生と波長が合うんだから、ほんとに時間の問題ですよ。」

だって。波長が合う。だから俺には彼の弾くピアノの特別さを感じる。今日は金曜だということを思い出した。俺の足は剣と涼のバーへ向く。小雨の降る夕方。もう夜かな?音大の試験が終わったところで、雨が降っているのに、人が多い。何人かの生徒が俺に挨拶に来る。俺の生徒に落第者は出さない。俺は人のことなんてどうでもいい人間なのに、なぜかピアノを教えることに情熱を持っている。ピアニストになろうと思ったことはない。それは全く違う興味だと思う。曲を味わうより、分析することが好きだ。剣が来て、

「こないだの外人、まだ一緒に住んでんの?」

「うん。」

「もう襲った?」

「もうじき襲われる。」

ユリのことを思い出して帰ろうとしたけど、最近ひとりで飲むこともないしと思って、そこにいることにした。ユリに会う前の俺。今の俺とは違う。今の俺もいいけど。昔の俺も懐かしい。今夜は昔みたいにひとりでバーに座って飲んでみたい。脳が酒に酔ってその頂点に達して、そして脳が溶けて、静かで暗い世界を味わう。完全にひとりの世界。俺の頭蓋骨の中の出来事。涼が来て、彼は俺の高校の同級生で、俺は、

「最近俺のピアノの中から、変な妖精が出て来る。」

「進士は昔もそういうのあった。」

「ほんとに?覚えてない。」

「色が飛んでる、って。」

「覚えてない。」

「ふたつになると、配色がすごく綺麗だって。」

「なんとなく思い出してきた。」

「そしたらその色が混ざってもっと綺麗な色になるって。」

「そういえば、今のも色だ。色の違う蝶々。」

「蝶々が見えるの?」

「蝶々の羽の生えた妖精。」

「幻覚?」

「くしゃみの音も聞いた。キャーキャー言ってるのも聞いた。」

「幻聴?病院行った?」

「心配ない、って。」

「へー。楽しいじゃない、いずれにしろ。」

「確かに可愛い。」


俺はそのバーに長いこといたらしい。俺の酔いが脳の頂点を越えてしまった。俺は幸せから遠ざかって、不幸を求める傾向がある。なんとなく知ってはいたけど、ここまでハッキリ感じたことはなかった。家に帰りたくない。でも他に行く所もないし。もともと俺の家だし。通りを歩く。しばらく行くと、前に行ったコンビニがある。外から中をのぞく。あの晩から俺の生活が変わってしまった。今夜の俺は、前の自分に戻りたい。ウツを味わう俺の生活に。生きている実感を感じる。そうしていると。俺の家には変な生き物がたくさんいて、楽しくて可愛いものに変貌してしまった。笑顔でいることが増えた。そう思ってなったわけじゃない。幸せ。もとの不幸に戻れるだろうか?不幸だとは思ってなかったけど、少なくとも自分自身でいられた。小雨が俺の服を濡らす。寒くはない。俺の酔った脳から色や光が抜け落ちていく。グレーの世界。白も黒もないから。それでも俺は歩いていて、俺の家の方へ向かって。いつか家の前に着いてしまったら、俺はどうすればいいのだろう?このまま歩き続ける?ホテルに泊まる?自分の家があるのに?ひと晩だけ?なんの意味がある?自分の家の前を通り過ぎて、商店街に入る。いつも、ただの道と商店街の境を確かめるのを忘れる。それは何年もの長い間、俺がトライしてきて、まだそれが実現しない。どこが境い目なの?商店街って、どんな風に始まるの?酒屋に入って、シンプルなウオッカを買う。割と高級な。商店街のライトが眩し過ぎて、俺は横道に入る。ネコしか通れないような細い道で、俺は灯りのためにポケットからケータイを出す。メッセージがいくつかあるけど、無視して、その細い道を通り抜ける。静かな住宅地。俺の変な癖で、大きくていい感じの家を見ると、そこに住んでいる人が幸せだとは限らない、って考えてしまう。それがネガティブだとは思わないし、自己防衛とも思ってない。自動的にそう考える。俺の育った家庭が不幸だったとも思わない。幸せを拒否する俺の心だと思う。ゲイに生まれたから?あまり意識してるつもりはない。剣と涼だって、幸せに暮らしている。忙しいし、バーの経営が簡単だとは思わないけど。幸せを拒否する俺の感情はどこから来たのだろうか?今日ドクターに言われたみたいに、俺が芸術家だから?幸せな芸術家だってたまにはいただろう。幸せを絵に描いたような家が並ぶ。高級住宅街。東京だからたかが知れてるけど。アメリカに比べれば。時間が経つと酔いが醒める。俺は買ったばかりのボトルを開ける。ひと口飲んで、なぜか思い出して、俺のポケットを探って抗不安剤を出して、酒でそれをのどに流し込む。これは効くはずだから、きっと家に帰りたくなる。そして知らない所を歩いている意味が分からなくなる。そう思ってあんまり期待が大きいと、効かない。結局全然効かなかった。いつもなら5分以内に効く。ひとりで思う存分、朝まで泣きたい。こういう欲求も、俺が芸術家だから?頭がおかしくても、そのひと言で全てが解決する。芸術家にも色々あるし、ピアニストにも色々ある。真面目なヤツもいるし、ふざけたヤツもいる。今、目の前をなにか目の光る動物が横切った。暗い所で光る物。日本人は暗い所で光る物が好き。俺はアメリカに住んでる時に、それに気がついた。ホタル、花火、灯篭流し、光る魚類、星、月、オーロラ。どうして日本人はそんなにオーロラに興味を持つのか、何度も聞かれた。俺は知らない。


表通りに出た。ビジネスホテルと普通のホテルの中間くらいのホテルがある。ちょっと中をのぞいてみると、フロントで外国人観光客となにかトラブルになっている。俺は関係ないけど、近寄って話を聞いてみる。客はアジア人だけど英語しか話せない。部屋の料金について手違いがあったらしい。インターネットで予約した時と、金額が違うと言っている。ホテルのフロントには英語を理解できる人がいなくて、夜中だし。俺がそのプリントアウトした予約表を読んで、どうして間違いが起こったか説明してあげて、ホテルと交渉してあげて、客は無事にチェックインした。オーストラリア人だった。フロントの人にホテルを探しているなら、今、お世話になったし、もう夜中過ぎだから、安くしますよ、って言われてそうすることにした。濡れた服を脱いで、ユニットバスの小さな湯船に浸かった。近くに自分の家があるのになにをしてるんだろう?当然そう思う。ひとりでひと晩泣きたいと思ったけど、お湯に浸かってるうちに気分が盛り返してきた。ベットに寝そべって、観光案内を読む。生まれ育った東京が、なんだか特別な、誇らしい都市のような気がする。テレビをつけてみる。テレビを観る機会があまりないから、不思議な気がする。その割にはしっかり観てしまう。なんだか外国に来た観光客みたいな気分になる。ハーフのタレントが出てる。ユリの方がずっとイケメンだ。時間を見ようとして、ケータイを手に取る。一番最後に来たメッセージ。ユリ。

「もう2時だけど、なにかあったんなら連絡して。」

まだ起きてるのかな?今、2時半。どうしようか迷ったけど、

「友達の所で飲んでて、ゴメンね。」

って、返事をした。


今朝遅く起きたら、夕べ濡れた服をかけておくのを忘れてて、触ったらまだ湿ってて、いつまでもだらだらホテルの薄っぺらいバスローブのままでいたら、フロントから電話がきて、俺は夕べと同じ料金ならもうひと晩泊まる、と言ってしまって、そしたらなんとそれでもいい、って言われて、俺は自分の家の近所のホテルに、もうひと晩泊まることにした。夕べ飲もうとして買って、ほとんど手のつけてないウオッカを飲み始めた。ホテルの値段なんて、あってないようなものだな、ってあきれた。またテレビを観始めた。普段観ないから、若い俳優やタレントが分からない。綺麗な女もいるけど、明らかに整形顔もいる。くだらないバラエティーを観ながらバカみたいに笑う。腹が減ってきた。今までなら飲みながらなにも食べなくても平気だったのに。このホテル、スナックもミニバーもなくて、俺は、やっと乾いた服を着て、表に出た。車の音がうるさい大通り。ラーメン屋に入るか、お洒落なレストランに入るか考えたけど、普段、自分のとらない行動をしようと思って、ラーメン屋に入った。コンビニに寄って酒とちょっとした食べ物を買った。今晩ひと晩もつくらい。飽きずにテレビを見続けた。ドラマも観た。でもあえてアメリカの映画やドラマは観なかった。普段とらない行動。その時が午後3時で、その次にケータイの時間を見たのが、夜の10時だった。時間が飛んでいる。しばらく寝てしまったのだろう。ユリから。

「今日は仕事で、夕方帰る。冷蔵庫に食べる物入ってるから。」

そのメッセージの時間を見たら、今朝の10時だった。彼はもう家に帰ってるな。俺、なにしてんの?自分の家に帰りたくない。変な話し。さっさと酔ってしまおうと思って飲み始めた。今日はピアノに触ってない。そういうのも普段俺のとらない行動。最後に1日中ピアノに触らなかった時、それは、風邪でひとりでベッドで震えてて、何年も前。それ考えたら、ひとりで酔いたいからここにいるのに、無性に人恋しくなる。またケータイをチェックした。賢生が、

「ユリから連絡で、先生が来てないか?って。どういうこと?」

へー、なんで賢生の連絡先分かったんだろう?それから涼からも。

「ユリが来て、お前のこと捜してるぞ。どこにいるの?」

心配されて嬉しがってる?俺って変なヤツ。ひとりになりたいだけだから、ってホントのこと言っちゃう?それは止めておこう。ユリが可哀そう、っていうか、アイツ全然遠慮はないよな。最初から。料理はしてくれるけど。だからありがたいけど。でも愛憎がもつれると、ヤバくなるし。とにかく酔ってしまおう。ひとりでいることを味わおう。でも、バカみたいなテレビがついてると、それが難しい。テレビって中毒性があるって事実だな。消すことができない。寂しいから?俺は飲みながらテレビを観ながら寝てしまった。


今朝はさすがにチェックアウトした。荷物をなにも持たない俺をスタッフが訝しげに見る。一晩中ついていたテレビの残響と車の音が重なって聞こえる。醜い音。ウツの気分にはなっている。でもただ寂しいだけ。もし、ユリが出て行ったら、またもとの生活に戻れるのだろうか?それについてしばらく考えて、それから本屋に入って、2冊買って、コーヒーショップでそれを読んだ。ワザと小説じゃなくて、実用書を買った。俺はなんでユリのことをこんなに気にしてる?なにがあった?考えたけど分からない。ひとりで飲みたかっただけ、以前そうしてたように。だからといってバカみたいにふた晩もホテルに泊まる理由にならない、ということをやっと認めざるを得なくなった。観念して、ユリのブログを読み始めた。3年前くらいから始まってる。時々、彼の昔の写真が載ってる。カナダの。可愛い。ピアノの発表会。12才の時。ちゃんとタキシードを着ている。モデルを始めたのは、カナダの高校を卒業して日本に来た時。18才。じゃあ7年もやってんの?それだけで食ってるんなら大したもんだよな。あ、でもパリコレとか、ロンドンとかも行ってる。日本人デザイナーのショーが多いけど。でもすごいな。プロフェッショナル。動画がある。ランウェイ。カッコいいな。あ、また。ドレスを着てる。なんかの広告?え、違うの?私生活?ほんとにドレス着るの好きなの?時々女の子になるって、こういうこと?アメリカではそういう女装癖のある人達が、ある種のコミュニティーを作ってて、俺もパーティーとか、連れてってもらった。俺は女装癖ないけど、可愛いのも、セクシーなのも、いっぱいいて、そういう子と付き合うのは、全然オッケー。3年くらい前からどんどん最近になって、またあの動画を観た。俺のスタインウェイ。モーツアルトのソナタ11番、第1楽章。やっぱり妖精が飛んでいる。悪戯っぽい顔をしてカメラの中をのぞき込んでいる。色んな色の羽をつけている。蝶々の。


俺はコーヒーショップを出て、街の人ゴミと一緒に流れていく。駅ビルに巨大なスポーツジムのポスター。10mくらいあるんじゃないかな?ユリがプールから出て来るところ。プールで長い髪が濡れて。俺はそのポスターをビルごと写真に撮って、ユリに送ってやる。すぐに電話が鳴る。

Shinji! I've been so worried about you! Kensho said you have a depression problem. I almost called the police.(進士!ずっと心配してたんだから!賢生が貴方がウツ病だって。今、警察に電話しようと思ってた。)」

Don't worry about me. Don't call the police.(俺のことは心配するな。警察に電話なんてするな。)」

俺は、静かにそれだけ言って、電話を切った。大きな駅だから当然大きな交番があって、俺の居所は知れてるし、ヤバいと思って俺はまた人ゴミの流れに紛れて行った。無意味な時間を費やすのは得意だ。楽器屋に入って、少しピアノを弾かせてもらった。週末で忙しいから、ほっておいてくれた。大きな空間で弾くと音が違う。今までと違って、規則的に食事をする習慣ができて、腹が減ったので、難しかったけど、あまり混んでないレストランを探した。そこではビールを飲んだ。アメリカの流行りのポップソング。知らない曲がほとんど。曲が流行るには、なにか理由がある。聴いていてそれが分かることもあるけど、そうじゃない場合は、ビジュアルがないと分からない。音楽が映像に支配されている。でもそうじゃない曲もある。詩がよかったり。ひとりで食事をしてビールを飲みながら、ポップソングの採点をする。感性を教える。最近感動したことはなんですか?じゃあそのことを思い出しながら弾いてみましょう。もしそれが悲しい曲だったら?同じことだと俺は思う。感動があれば、楽しい曲も悲しい曲も、ちゃんと弾ける。明日、家に来る子供達に試すのが楽しみだ。でも俺って、家に帰るの?いつ?どうやって?ユリは忘れないで砂糖水と赤ワインを用意してくれてるだろうか?蝶は死んでも羽が残る。昆虫採集。蝶の標本。死んだ妖精の羽を集めて標本を作ったら、一体いくつの色が集まるのだろう?もし家に帰ったら、俺はもっとヤツ等を手なずける。隠れてばっかりではつまらない。小鳥みたいに手に乘るように。砂糖水をしみ込ませた綿を手の平に乗せて。俺のドクターでさえ、ほんとにいるのかもしれない、って言ってた。もし俺の手の平の上で、すごく近くでヤツ等を見たら、どんな感じがするだろう?認めざるを得ないけど、俺は妖精のことを考えてる時は、ユリのことも考えてる。そんなに心配するタイプだとは思わなかった。アメリカにいる時もウツになったけど、プロザックが俺を救ってくれた。日本にはない、抗うつ剤。ユリはウツ病のなにを知っているのだろう?どうしてそれがそんなに大変なことなんだろう?警察に電話なんて。俺はあのドクターが担当のうちは死なないよ。あと何年かは分からないけど。ユリの身体からは今でもプラスの光線が出てて、起きてる時はいいんだけど、ベッドに入った時は眩しくて眠れない。いつも寝る前に消してくれるんだけど、時々忘れてしまう。悪いと思いながら、何度か起こして消してもらったことがある。眠れないんだから仕方がない。ユリは子供や、精神病患者をあやすのが上手い。俺がなにを言おうと、決して否定しない。もしかしたらユリも、本当にいるのかも知れない、って思ってる?ドクターが言うように。だって俺には見えるんだから。彼は今、10mという巨大なポスターになっている。それだって非現実的だ。


普段入らないようなデパートやらブティックやらで時間を潰して、やっと4時過ぎて俺は地下街にあるバーに入った。大分長い間ひとりでいたから、なんとなくユリに会う前の自分に戻ったような気がする。ユリと彼の妖精について、ずっと考え続けていること以外は。日曜のバーは実に静かで、バーテンダーが俺と本気で話したがって、

「俺ってそんなに興味深く見えます?」

「なんだかね、なににも属さない感じ。」

「あ、それ言われたことありますよ。だから、空港の税関で必ずスーツケースを開けられる。」

「怪しい、って思われるんですかね?」

「ただの旅行者にも、ビジネスマンにも見えない。彼等もプロだから。」

スーツケースの中には、大量の楽譜と抗うつ剤。海外に行く時は必ずなんの薬なのか、英語で書いた物を持って行く。

「それでヤバい物入ってるんですか?スーツケースの中に。」

「開けられるの分かってて、そんなことしませんよ。」

「どんな物が入ってるんですか?」

「それは貴方が当ててください。」

「え、そんな。俺、苦手で、そういうの。」

「バーテンダーって世の中のこと、みんな知ってるんじゃないんですか?」

「誰がそんなウワサを流してるんですか?」

そのバーにはずっとクラシックがかかっていて、俺は自分の家に住んでいる、楽譜をめくってくれる親切な生き物のことを考える。19世紀末から20世紀のほんの始めくらいのピアノの曲が多い。軽いんだけど、重くて、暗い曲。今これをひとりで聴いたら、絶対ウツになる。

「このバー、不思議な雰囲気ありますね。インテリアとか。」

「そうでしょう。実はね・・・」

「なに?」

「ここね、前は寿司屋だったんですよ。後継ぎがいないとかで。」

「あ、このケース、確かに寿司屋のですね。」

お酒に関する物がお洒落に並べてあるけど、確かに寿司ネタを入れるケース。

「面白いですね。」

「だからワザと残してあるんですよ。」

音楽がピアノから弦楽四重奏に代わる。年代はグッと新しいけど、やっぱり暗い曲。

「ここ、暗い曲が多いですね。」

「だって、せっかくカッコつけてんのに、明るいの似合わないでしょう?」

「そんなことないでしょう?じゃあ中間くらいにすれば?」

「なんですか?中間って。」

「そう言われると確かに難しい。しかし、いいスピーカーだ。」

「店よりスピーカーの方が高いんじゃないか、って笑われます。」

俺は笑って、お客も少しずつ入って来て、気持ちよく飲めて、俺の脳のご機嫌もいい。だけどまだどうやって家に帰るか、思い付かない。あれから30分くらい弦楽四重奏が続いて、俺の専門ではないけれど、音がいいから、きっと新しい録音だろう。高いスピーカーも喜んでいる。俺はそこまで詳しくないけど、ああいうスピーカーって、軽く100万、200万するものだと思う。全部でいくつあるのか知らないけど。

「ショスタコーヴィチの第8番。」

「お客さん、音楽関係?」

「その曲が好きなだけですよ。それ、いつの録音ですか?」

1960年代ですよ。」

「へー、いい音ですね。」

お客さんのひとりが、

「スピーカーがいいから。」

って、笑っている。俺は、

「俺、聴けば大体いつの録音か分かるんだけど。」

バーテンダーが、

「スピーカーがいいから。でもお客さん、やっぱり音楽関係でしょう?」

「俺は子供にピアノを教えている。」

「ピアノの先生。やっぱり専門家だ。」

「こんないいスピーカーをゆっくり聴けるチャンス、なかなかないから。」

「スピーカーの専門誌で紹介されて、それからポツポツそういうお客さんいますよ。」

奥の方からひとりの手が上がる。


日曜の閉店は早くて、俺もそろそろ帰ろうとする。

「まだいいですよ。」

「朝、生徒が来るから。」

「それより、お客さん。なにかあるんでしょ?」

「なにかあるって?」

「悩みごととか。」

「やっぱり世の中のこと、なんでも知ってるんだ。」

「そうじゃなくて、日曜にひとりで初めてでこんなに長い時間。」

「家出して来たから。」

「でも帰るんでしょ?」

「生徒が来るから。」

「どうしたんですか?」

「愛憎のもつれ。」

彼によくお礼を言って、地下街から出て、地上に戻った。もうすっかり暮れている。さっき聴いた音楽がまだ耳に残っている。駅前に戻って、ユリの大きなポスターを見る。ライティングがされていて、明るい時と印象が違う。なんて言ってた?プールに飛び込む瞬間に、生きてる、って感じるとかそういうこと。さっきのバーは楽しかった。楽しく飲むのは好きじゃなかったけど。ひとりで暗く。自分の脳を感じながら。そしてそれに続くウツを味わいながら。2日間テレビを観ながら飲んで、それも妙な体験だった。こんな風に生きて行っていいのだろうか?こんなことを考えてると、必ずそれと同時にユリのことを考えてる。愛憎のもつれ。俺のスタインウェイは無事な姿を見せてくれるのだろうか?俺には好奇心という物が欠けている。今は?変わった?カレーを作ってもらって懐柔された?カツカレーはまだ作ってくれない。俺はバーを出てから、ノンストップで歩いている。ゆっくりではあるけれど。家まで歩けない訳じゃない。ゆっくり歩いて、多分40分くらい。考え事をするには丁度いい距離。さっきのショスタコーヴィチが頭の中に鳴っている。ああいう音楽を創る人の頭はどうなってるんだろう?俺は作曲はできないけど、もしあれを色で表すとしたら?少なくとも3つの違う次元と、それを結ぶ階段を創らなくてはいけない。そのためには、あの蝶の羽の生えた変な生き物達に応援をお願いしなければ。みんなの色をコンピューターで記号化して、それを俺の意識の順番に並べる。ほとんどは透き通った色で、でもそうじゃないのもあって、色んな柄の入ったヤツもいるから、それはそれでちゃんと覚えておく。もし足りない色があったら、ユリに頼んでピアノを弾いてもらう。そしてそれをちゃんと動画に撮って、こっそり逃げて、隠れてるヤツがいないか見張っておく。俺のキングサイズベッドの下に、たくさん隠れている。大きなベッドだから都合がいい。懐中電灯を当てると、きっと逃げ惑うヤツ等が目撃される。天井にもいる。暗い部屋の天井にいっぱい止まっている。そういう時はすっかり熟睡しているから、捕まえやすい。虫取りの道具を用意して。俺が画家だったら、色を並べて、必要な所には動く物体を加える。バカみたいなオモチャの風車とか。風でちゃんと回しておく。24時間。それをキャンバスの所々に、3ヵ所くらい。全部違う色で。こういうことを考えている時も、本当はユリのことだけを考えている。どんな絵を描いても、ショスタコーヴィチの第8番にはかなわないけど、もしそれを一生の間、一生懸命やったら、やり方くらいは発見できるかもしれない。バイオリンとビオラとチェロ。四重奏曲。そう考えると、俺が脳と対話しながらアルコールを体内に流し込んで、ウツを味わっているのもそんなに悪くないアイディアだった。長い間のそういう下地があったから、アイツ等の出現もちゃんと見抜くことができた。もう大分歩いた。大通りに出た。夜なのにうるさい。トラックがたくさん通る。この道をこのまま行くと、俺が泊まったホテルの前に出る。そこから俺の家までの行き方が、よく分からない。ホテルに着いたらそこで考えようと思う。なんだか眩暈がしてきた。あのバーで、開店から閉店まで飲み続けたんだから。そして今こんなバカみたいに歩いて。俺の頭が眩暈を感じてるというより、世の中の方が動いてるような気がする。あれがホテルかな?周りに見覚えのある風景。


ホテルのロビーにゆっくり座る。そこからどうやって家に帰ればいいのか?変な横道を通って来たから。俺はピアノ弾きだから、道のことはよく分からない。俺の家の近くの商店街は、この大通りとはなんの関係もないらしい。それが分かっただけでもすごいと思う。またホテルの客がフロントで騒いでいる。チェックインした客がユニットバスが小さ過ぎると言って騒いでいる。英語しか喋れない。そんなに大柄な男ではない。俺が入って大丈夫だったんだから。文句を言って、もっといい部屋に移してもらおうとする魂胆かもしれない。だから今回は俺は手を貸さない。フロントの人は可愛そうだけど。それより、ここからどうやって自分の家に帰るか、の方がずっと大切だ。この先から電車が走っている。それに乗ると、家の近くまで行ける。その駅からはどうやって帰るか知っている。でも、ここまで歩いて来たのだから、目的地までちゃんと歩かなければならない。そう考えるところをみると、俺はまだ酔っているらしい。フロントにいる客がうるさい。なかなか諦めない。なんでそんなことくらいで、あんなにエネルギーを使えるのか?きっとそうでもしなければ生きていけない国から来たんだろう。大体予想はつくけど。自己主張と自尊心の国。とうとう俺はそのわめいている男に近付く。ゆっくりと、威厳を持って話しかける。俺は本当はただの酔っ払いなんだけど。

You are in the small country. You can't expect too much.(ここは小さな国なんだから。期待してもしょうがない。)」

俺はそれだけ言って、そのホテルをあとにした。どうなったか俺は知らない。しばらく歩いて行くと、雨が降って来た。このホテルに来た時も雨が降っていた。あの時よりも激しい。俺はまだ眩暈を感じながら歩き続ける。道に迷うのはイヤなので、俺の普段使わない部分の脳を働かせる。俺の集中力はピアノを弾くためにあって、こういう時には使えない。地図を見ながら、何度も自分がなにをしていたのか忘れてしまう。酔ってない時でもそうだから。俺の目の前をなにか目の光る動物が走り抜ける。それが俺の記憶をよみがえらせて、その横道を発見する。無事に近所の商店街に入る。もうすっかり雨に濡れてしまった。商店街を抜ける時、俺は生れて初めて、商店街の終わる瞬間を見た。こんなに眩暈がしている時にそんな頭が働くとは思いもしなかった。写真を1枚撮った。商店街の終わる場所には看板が立っていて、商店街の名前が書いてある。


俺のマンションに着いた。玄関の明かりを見た時、今までで1番大きな眩暈が襲ってきて、俺は道路の脇に座り込んだ。雨に濡れながら。ここまで来ることは考えた。でもそれから先のことは考えてなかった。長い旅だったような気がする。精神科の電気けいれん療法みたいなものかな?俺はやったことないけど。昔の俺と、今の俺、そしてこれからの俺。少し頭を動かせるようになった。雨の粒が髪の毛を伝って落ちて行く。俺の前に人が立つ。俺はフラつく頭をゆっくり上げる。その人が俺に手を差し伸べる。その手から眩しいプラスの光線が出ている。

「ユリ。」

俺は彼の手につかまって、ゆっくり立ち上がる。彼は俺に傘を差しかけて、でも俺がずぶ濡れなのを見て、

「傘、意味ないね。」

って、笑う。俺は眩暈がしてる振りをして彼の胸に倒れて、そして力いっぱい抱き締めた。






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千本松由季

Author:千本松由季
東京都出身。カナダ在住。
男同士の恋愛を、様々なテーマで書いています。作品は長編を中心に50作以上。
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bridgetteyuki@hotmail.com
イラストも描いています。

©Yuki Sembommatsu 2017-2018