『Part4俺のピアノに住んでる蝶の羽の生えた変な生き物について』 - エッチでハッピー!!✩★✩ゲイ要素の高いオリジナル小説✩★✩
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『Part4俺のピアノに住んでる蝶の羽の生えた変な生き物について』

長編連載/あらすじ/進士はユリと一緒に昔の教え子のリサイタルに行く。そのあと、進士がいつも家出の時に行くバーに寄る。そこでユリはまだ進士が家出の計画をしてることを知り、悲しくなる。

ユリはピアノの進学試験を受けることになり、進士の教えを乞う。練習に備えてピアノの修理屋を呼んで、妖精の出て来る所にドアをつけてもらう。必要のある時はいつでも開けられる。

練習は厳しかったが、先生と生徒ごっこの妄想で、ふたりのセックスはとても盛上がっていた。

クリスマスが近くて、ホテルが高いから、進士は、「日帰り家出」というものを考案する。夜10時に出て、24時間後に帰って来る。それを3回やれば、いつもの週末3日家出になる。ユリは心配して、家出に付き添ってくれる。

進士は妖精達に頼まれて、ミサ曲の指揮者になる。クリスマスの本番は見事に成功した。

ユリは、大人のためのピアノ教室のモデルに選ばれる。CM出演でショパンの、「小犬のワルツ」を弾くことになり、進士の特訓を受ける。

進士の最後の家出。ユリは途中まで付き添い、家に帰って来る彼を待つ。進士は、「これが最後の家出だから。」と言って、ユリと妖精達をホッとさせるのだった。 





Part4俺のピアノに住んでる蝶の羽の生えた変な生き物について



昔の生徒のディナーリサイタルに出かけた。全曲ショパンで、その中でもロマンティックだったり華やかだったりする曲ばかりで、聴きたいなって単純に思った。いい選曲。同伴者はユリ。男ふたりのタキシード。そのピアニストは、例のフェラの上手いイケメンで、教授達に人気があった。今夜もなん人か来ている。俺はまだ教授じゃないし、なんとなく身を縮める。ユリは、

「あの人、進士の生徒、ってよく分かりますよ。」

「え、ほんと?」

俺は意外な気持ちになる。だって彼はいつも俺が全然ピアノ聴いてない、って怒ってたから。

「俺はなにも教えた覚えはない。」

ユリは微笑んで、

「あの人のショパン、こっちを見て!僕のピアノを聴いて!って言ってる。」

「え、ほんと?」

「それは進士が全然聴いてないから。それでああなった。」

俺はさらに身を縮める。いいリサイタルで、アンコールが3回もあって、俺はピアニストに会釈だけして、教授達に捕まらないうちに会場をあとにした。もう秋で、でもまだ9月で、俺達は計画した通り地下街のバーに行った。

「おやおや、イケメンがふたりでタキシード。」

「教え子のリサイタルがあって。」

「こちらが10mの彼氏。プールの。」

「そうです。俺のことCGだと思ったんでしょう?」

「だって、あんなイケメンのいい身体、実在するわけないな、って。」

「脱ぎましょうか?」

「いい、いい。顔だけで。それよりなんにしますか?」

俺が、

「どっち?ドリンク?それとも曲?」

「両方。」

ユリはスピーカーに詳しくて、バーテンダーも嬉しそうで、俺はタキシードのカッコいいユリを見て、目を細めて。

「先生はこんな人がいるのに、家出してたんですか?」

「まあ。」

「今後も家出の予定はあるんですか?」

「多分。」

ユリが、

「え?」

「冬が近いから。」

今日はいつもみたいに日曜じゃなくて、土曜日だったから、客も多くて、バーテンダーはもうひとりいたけど、俺達はそんなに長居しないで、家に帰った。


帰ってすぐ、

「家出の予定、あるの?」

「そんなことまだ分からない。」

「いつ?どこに?どうして?」

「まだ分からない。」

「またこないだのホテルに泊まるの?」

「それもまだ分からない。」

「でもまた帰って来るんでしょう?」

「今まではそうだった。」

「だったらいいけど。」

「今度は分からない。」

ユリの大きな目から涙がこぼれる。妖精が集まって来て、涙を払ってあげる。1匹俺の所へやって来て、蹴りを入れる。

俺はソイツに、

「俺には選択の余地がないから。」

俺は席を立ってピアノに向かう。弾くためではない。冬になったら、世界中で1番寒い所へ行って、凍え死ぬ。でも俺は寒いのが嫌いだから、そんな所へ行けるはずがない。ひとりになって酒を飲みたい。幸せの全てを諦めて。今夜のショパン。俺はあんな風に弾けと教えたつもりはない。「こっちを見て!僕のピアノを聴いて!」。でも「小犬のワルツ」だったらそれでいいかも知れない。「こっちを見て!僕を見て!ワン、ワン、ワン。」俺はもうピアノなんか教えない方がいいのかも知れない。あんな風に、俺の思ったのと違う方向へ行ってしまう。そんなつもりじゃなかったのに。技術ならいくらでも教えてあげる。俺には人に教えられるような感性は残ってない。俺はモーツァルトの11番の1楽章をできるだけ悲しく弾く。ほんとに悲しくなってきた。悲しい曲ではないんだけど。モーツァルトっていつも途中までいいんだけど、途中から自分でもどうしていいか分からなくなって、最後に強引に結論付ける。俺は最初の綺麗なところだけ弾いて、手を止める。すぐにユリに愛想を尽かされて、俺のスタインウェイをぶち壊されて、そしたら俺も俺のスタインウェイと一緒に死ぬから、ユリに頼んで一緒に埋葬してもらおう。あ、そうだ。ピアノに保険ってかけられるのかな?ぶち壊されたら、ローンがチャラになるみたいなヤツ。俺は自分の部屋に行って、それについて調べることにした。家に住んでる人にぶち壊された場合、保険は出ないようだ。当たり前だよな。全部引き払って、ピアノも売って、どこかへ行こう。どこだか知らないけど。そしたら俺のピアノの夢を毎日、死ぬまで見るだろう。ピアノの部屋に戻る途中、ユリがさっきと同じキッチンのテーブルに座っているのが見えた。大勢の妖精達に囲まれて、慰められている。俺もユリも、なぜかまだタキシードのままで、俺はそれはお互いの気持ちも、身体も閉じている、っていうことだと思う。さっき俺に蹴りを入れたヤツが、俺のことを睨む。その時、俺はユリが、俺の取って置きのハーゲンダッツを食べていることに気付く。俺は立ち止まってそれを見る。彼は、しまった、という顔をする。あれはかなり重要な物だった。俺の金曜日の1日を締めくくる。酒をしこたま飲んで、最後はアレで締めようと思ってたのに。予定が狂った。


俺は悲しい気持ちを抑えて、表へ出る。ユリがエレベーターに乗ろうとしている俺の腕をとって、

Where are you going?(どこ行くの?)」

「コンビニ。」

「なんだ、コンビニか。」

って言いながらも、一緒にエレベーターに乗り込む。1番近いコンビニに行ったら、俺の好きなヤツが売り切れている。しょうがないので、次の所に行く。3つ目にやっとあって、それを買って家の方へ向かう。ユリはずっとついて来る。俺のことを信用してないに違いない。まあ、ほんとにいずれ冬になったら、行動はするから。俺のことなんて信用しない方がいいのかもしれない。コンビニで男ふたりがタキシードでいるのを、客にも店の人にもジロジロ見られたけど、それはしょうがない。俺はアイスクリームをフリーザーにしまって、やっと安心して飲み始める。今夜は珍しくジンを飲んでいる。ジントニック。またレモンとライムを両方入れて。なにも言ってないのに、ユリも同じようにジントニックを作って飲んでいる。ふたり共相手の出方をうかがってるような感じ。2匹のオスの獣が縄張りを争って、相手の出方をうかがって、円を描くように。少し酔いが回ってきて、俺はボータイを取る。ユリも俺のマネをする。そしてもっと酔いが回ると、なんだか暑くなって、ジャケットを脱ぐ。彼もマネをする。そしてもっと、もっと酔いが回って、俺はシャツのボタンを3つ目まで外す。彼もマネをする。ユリが立って俺の側へ来る。俺は突然なんだろう?って思って彼の顔を見上げる。彼は俺のシャツに手を入れて、舌を入れたキスをする。俺は困惑する。妖精達はバサバサ飛び上がって、両手で目を押さえる。でも指の間からしっかり見ている。ユリが俺の手を痛いほど握って、ベッドルームに連れて行く。それは、終わった時、完全に放心してしまうような、ワイルドなものだった。


ユリに、家出の予定があるなら早くピアノを教えろ、と言われて、ピアノの修理屋を呼んだ。

「ピアノから変な生き物が出て来る気がするんですけど。」

「ああ、それねー。」

意外と若い人で、俺の奇妙な質問にもちゃんと答えてくれる。

「それね、何回か前にありまして、その時ちゃんと対処法も考えて、成果もありました。」

「本当ですか?」

「出て来る場所があるんですよ。この底のあの辺。」

「あんなとこから?」

「それで質問なんですが、完全に塞いだ方がいいですか?それとも開閉できた方がいいですか?」

俺はどうしていいか分からなくて、ユリに聞く。

「ちゃんと開閉できた方がいいと思う。」

「分かりました。じゃあそうしましょう。」

俺があることを思い付く。

「もし、しばらく経って開けたとして、一気にたくさん出て来るってことはないんですかね?」

「あっちもちゃんと産児制限してるから、そういうことはないと思います。」

「貴方はどうしてそんなことをご存知なんですか?」

「私こう見えて、もう10年の経験があるんで。何回かこういうケースがあって。あそこから出て来るのを見た人がいるんです。それで俺がドアをつけて、その人が半年後にそこを開けたらしいんですけど、一気にたくさん、ってことはなかったらしいです。」

「その人の所ではどんな生き物が出て来るのですか?」

「あー、それはね、私にも分からない。ちなみにこの家ではどんな生物が?」

ユリが、

「蝶の羽の生えた変な生き物です。妖精みたいな。可愛い。」

「なるほど。」

そしてその人は、可愛いちっちゃなドアを作って、カギをかけてくれた。ユリは、

「これで俺も安心して練習ができる。」

と言ってピアノを弾き始める。しかし、その瞬間から進士によるトレーニングは始まっていたのだった。進士は普段、大学では生徒の演奏をほとんど聴いてないし、子供達には感性を教えることに重きを置いていた。なぜかユリのトレーニングは最初から、スポ根そのもの。

「ピアニッシモ!」

OK!」

「レガート!」

OK!」

「リタルダンド!」

OK!」

「こんな物も弾けないんじゃ、生徒は任せられない。」

俺は彼を残して部屋を出る。俺自身もなんでここまで厳しくしてるのか、分からない。俺の中のなにかがそうしてる。30分程してピアノの部屋に戻る。ユリが隣に座った俺の肩を愛撫する。ヤりたがってるんだな、可愛いな、って思うけど、

「もう1回。」

俺は今まで大学で人の演奏を全然聴いてなかったけど、みんなこういう演奏をしてたのだろうか?メリハリがない癖にまとまりもない。どうでもいいヤツ等だから聴いてなかったのか?ということは、ユリは俺にとって、どうでもいいヤツではない。それは単に俺の生徒を任せたいからか?俺は彼に対する気持ちをもう一度整理しようと思った。俺は彼を愛しているのだろうか?だとしたら俺の家出願望は?彼がいるから家出をする。自分の家から家出するんだから。そんなことを考えていると、当然ながら人の演奏は聴いていない。妖精が3匹ほど、ピアノの枠の所に座って、小さな足をブラブラさせながら、新しくできた小さなドアの方を指差してる。なんか話してるけど、よく聞こえない。怒ってる風には見えない。面白がってるように見える。俺はふと考える。もしかしてコイツ等はあの場所から、行ったり来たりしてたんじゃないのかな?

You are not listening.(聴いてないでしょ?)」

Seduce me with your music.(その音楽で俺をその気にさせてみろ。)」

彼はさっきみたいに、俺の肩に手を置いて、愛撫する。俺はそれを払いのけて、

No, with your music.(そうじゃない、音楽で。)」

モーツァルトは人を誘惑するためにこの曲を書いたわけではない。俺は知ってて彼をじらす。ユリは背筋を真っ直ぐ伸ばして、まるでそれをまだ習いたてで、子供が発表会で弾いてるみたいな演奏をする。いい子のピアノ。ユリのブログで見た写真。彼の12歳の時発表会。タキシード姿で可愛い。あれを思い出す。そしてそれは見事に俺の性感帯に命中して、俺は彼の手を引いてベッドルームへ。


「こんなに激しく抱いてくれたの初めてだね。」

ユリは上から俺の目をのぞき込む。そして俺の胸に自分の胸を重ねて、

「さっきのレッスンは、プレイなの?」

「レッスンは真剣だよ。」

「じゃあ、そのあとがプレイなんだ。じゃあ、明日、お仕置きごっこしよう。」

「もっと真面目にやらないと。」

「終わってからならいいでしょ?」

「分かった。」


可愛そうなユリは、ピアノが空いてる時間はずっと練習している。でももっと高いグレードの試験に通ってくれないと、下手すると子供の方が上のグレードになってしまう。試験の日は2カ月後。料理の下手な俺が、ユリの代わりにやっている。夕食を食べてまたピアノに向かう。俺もできるだけ聴くようにしている。スポ根のノリ。

「クレッシェンド!」

OK!

「アンダンテ!」

OK!

「フォルティシモ!」

OK!

全然楽譜を見ていない。それか、楽譜に従うつもりがない。カナダの教師はなにを教えていたのだろうか?セックス以外に。ユリがモデルをやった例のスポーツジム。YouTubeチャンネルがあって、いつもはトレーニングの方法なんかをやっている。そこで、ユリのインタビューをやっていた。なぜか水着で。近況を聞かれて、ピアノのグレード試験に向けて特訓中、って言ったら、それを音楽関係の人が観ていて、もしかしたらなにか仕事につながるかも知れないらしい。今のままじゃあ、人様に聴かせられない。ますますスポ根になる。今夜もまた寝る時間になって、

「また聴いてない!」

「眠くなってきた。」

「なんか言って。」

「ペダルに頼ってる。ちゃんと鍵盤で音をしっかり出さないと。」

OK。他には?」

「左手の音が大き過ぎる所がある。」

「どこ?」

「明日にしよう。」

俺はユリの首筋にキスをする。ちょっと気だるいキス。

「先生。止めてください。」

「いいな、それ。そそる。」

「そうでしょう?」

俺の可愛い生徒は振り向いて俺にキスして、

「先生。僕は先生のことがずっと好きでした。」

と言われて、舌を入れてくる。ませた子供だ。なんだかんだで、眠かったけど目も覚めてきて、妄想の入り乱れた夜の営み。ふたり共気持ちよくイって、俺が、

「今イった時、ピアノの中からなにか出て来るのが見えた。」

「俺も!なんだろう?」

俺達は急いでピアノの部屋に行って、中をのぞき込む。ユリが小さなドアのカギを開ける。ドアの中から、いつもの蝶の羽の生えた変な生き物が、なん匹か飛び出て来る。でもそれは新色で、たくさんのネオンカラーで、しばらくピアノの周りをグルグル回って、暗い廊下に出た時、その羽が信じられないくらい明るく光っていた。俺達は、昆虫のカプセルホテルの方へ飛んで行った、新色達を見送った。あんまり激しく羽ばたいたから、その鱗粉がゆっくりと空中から廊下に落ちて、星みたいに光ってる。金と、銀と、グリーンと、ピンクと、ブルーと、イエロー。


You're not listening!(聴いてない!)」

I'm sorry.(ゴメン。)」

最近眠くてしかたがない。もう10月だから、俺の体内年間時計はもうウツの時間を示している。ユリのピアノの試験まであと半月。

「家出するんなら、試験が終わってからにして。」

「分かった。努力する。保証はない。」

「俺のピアノはどうなの?」

「大分いい。合格の可能性は50%くらいだな。」

That's it?(そんだけ?)」

ここんとこ俺は、ふさぎ込んだと思ったら、どうでもいいことでゲラゲラと笑ったり、ひとつのことに執着したり。要するに情緒不安定。ユリと一緒に、ピアノの先生と生徒ごっこをしてるんで、性欲だけはしっかりある。性的妄想。彼との身体の距離が近くなった。身体に触れ合いながら寝ていることもしばしば。俺はだんだん声も出すようになってて、恥ずかしいけど、出るものはしょうがない。それだけ快感の強さが増してきた。気分的にはその快感の向こうの風景の、そこにどうしても行きたい気持ちがある。家出願望?今度はもっと遠くへ行きたい。でも地方に対する興味がないので、っていうか、恐れがあるので、遠いと言っても東京都内。家出にしては距離的に説得力がない。しかしユリにはこの試験に通ってもらわないと、どうにもならない。俺の小学生の生徒にも、このグレードを持ってるのが2人いる。


時々暗い廊下で蝶の鱗粉が光線を放って、日本人は暗い所で光るの物が好きということを思い出す。ホタル、灯篭流し、そしてオーロラ。少し乱暴に歩くと、粉がふわりと舞って空中に戻って行く。ユリが俺の背後から声をかける。

「なにしてるの?暗い所で。」

「ほら。」

俺が水平に飛んでいる、光の粒達を指差す。色んな色がある。ユリは、

「合格通知、来たよ。」

俺は静かに彼を抱き締める。これで気になることはなくなった。昆虫のカプセルホテル。家出してカプセルホテルに泊まるのは、風情がないよな。ウイークリーマンション?俺はいつもより長い家出を計画してるようだ。ドクターに、俺の家出願望について聞いてみた。

「普通の人間なら、ちょっと旅行にでも行くとか。もしひとりになりたいんなら。」

「家出とはもしかしたら、帰らないことかもしれない。」

「仕事はどうするの?」

「仕事はします。」

「中途半端な家出だな。」

「先生がそんなこと言っていいんですか?樹海とかに行っちゃいますよ。」

「それは俺が許さない。」

樹海なんて、あんな寂しい所へ行ったら、それだけで死んでしまう。いつか画廊で見た絵。横長の、多分1m半くらいありそうな抽象で、気になって足を止めて、それから恐怖で動けなくなった。グリーンと、オレンジの絵。あとで考えたら、あれは富士の樹海だって思った。画家は外国人だから、そんなわけないんだけど。病院を出ると、そこはいつものショッピングモールで、少し休もうと思って、俺は最上階の、あんまり人が登って来ないような所にあるカフェに入って、腰を下ろした。目をつぶると、まぶたの裏が痛い。最近泣いてもいないのに、どうしてだろう?窓際に座って、窓から大勢の人が駅に向かって歩いているのを見る。俺は何にも属していないように見られる。怪しげだから、いつも空港でスーツケースを開けられる。家出しても絶対東京より外へは出られない。そんなことをしたら、やっぱり寂しくて死んでしまう。家出をしたら、妖精達の光る鱗粉や、ユリの身体から出る光線を懐かしく思うだろうか?光の溢れる俺の住まい。ウツの脳で考えると、俺はそれにふさわしくないように思える。ケータイを見ている振りをして、そんなことを考える。ウェイターがコーヒーを運んで来る。今日は午後から大学で講義がある。ユリが試験をパスしてよかった。人に教えるということの難しさを改めて感じた。人のことを気にしていては、芸術は創れない。しかし俺達は誰に対して音楽を奏でているのか?妖精達ならきっと知っている。もうじきクリスマスになって、そしたら俺の家は讃美歌で満ち溢れる。何時間にも及ぶミサ。俺はきっとワインでも飲みながら鑑賞する。不謹慎か?でも聖書にはワインがどうとか、って書いてある。電車に乗ったら、ユリのポスターが貼ってある。クリスマスのフォーマルスーツ。襟に光る素材を使った、ファンシーなタキシード。金髪で、ヨーロッパ人みたいに見える。だから一時期金髪になってたんだな。俺はなにも聞かなかった。バックにグランドピアノ。多分あれは、ユリがカナダでぶち壊した、Fazioli。彼はあと5年くらい経ったら、もっとタキシードが似合うようになるだろう。ポスターのFazioliから、俺をぶち壊さないでくれオーラが出ている。ユリにはしばらく体系的にピアノのトレーニングして、もっと上のグレードに挑戦させたい。


大学のピアノ科の授業。

「ここんとこ一緒に住んでるヤツに、ずっとピアノ教えてて。試験があったんで。それで思ったんだけど、音楽を教えるって、性的な意味があるな。」

賢生が手を挙げて、

「それは教える側に、よりパワーがあるからでしょう?」

「そうなんだけどさ。昔から、ミケランジェロの時代とかさ、徒弟制度みたいなのがあったじゃない。あれって、セックスが介在してるよな。絶対。だけどさ、上下関係だけじゃなくて、音楽ってセックスだよな、って思う。俺の昔の教え子が言ってたけど、花の蜜を吸う蝶のような気持ちなんだって、音楽の感性って。」

みんなは、また始まったと思って聞いている。俺はなんとか俺の言いたいことを伝えようとする。

「蝶が花の蜜を吸う時の、高揚感。それで花は受粉して。そのシステム。すごくセクシーで。音楽って、セクシーなものなんだよな。」

生徒が手を挙げて、

「そのピアノ教えてた人とはどうなったんですか?」

「もう、すっごくセックスがよくなって、俺、叫んでたけど、よかった。家、防音で。」


授業のあと、また賢生と一緒にランチをして、

「先生ね、ますます憔悴してますよ。ちゃんと食べてるんですか?」

「食べてるけど、身にならない。」

「なんで?」

「冬だし。」

「なんかさっきのも、なにが言いたいのかイマイチ不明。俺は分かったけど。」

「よかった。」

「でも俺にとって、音楽は完全にストイックなもの。」

「君は真面目だから。でもストイックって、猥褻の裏返しだから。」

「先生にとって音楽はセックスなんですよね。」

「花が咲き、蝶が飛び、オスはメスを呼ぶ。」

「不思議なんですけど、先生、冬だからウツだ、って言ってて、その割には言うことが生産的というか。」

「ゲイのセックスは、非生産的だから。」


最近全然集中力がない。生徒達のピアノを聴いていないのはいつものことだけど、いつもは他のことを考えてるからで、今は他のことも考えられないから、逆に人の弾くのを聞いていたりする。クリスマスが近づいて、家の中が讃美歌でいっぱいになる前に、なんとかここから抜け出したい。でもあんまりクリスマスに近くなると、ホテルやなんかが高くなるから、それは難しい。1日家出。朝から晩までいなくなって、次の日の朝帰って来る。いいかも知れない。それを3回やったら、いつもの3日家出だから。でも、酒を飲んでテレビを観る、ということはできないな。朝までどこにいるの?公園?浮浪者とかに襲われたら怖いし。俺みたいな怖がりは1日家出はできないな。夜いる場所を確保しておかないと。この都会には怪しげな深夜営業の店がたくさんある。クリスマスが近いから、普通の店でも、いつもより長く開けている所もあるだろう。行ってみるしかない。突然、部屋の掃除を始める。なんだか分からない物とか、どうしていいか分からない物を、全部すててしまう。時々ユリがのぞきに来る。夜になってもちっとも掃除が終わらない。ユリが手伝ってあげようか?って言ってくる。俺は、

「今年の内にハッキリさせたいことがあるから。」

という意味不明の言葉で、それを断る。でもやっぱり片付かなくて、自分に腹が立って、なんでこんなことを始めてしまったんだろう?仕方がないので、俺はゴミの山と本の山とCDの山に囲まれて、寝た。掃除をしていても、すぐに自分がなにをしていたのか忘れてしまう。すてる物と取っておく物の区別が全く分からない。だから俺の部屋はそんな状態が続いていた。珍しく、ドクターが俺の抗不安剤を12錠から3錠に増やした。少し混乱することが減ったような気がする。昔の教え子からいくつかクリスマスリサイタルの案内が来ていたが、どれも行く気になれない。妖精達は、バッハの、「グロリア」とヘンデルのとモーツァルトの、「ハレルヤ」のリハーサルに余念がない。ボーイソプラノが可愛い。俺の買ってやった、小さなピアノが役に立ってる。あれはちゃんとしたピアノメーカーから出てる、立派なおもちゃのピアノなんだから。ヤツ等のモーツァルトの、「ハレルヤ」を聞いているうちに、あれは映画の、「オーケストラの少女」で歌ってた曲だなって思い出して、掃除もしないで観始めた。最初のシーンから既に泣き始め、ティッシュペーパーがなくなって、トイレットペーパーをロールごと持ち出して、涙を流していた。オーケストラの少女は小鳥のように晴れやかに歌を歌う。歓喜に満ちた歌。ユリは今夜は仕事だって言ってた。久し振りに彼のブログをのぞいてみる。俺の知らない間に大分色んな仕事をしている。クリスマスシーズンに向けた商戦。デパートの広告。デパートの壁に大きなポスター。10mくらい。女性とツーショット。クリスマス気分たっぷり。有名なジュエリーストア。真剣な顔でショーウインドーをのぞくユリ。ジュエリーストアの広告なんて、普通女性だよな?こないだ電車の中で観たタキシードの広告。専属をやってた雑誌も変わっている。もっと年上の。ビジネススーツなんかもある。よく似合う。俺がこんなゴージャスな男とヤってるなんて。考えてみたらおかしいよな。妖精の歌。ゴージャスな男。俺はそれから距離を置くために家出をする。ユリは俺のどこがいいんだろう?たまたま近くにいるからか?だけど出て行きたかったら、いつでも出て行けるよな。もうじき冬休み。冬休みになるのを待って家出、というのもなんとなく、精神的にそう切羽詰まってない感じだよな。この時期、富士の樹海も賑わっていることだろう。いつかドキュメンタリーでやってたけど、本気のヤツは、樹海でバスを降りて、真っすぐいい感じの木に向かって歩いて、首を吊る。カッコいいと思うけど。俺には煩悩が多過ぎて無理だな。ドクターが抗不安剤を増やしたのは正解だな。前より気持ちが落ち着いてる。昆虫のカプセルホテルに行って、ヤツ等のリハーサルを聴く。ミサ曲なんだから、厳かでいいんだけど、もうすこし晴れやかに歌って欲しいな、って思う。俺は指揮棒なしで、指揮を始める。もっと声を出して。神様にほんとに届くように。ソリストはもっともっと華やかに。みんなの気持ちをエキサイトさせるように。ソプラノはもっと声を合わせて。テノールはもっと気持ちを込めて。悪くない、大分よくなった。これなら神様もちゃんと聴いてくれる。


俺はケータイと財布と1冊の本だけ持って、師走の街へ出て行く。1日家出だから、今、夜の10時で、明日の夜10時に戻ればいい。今度はこの前みたいにユリに会わなかった。前と違う方向へ歩き出す。商店街じゃなくて、駅の方角へ。ユリの10mのポスターを見てみたい。俺は電車に乗って、その街に行く。いつもより着飾った人々。クリスマスパーティー?忘年会?大学でも誘われたけど、俺はどちらも行かなかった。音楽がセックスだという仮説は、あまり評判がよくなかった。俺に言わせてもらえば、なんだってそうなんだよな。どんな芸術だって、セックスに結びついて行く。ひとつの色が、もうひとつの色と混じり合って、全く違う色になって、そういう魔法みたいなことが起こる。それがセックスに結びつく。なにかをどうにかすると。電車の中が酒臭くて、イヤになる。それは自分が飲んでないからだ、と気付く。途中で電車を降りて、俺のお気に入りの、スピーカーで有名なバーへ行くことにした。ドアの方へ移動すると、ユリがタキシードを着て、ピアノの前に立っている例のポスターが目に入る。俺は小さく敬礼して、電車を降りる。そのバーは、駅から地上に出なくても行ける。季節柄お客さんも大勢いて、座る席もないくらいで、俺は飲物だけ確保して、外で立って飲んでいた。スピーカーからはグレン・グールドのゴルトベルグ変奏曲の真ん中辺りが聴こえる。1950年代に録音された曲が、現代に蘇る。ピアノってこんなにステレオサウンドなんだな、って改めて思う。3杯立て続けに飲んで、いつものバーテンダーが、「メリークリスマス。」って言ってくれる。彼にも敬礼して、俺は地上に上がる。そこからはユリのデパートまで歩けない距離ではない。俺はゲイのピアノ弾きだから、方向音痴で、って関係ないかもしれないけど、だから、線路沿いを歩く。まだ電車のある時間だから、空のタクシーがたくさん走っている。あと少しすると、タクシーを捕まえるのが難しい時間になる。俺には関係ないけど。俺は歩いて、10mのユリのポスターを見に行く。歩いている間に午前12時を回って、ユリからラインが来る。

Where are you?(どこにいるの?)」

I don't know.(知らない。)」

Are you drunk?(酔ってんの?)」

Yes, I am.(うん。)」

When are you coming home?(いつ帰って来るの?)」

Tomorrow.(明日。)」

It's already tomorrow.(もう明日だよ。)」

I know, honey. See you tomorrow.(知ってる。じゃあ、明日。)」

明日、っていつのこと?俺はいつ帰ればいいの?よく分からない。線路に沿って歩いてる俺の頭上を電車が通る。まだ終電の時間ではないらしい。無性にユリに会いたい。そのデパートのある街へ急ぐ。寒くは感じないけど、吐く息が白い。俺はキャメルのロングコートを着ている。、賢生が、それを着てると、大学の先生みたいに見えますよ、って冗談言ってた。もしあの時ユリに会ってなかったら、俺は賢生とどうにかなってたんだろうか?俺って押しに弱いから、そういうこと、ありそうな気もする。賢生はユリみたいに俺の家出を認めてくれるだろうか?そんなことはないような気がする。ユリだって理解はしてない。家出癖のあるピアノ科の大学講師。華やかな街。ジュエリーショップ。俺はユリの広告みたいに、真剣な顔でショーウインドーをのぞく。クリスマスの飾りが眩しい。ユリになにか上げたいけど、なにがいいか分からない。


とうとうそのデパートに着いた。10mのポスターの中で、ユリは可愛い女性モデルと、楽しくラブラブなカップルを演じている。それはそのデパートの広告で、確か都内に何軒かあるはず。そっちにもこれと同じ大きさのポスターがあるのかな?彼は売れっ子には違いない。こんな大きなポスターを観てしまったあとでは、また人間サイズに戻るまで時間がかかりそう。俺はいつもみたいに写真に撮って、ユリに送る。もう寝ちゃったかな、って思ったら、すぐ電話がかかって来る。

「また家出なの?」

「明日帰るから。」

「だから、それ今日でしょう?」

「そう?」

「俺、これから迎えに行くから。どっちにいるの?渋谷?池袋?」

「電車ないのに、どうやって来るの?」

「まだ大丈夫。どっちにいるの?」

「渋谷。でも君がここに来た時、俺はもういない。」

Stay there! You are confused.(そこにいて!なんか変だよ。)」

No, I'm not.(そんなことない。)」

Then, tell me when you are coming home.(じゃあいつ家に帰って来るか言って。)」

Tomorrow.(明日。)」

Tomorrow is Saturday.(明日は土曜日だよ。)」

Saturday night.(土曜の夜。)」

What time?(何時?)」

Ten in the night.(夜の10時。)」

「なにそれ?なんで10時なの?」

「夜の10時に家を出たから。」

「今から行くから。そこにいて。」

「俺はもうここにはいないよ。」

「それでもいい!」

そこにいろって言うんだったら、なんか変だって言うんだったら、ここにいてもよかったんだけど。ユリが警察に通報してたら、ここは交番に近過ぎる。俺はゆっくりと表通りを歩いて行く。俺はどこにも属さない、怪しい人物だけど、今夜は大学の先生に見える。ほんとかどうかは知らないけど。代々木の方へ向かって歩いて、そしてまた渋谷に戻る。ユリから電話。

Where are you?(どこにいるの?)」

「東急ハンズ。」

Stay there.(そこにいて。)」

すぐにユリが角を曲がって来るのが見えた。彼は寒そうに両手をポケットに入れたまま、ちょっとかがんで俺の頬にキスしてくれる。俺はなんだか疲れて、石の階段に腰を下ろす。彼も俺の隣に座って、ふたり共、横目で目を合わせる。ユリは心配してる様でもなく、あきれてる様でもなく、怒っている様でもなく、おまけに感情を隠そうとしている様でもない。俺は不思議に思って、

What are you thinking?(なに考えてるの?)」

That's my question for you.(それはこっちのセリフ。)」

Oh, that's right.(まあ、そうだよな。)」

警備員が通りかかって、俺達のことを見て、でも意外となにも言わずに通り過ぎる。大学の先生とハーフのモデル。十分怪しいけどな。俺達は立ち上がって、すぐ近くにあったファーストフードのレストランに入った。俺は身体が疲れてて、胃がなにも受け付けないから、フルーツジュースを頼んだ。ユリはしっかり食べるつもりらしい。

24時間家出?」

「そう。」

「なんで?」

「ホテル代がもったいない。」

ユリのハンバーガーを食べる手が、一瞬だけ止まって、それからまた食べ始める。

「クリスマスだと、ホテル高いじゃない?」

「だからなの?」

「そう。」

「日帰り家出。」

彼はこれを、日帰り家出と名付ける。

「これを3回やると、週末3日家出と同じになるから。」

「あと2回やるの?」

「そう。」

「いつやるの?」

「今年中に。」

「なんのために?」

「それはもう忘れた。」

「思い出して。」

俺があんまり長い間考えてるので、ユリが、

「家出の理由は忘れたけど、家出は続行してるんだ。」

「そう。」

「思い出せない?」

「少し思い出してきた。」

「なに?」

「前に、君に会う前に、俺はひとりで飲んで、酔いが脳に回ってそれを週末3日間やって、そのあと23日ウツになって、それを味わって。そういう人生だった。それがなくなってしまって・・・」

「なくなってしまって?」

「それが懐かしい。」

「俺に会って幸せじゃないの?」

「幸せだけど、俺には不幸も必要だから。」

「不幸が懐かしい?」

「そう。」

「もし、俺がいなくなったら?」

「昔の不幸に戻るだけ。」

「それ、自分の帰る場所を確保してるだけだよ。防衛機制。」

「そんなつもりはない。」

ユリはハンバーガーを食べて、ポテトには手をつけない。

「それ、食べないんなら、なんでオーダーしたの?」

「セットの方が安いし。」

「なんで食べないの?」

「カロリー、オーバーするし。」

俺は無意識に手を出して、食べ始める。

「なんだ。食べられるんじゃない。よかった。」

「ユリはなんで俺のこと心配してくれるの?」

彼はその質問には答えない。だから俺は他のことを話し始める。

「あのポスターよかった。タキシードの。電車の中で観た。」

「へー、あれ電車の中にあるんだ。」

「知らなかった?」

「うん。」

「あのピアノ。」

Fazioli?あれは合成だよ。」

「なんだ。でもピアノが君のこと怖がってる。」

ユリは大袈裟に笑って、

17の時、ピアノの教師にセクハラされてて。最初は心を支配されて、それから身体。ソイツ、他の生徒にもそうやって、有頂天にさせといて、冷たく振る、っていう遊びをしてて、自分に権威があるから、大人に言っても信じないよ、って言って、それは本当で、俺は薪を割るヤツ、なんだっけ?」

「斧?」

「そう、それを持って全部の鍵盤と、全部のハンマーと、全部の弦をぶち壊して、絶対修理できないようにしてやった。そしたら大人も少しは俺の言ったこと信じてくれた。」

「そんな風に怒りを表に出せる、って羨ましいな。」

「進士はそんな時どうするの?」

「俺は昔からウツで、厭世的だから、物事を諦める。」

「じゃあ、もしも俺がいなくなったら?」

俺は黙って、もしユリが俺の前からいなくなったら、俺はどうなるんだろう?って考える。さっきは、昔の不幸に戻るだけ、って言った。そしたらそれは防衛機制だって言われた。どういうこと?現実逃避?現実にあったことを、最初からなかったことにしたい。それから俺は、自分は物事を諦める、って言った。でもそんなことできないよな。さっき俺が言ったことは、全て間違ってた。もしユリがいなくなったら?俺は再び俺の現実に戻る?ひとりになって、酒を飲んで、街をさまよって。

「諦めないと思う。」

そう言ってしまったけど、俺はそれが具体的にどういうことなのか分からない。自分の言ったことの意味が分かってない。つい、うっかり言ってしまった?ユリは目を細めて、俺のことを疑わしそうに見る。彼は立ち上がって、ゴミをゴミ箱に勢いよく投げ込んで、

「諦めないで、どうするの?」

「みっともなく捜し回る。」

「いいね、それ。」

I don't know what I'm talking about.(自分がなに言ってるか分からない。)」

That's OK.(いいよ。)」

俺はそこを出て、どこでもいいから酒の飲める所を捜す。ユリは黙ってついて来る。俺は細い横道に入って、彼にキスをして、

I don't know what I'm doing.(自分がなにしてんのか分からない。)」

That's OK.(いいよ。) 」

俺が英語を使うのは、その方がニュアンスが伝わる場合と、日本語で言うのが照れ臭い場合。今のは後者。まだ元気に営業中の居酒屋に入る。生ビールを一気に空ける。ヤバいことに、なぜか俺の頭は冴えて来る。

「俺、ほんとに明日の夜10時まで帰らないよ。」

「俺、朝まで付き合うから。夜中にひとりでいるのイヤでしょう?」

家出の意味、全然ないような気もするけど。ユリと一緒にいられるのは嬉しい。俺は嬉しそうな顔をしながら、

「さっき妖精がリハーサルしてたから、少し指揮してあげた。」

「ああ、だから。大分よくなったね。」

「エキサイティングな感じ。」

「うん。」

「あれなら神様の所までちゃんと届く。」

「クリスマスまであと3日だよ。」

「あのハレルヤのソロ、いいよね。」

「うん。上手。ボーイソプラノ。」

こんな秘密を共有できる相手が、他にいるわけない。ユリが、

「そういえば、バリトンが足りないから、ピアノのドアを開けて欲しい、って頼まれた。」

「ほんと?開けたの?」

「うん。3匹くらい。黒いヤツ。」

「へー。黒って今までいなかったね。」

「新色。髪の色まで黒だった。」

「へー。」

「なんか忙しそうだった。」

「クリスマスだから。」

「進士はクリスマスどうするの?」

「さあ?」

「家出?」

「家出は今年中に済まそうかと。」

「え?じゃあ、あんまり時間ないじゃない?」

26日と30日くらいかな?」

「あ、俺、30日仕事あるから、29日にしよう。」

29日徹夜しちゃったら、30日の仕事困るじゃない?」

「打合せだけだから。俺、ピアノ教室のCMに出るかも。」

「マジで?」

「まだ決まってない。オーディションがあるから。」

「ピアノ弾くの?」

「もちろん。」

「え、どうしよう?」

「なにが?」

「ちゃんと弾けなかったら。」

「今、子供が少ないから、そのCMは、大人のためのピアノ教室で、あんまり上手くても困るみたい。」

「よかった。」

「なんで進士がそんなに心配すんの?」

「俺が教えてるんだから。教師としての技量が問われる。」

「大丈夫だって。」

「どんなピアノ?」

「国産だと思う。」

「どうしよう、妖精が出て来たら。」

「あれは進士のスタインウェイからしか出て来ないから。」

「なんで分かんの?」

「こないだピアノ屋さんで、色んなピアノ試してみたけど、大丈夫だった。」

「よかった。」

「心配しなくて大丈夫だって。なんでそんなにナーバスなの?」

「だって今、家出中だし。」

「そうだったね。I almost forgot.(忘れるとこだった。)」

「君んちって、ちなみに宗教はなんなの?」

「父がウクライナ人で、ほんとはロシア正教なんだけど、本人が処女は絶対妊娠しないとか言ってるから。」

「へー。」

「信じてないと思う。両親の結婚式も教会ではやってない。俺も洗礼受けてない。」

「家の妖精達はどうしてカトリックなんだろう?」

「古い国から来たから。色んな宗派に分かれる前の。」


ユリは始発で帰るのかと思ったら、明るくなるまで一緒にいてくれた。俺は忙しく行き交う、通勤の人々に紛れる。そしてまたいつものように、本屋に行ったり、カフェで時間を潰したり、夕方に例のバーに行き、丁度、夜10時に家に帰って来た。ユリが料理をして待っててくれる。遅い夕食。

「みんなが、進士に指揮してもらいたい、って。」

「え、本番も?」

「そうみたい。」

「こないだバリトンが増えたから、また全体のバランスが変わったかも。」

「イブはあさってだよ。」

「いっぱい練習しないと。」

俺はその日、昆虫のカプセルホテルのある部屋で指揮をした。大分熱が入ってきた。もっと声の強弱をつけないと。声を張り上げればいいというわけではない。それを一生懸命説明する。パートごとの練習はもう必要ない。バランスがとれてきた。みんなよく頑張った。これなら神様も喜んでくれる。イブはキャンドルをたくさん灯して、ミサをした。俺は指揮者で、ユリはビデオを撮っていた。ボーイソプラノが絶品で、あとで聞いたら、妖精は成長しないから、一生ボーイソプラノで歌えるらしい。あまりの素晴らしさに、もう少しで神を信じそうになった。長いミサのあとはみんなでグッスリ眠って、25日は昼間のミサ。また俺の指揮。もっと普段から一緒に勉強すればもっとよくなると思う。


26日の日帰り家出には、最初からユリが付き合ってくれた。また夜の10時に家を出た。クリスマスになにかプレゼントしたかったけど、指揮が忙しかったのもあって、結局なにも上げなかった。

「もう遅いけど、クリスマスになにか欲しい物ない?」

「いいよ。俺も進士になんにも上げなかったし。」

「いつもナイスにしてもらって。家出にまで付き合ってもらって。」

「家出して気が済むんならって思うから。多少心配もあるし。」

「ほんとに欲しい物ないの?」

「あのね、例のピアノの教室のCM。まだオーディション前だけど、俺って有力候補らしいんだよね。」

「マジでピアノ弾くの?」

「そうらしい。だから教えて。」

「曲目は?」

「それはあっちが決める。」

「撮影はいつ?」

「来年早々。」

「無理じゃない、そんなの。」

「でもね、CMって、15秒だけなんだって、ネット用だから。15秒弾ければいいんだって。」

15秒は意外と長いぞ。」

「でもほら、大人用のピアノ教室だから。そんなにとんでもない曲はないと思うし。コピーを教えてもらったんだけど。」

「なに?」

「憧れの曲が弾ける!」

「憧れの曲なんてそんな簡単に弾けるわけないぞ!」

「まあ、CMだから。」

「誇大広告だ!」

「なんで怒ってんの?」

「そのピアノ教室の先生達がかわいそうだ。」

「進士の憧れの曲って、なんだった?」

「覚えてない。」

「俺はね、トロイメライ。でもあれはもう弾ける。」

「それ弾きたいって言ってみたら?」

「分かった。」


結局オーディションはキャンセルになって、ユリがCMに出ることになった。あっちが言ってきた曲は、ショパンの、「小犬のワルツ」。俺達はやや青くなる。ユリはそれは弾いたことがない、と言ってる。冒頭の15秒。1週間で弾けるようにして、色付けと、味付けをして、暗譜して。CM撮影の本番。俺も先生として一緒に行った。衣装がスーツだし、もっと気取った演出なのかと思ったら、ピアノの下を本物の子犬が走り回るみたいな、コミカルなもの。俺はユリに、もっと楽し気な、弾むような感じに弾くように伝える。ワルツだからね、と念を押す。上手くいったと思う。ユリの笑顔もとてもよかった。


CM撮影が急に決まったので、俺が予定していた1229日の日帰り家出が延期になっていて、俺はそろそろ実行に移したい、と思っていた。そしたら、なんだかんだ正月の最初の週も過ぎて、ホテルもほとんど通常の値段になってきたから、いつもの3日家出にしようかな?でも、もう日帰りを2回したからいいか?と色々悩んでしまった。ユリに相談したら、ホテルにひと晩泊まって帰ってくればいいじゃない、って言ってくれた。これがもしかして最後の家出?だったら思い残すことがないように、念入りに準備しないと。いつも家出に使ってる近所のホテルに予約を入れた。また40分くらい歩くことを考えて、もっと歩きやすい靴にして、例のバーにある、素晴らしいスピーカーのために、リクエストをいくつも考える。グリーグの、「ペールギュント」。ブラームスの、「大学祝典序曲」。プロコフィエフの、「交響曲第1番」。夜10時に家を出たら、表でユリに会った。ホテルまで来てくれて、一緒にテレビを観ながら酒を飲んで、俺が眠りにつくまで手を握ってくれた。日中は相変わらずで、夕方バーに行って、色々リクエストを考えてた割には、

「ショパンの子犬のワルツ。」

なんて言ってしまって、

「ピアニストは誰がいいですか?」

「じゃあ、アシュケナージ。」

すぐ終わっちゃうんで、俺は他の客のリクエストをずーっと聴いてて、今日はクラシック好きが多くて、いい演奏をする、新人の指揮者の名前なんかを色々教えてもらったり。バーテンダーが、

「先生、また家出ですか?」

「これが最後だから。」

「ほんとですか?」

「ほんとだって。」

「こないだのゴージャスな彼氏。」

「ピアノ教室のCMに出てて、小犬のワルツを弾いてる。」

「ふーん、だからそれが聴きたかったんだ。家出を止めても、ここには来てくださいね。」

「ええ、もちろん。」

家に10時までに帰りたかったから、丁度いいようにそこを出た。歩いて表通りを歩く。今朝チェックアウトしたホテルの前を通って、変な横道に曲がって商店街に着く。まだ時間があったので、コンビニで時間を潰す。ハーゲンダッツの大きいサイズのをお土産に買って、家に帰る。アイスクリームを食べながら、俺は、

「もう家出は終わりだから。」

ユリは、微笑みながらうなずく。クリスマスに指揮をしてから、妖精達も俺に友好的で、俺の頭上を輪になって飛んで、俺の帰りを歓迎してくれる。


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千本松由季

Author:千本松由季
東京都出身。カナダ在住。
男同士の恋愛を、様々なテーマで書いています。作品は長編を中心に50作以上。
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bridgetteyuki@hotmail.com
イラストも描いています。

©Yuki Sembommatsu 2017-2018