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『Part2バロックの空に天使が山のようにバタバタしてた頃の』

  14, 2018 12:48
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長編連載/あらすじ/光軌は維織と一緒に生活しているが、重いと思われたくなくてなかなか告白できない。

ある日、維織がマネージメントをしている画家の滋通が家を訪ねて来る。親し気なふたりを見ていられなくなって光軌は家を出る。ゲイバーで飲んでいると隣に木越という紳士が座って、連れが行かれなくなった、と言って光軌をモーツアルトのコンチェルトに誘う。

光軌は彼とコンサートホールへ。その後光軌の方から木越を誘い、ふたりは女装バーに行きそこで別れるが、木越は好きな人にちゃんと告白するように、と光軌にアドバイスをする。

光軌は肩まであった髪をバッサリ切る。なにがあったのかと心配した幼なじみのアネットが家に尋ねて来る。アネットはハーフでファッションモデルをしている。彼女も光軌に告白するようにと言う。

維織は彼女のことをバロック的な顔をしている、と大変気に入り、絵のモデルになってくれるよう頼む。

その夜、維織の妄想の中で、アネットは貴族のお姫様で光軌は家来の天使である。光軌は維織に木越の話しをして、また一緒にコンサートに行くと言うと維織はそれを気にするが、ますます自分の妄想に入り込んで行き、光軌が告白するチャンスは全然ない。




Part2バロックの空に天使が山のようにバタバタしてた頃の


いつも維織の帰りを待って、料理したりなんだリ。俺って妻みたい?妻っていい響き。でも待ってるとか、マジで夢中だとか、そんなこと知られたくない。初めて維織を見た時、アートビジネスのクラスを取ってよかったって思った。あんなイケメンだったら勉強にも熱が入る。どっち道、維織は俺の考えてることがさっぱり分からない。だけどそんなこと、ほんとかどうか分からない。重いと思われたくない。だから維織がいる時は、さり気なく絵を描いてる振りをする。でもそれはほんとに振りで、ずっと維織のことを気にしている。いない時も考えてるけど。とりあえずいない時は、せいぜい絵に集中しようと頑張る。グレーという色について。グレーは俺にとって透明な色で。だから紙の上に描くのはそもそも間違っている。しょうがないからまず、一面に白を塗る。そしたら多少透明さが出る、と思う。やってみないと分からない。しばらくしてインターフォンが鳴る。誰だろう?維織だったら勝手に入って来られるし。それにまだ帰って来るには早い時間。

「どちら様ですか?」

「滋通。」

「俺、ただの留守番なんで。」

「維織は今日来ること知ってるから。」

「でも。」

「じゃ、これから維織に電話させるようにするから。」

「分かりました。」

セキュリティーカメラを観た限りでは、相当のイケメン。バリっとスーツを着ている。俺のケータイが鳴る。維織から。

「その人、俺がマネージメントしてる画家だから、入れてやって。俺もすぐ帰るから。」


ドアを開けてあげると、その人が入って来て、いきなり、

「いい匂いがするな。」

さっきハヤシライス作ったから。その人は絵を何枚か抱えている。小さくも大きくもないサイズ。勝手にスタジオに入って、自分の絵を並べる。観たことのある作風。仏陀の絵。このスタジオにも何枚か置いてある。俺はあんまり好きじゃない。仏陀なんて部屋に飾るもんじゃない。仏教はキリスト教と違うんだから。

「俺、すごく腹減ってるんだよな。」

俺はどんな顔していいのか分からないから、どんな顔もしない。

「普通そこまで言ったら、どうぞ、って言うもんだぞ。」

偉そうだから返事はしない。

「君はなに?維織のアシスタントかなにか?」

「だたの留守番です。」

さっきそう言っちゃたから。それで通す。滋通が鍋に近付こうとするから、俺は鍋の前に立ちふさがって、

「これは維織のために作ったものだから。」

「ふーん。なるほどね。」

俺の顔をジロジロ見る。

3人分くらいあるだろ?」

そう言いながらもなぜか諦めて、スタジオに入って行く。俺は嫌味にあとからついて行く。ヤツは机の上を見て、俺の描いてた絵を手に取って、

「綺麗なグレーだな。俺にはこんな色出せないな。」

「まだ途中だから。」

「へえ、君の絵?」

滋通は俺の絵を窓の光に透かして観る。

「これ、どうやって描いたの?」

「どうやってもなにも、このチューブから直接出して。」

「へえ。それでこんな色が出るの?」

「はい。」

「他にないの?君の絵。」

俺はなんでそんなこと聞くんだろう、といぶかしく思いながらも、いくつか見せてやる。

「ふーん。チューブから直接ね。可能性は見える。」

「どういうことですか?」

「俺には君が大成した暁に描く絵が見える。」

「あ、そんなこと言って、俺のハヤシライスを狙ってるんでしょう?」

マジな調子でそう言って、言ったあとで、バカなこと言わなきゃよかったと思った。

「あれハヤシライスなの?」

「はい。」

「君はここで家事をやってるの?」

「強いて言えば、絵のモデルです。」

「俺もやってたことある。」

「そうなんですか?」

「もう、とうが立っちゃたから。維織、若い子しか使わないから。」

ソイツの魂胆は知らないけど、絵を褒めてもらったから、結局ハヤシライスを出してやった。ほんとはサラダも作ったんだけど、それは黙っていた。そんなこんなの内に、維織が帰って来た。


俺が維織にサラダを出すと、滋通が、

「あ、それ俺食ってない。」

俺は露骨にイヤそうな顔して、サラダを出してやる。

「維織、面白いな、この子。俺に嫉妬してる。」

この子呼ばわりされてムカつく。食べた後、みんなでスタジオに行って、滋通が持って来た絵を観る。

維織は一通り観て、

「これとこれはいいけど・・・」

5つの中から4つを選ぶ。滋通は、

「これが一番いけると思ったんだけどな。なんで?」

「色がマイナーだから、売るのに苦労しそう。」

「マイナーって?」

「濁った色。」

「日本風だと思ったんだけどな。」

「作意が見える。」

彼等はふたりでそんな感じで商談を続けて、俺は途中で自分の部屋に行った。嫉妬してる?そんなつもりじゃない。あの滋通という男になにか感じるだけ。昔、維織のモデルやってたなんて。PCで維織の絵を検索してみた。色々出てきたけど、どの絵が滋通なのか分からない。その中のモデルで一番たくさん出てる人がいて、なんだか丁度いいバロック調の顔をしてて、なんていうか、泣きそうな顔をしている。色んなウエブマガジンに維織のインタビューが載ってる。彼のマネージメントしてる画家の絵も載ってる。俺達が学校で観たヤツもある。仏陀の絵も出てきた。どうしてもこれは好きじゃない。


自分も晩ご飯を食べようと思ってキッチンに行く時、何気なくを装ってスタジオの中をのぞく。ふたりは座ってまだビジネスの話しをしてるみたいなんだけど、滋通の手が維織の太ももに乗っている。ますます怪しい。ああいうのって、身体のつながってる男同士しかやらない。それか過去つながってたか。俺はまた何気なくを装ってスタジオの中に入って行く。滋通の手が、あわてて維織の太ももから離れる。俺はもしかしたら、ただ画家がディーラーに甘えてる仕草かなって思ったりしたけど、そうじゃないことが分かる。スタジオの中に入って、なにかしき来た振りをしようかなって考えたけど、思い付かないから、バカみたいに回れ右してまた部屋の外に出た。色んなことを考えて頭がいっぱいになって、ほんとは見張りのために家にいたかったんだけど、もういいやって投げやりになって、ジャケットをつかんで表に出た。


全然当てはないんだけど、電車に乗って繁華街に出た。トレンディーな街。トレンディーなゲイバーがあって、俺は時々アネットと一緒に行った。周りの男達が俺達を見て、なにしに来たみたいな顔をするのが可笑しい。アネットは俺のソウルメイトだから、性別は関係ない。ひとりで来るのは初めて。ビールを頼んで、ひとりでカウンターに座った。アネットにラインしたら仕事中だった。ファッションモデルの仕事って意外と直前にならないと分からないらしい。無性に彼女と話しがしたい。そして彼女の綺麗な手を握ってそこにキスしたい。王女様と下僕みたいに。俺の隣に40代くらいの男が座る。大袈裟なタキシードを着込んでいる。チラって見た限りでは見てくれはいい。維織みたいな厚い胸をして。俺は無視してまたビールを頼むと、その男がバーテンダーに、

「今の俺のとこにつけてあげて。」

俺はさすがに彼の方を見て、お礼を言う。こういうことってあんまりないから、少しドキドキする。ソイツが、

「いきなりで悪いんだけど。」

って切り出して、俺はなにか言った方がいいような気がしたから、

「はい。」

「これからコンサートに行くんだけど、連れが行けなくなって。」

そういえばここからすぐの所に、大きなコンサートホールがある。

「君、一緒に行ってくれない?」

コンサートってなんの?って思ったけど、こんなタキシード着込んでいるとこ見ると、ロックじゃないよな、って考えて、ビール飲んでたのもあって、クスって笑ってしまう。

「なに?」

「あ、そんなカッコだから、ロックじゃないよな、って。」

正直に答える。彼も少し笑って、

「クラシック好き?」

「はい。」

「よかった。そんなような気はしたけど。」

「なんで分かるんですか?」

「雰囲気で。なんとなく。」

俺は初めて彼の目をちゃんと見てみる。どんな人なのか全然分からないけど、いい予感より悪い予感の方が大きい気がする。でも酔ってるからよく分からない。

「君はどんな曲が好きなの?」

俺はクラシックそこまで詳しくないけど、バロックだったら分かるなって思ったから、

「バロック。」

「珍しいな。君みたいに若い子が。」

「そうですか?」

「指長くて綺麗だけど、楽器やるの?」

彼はさり気なくカウンターの上に出てる俺の手に触れる。俺は恥ずかしいけど5cmくらい飛び上がって、それが恥ずかしかったのと、酔ってたのと、触られてムカついたので思わず、

「俺、全然商売人とかじゃないですよ。」

「ゴメン、ゴメン。」

って言いながら、俺に微笑んで、それが余裕の微笑みで、コイツ相当男を扱うの慣れてるな、って思う。彼はタキシードジャケットのポケットに入ってたチケットを見せながら、

「バロックじゃないけど近いでしょ?」

モーツアルトのピアノコンチェルト。ソリストの名前は書いてない。

「誰が弾くんですか?」

それは俺が聴いたことのない外国人。

「誰が弾くかによって行く行かないが決まるの?」

「まあ。」

「じゃあ、調べて。」

俺はケータイでその名前を調べてみる。女性。東ヨーロッパ出身。2年前のチャイコフスキーコンクールのファイナリスト。まだすごく若い。多分20代前半。

「すごく若いですね。」

「俺も全然知らないんだけど。どう?行ってくれる?」

俺はもったいぶったわけじゃないけど考えて、でもトラブルに巻き込まれたいような気分だったから、

「でも俺、こんなカッコで。」

「それはもう時間ないし、どうにもならないな。」

そう言って余裕で笑って。俺はジーンズで、おまけに穴の開いたデザインで、上はTシャツに薄手のブルゾン。背中にとんでもないタトゥーみたいな刺繍がしてある。一応トレンディーなんだけど、モーツアルトのコンチェルトには似合わないけど。


結局彼は俺の分まで全部払ってくれて、俺達は通りを歩き出す。それらしい服装をした人々が周りを歩いている。

「君、背が高いんだな。」

俺は突然シャイになって、彼の方を見ずに少しうつむく。あっちも余裕で俺の無口に付き合って、俺達は黙ったまま会場に入る。オーケストラはもう全員いて、会場は半分くらい席が埋まっている。俺達の席は前から56番目の中央。こういうのって一番高い席じゃないのかな?俺はさっき彼がチケットを見せてくれた時、彼が丁度値段の書いてある所を持って、俺に見せないようにしてたんだな、って気付く。ということは、この男は俺を変な意味で利用したいわけではないな、って少し安心する。もし下心があればワザと値段を見せると思う。分からない。あっちにはそんなつもりなくて、ただの偶然かも知れない。俺って考え過ぎるんだよな。チラって彼の方を見たら、

「ありがとう。一緒に来てくれて。ひとりじゃカッコつかないから。」

コンサートが始まる。ソリストはやっぱり若い。弾き始めて、彼女の手が緊張で震えているのが見える。ピアノの弾き方は一流なんだけど。きっとこんなホールでオーケストラとやるのに慣れてないんだな、って可哀相になる。余計なお世話だけど。


インターミッションになって、俺はなにを話していいのか分からなくて、結局黙って彼と一緒にバーに並んだ。

「なに飲む?」

「俺、ビールしか飲まなくて。」

そしたら彼はシャンパンをふたり分注文して、俺が細長いグラスを受け取って、しばらくボーっとしてたら、彼が自分のグラスを俺のにぶつけて乾杯してくれた。また席に座ったら妙に彼の存在が気になって、でも彼の方に目を落とすと、維織の太ももに置いてあった滋通の手を思い出した。酔ってるの?分からない。このままコンサートが終わって、もうこの人には一生会えないのかな?バカなことを考えてる。連れが来れなくなった、って言ってたじゃない。だから連れのいる人なんだ。色んなことを考えながら、モーツアルトには悪いけどあんまり集中できなくて。とうとう今夜の曲が全部終わって、俺達は少し群衆から遅れて、ゆっくり外に出た。さようならを言われるのが怖い。彼に興味があるのか?って自分に聞いてみても、よく分からない。胸板の厚い、タキシードを着こなした、年上の男。体型は維織に近い。やっぱりこの人は俺の好みなの?気持ちが焦る。きっとすぐに彼は俺にさようならを言って、そしてもう一生会えない。あっちが言う前になにか言わないと。

「あの。」

「うん?」

「もう少し一緒にいてもらっていいですか?」

彼はチラッと驚いた表情をして、それから微笑んで。ふたりでタクシーに乗って、知らない場所で降りた。


細長いビルの地下。小さな木のドアに「会員制」って書いてある。小さなバー。バーの中にドレスを着た人がいて、でも一見して男性だなって分かる。上手にメイクをしている。もともとイケメンだなって思う。

「木越さん。なかなかいらしてくれないから。」

静かにそれだけ言って。俺達はまたカウンターに座って。

「こんな素敵なお若い方がいらっしゃるんじゃ。」

どういう意味か分からない。木越さんって呼ばれた彼が、

「さっきナンパしたばっかりだから。」

って俺にウインクする。ほんとなんだけど、バーテンダーさんは本気にしていない。俺は、

「若いって、俺、2浪してるから、いい年ですよ。」

「大学でなに勉強なさってるの?」

2浪して美大全部落ちたから、今、美術の専門学校。」

「絵描きさん?」

「上手くいけば。」

その店は男性同士の客もいるけど、男女のカップルもいる。なんで会員制なんだろう?こんな所に来たことがないから。さっき、もう少し一緒にいてくれなんて、女の子みたいなこと言っちゃって、彼はどう思っているんだろう?俺のポケットのケータイが震えてる。維織からメッセージ。

「光軌。どこにいるの?」

「分かりません。」

「また?側に踏切はないの?」

「ないです。」

「何時帰って来るの?」

「分かりません。」

そう打ってケータイをポケットにしまった。木越さんは、

「家で待ってる人がいるんじゃないの?」

俺はなんて言っていいか分からないから、なにも言わない。自分こそ誰か家にいる癖にって思ったけど、言わなかった。手っ取り早く酔ってしまおうかと思ったけど、俺はそんなに酒に強くない。焦燥感で身体がモゾモゾ動いて、さっきのピアニストのことを思い出す。手が震えて。自分の手を見る。両手を裏表。震えてはいない。木越さんが俺の片方の手を捕まえる。俺は彼の身体全体を意識する。彼は俺の手を離さない。バーテンダーさんが来て、

「今日ナンパしたにしてはお熱いわね。」

木越さんは、

「いいだろう?手を握るくらい。」

俺はそれを聞いて、可愛い女の子みたいに下を向く。だからやっぱりそれは止めて、彼の顔を見る。なんだか知らないけど、社会的に成功した人なんだな、って思う。維織もこんな風に自信に満ちた顔をしている。俺はどれだけ維織と一緒に住んでる?なのに一度もこんな風に愛おしそうに俺の手なんて握ってくれない。いつも他の人の方を向いてる。俺はたまらなくなって彼の胸に顔を埋める。糊のきいたタキシードシャツ。どこだか知らないけど、懐かしいような海とオレンジ色のランドスケープが見える。後ろからバーテンダーさんの、

「おやおや。」

という声が聞える。なんだか知らないけど、俺ってなんで今夜はこう女の子なんだろう?木越さんは、しがみついてる俺の腕を外して、俺は恥ずかしくて彼の顔を見られなくて、そしたら彼は俺の長い髪を邪魔そうにどけて、キスしてくれる。それが終わった時、俺は無意識に自分の唇を触って、そしてまた今のも女の子の仕草だよな、って思ってクスクス笑ってしまう。不思議そうに微笑む彼に、

「俺っていつもはこうじゃないのに。」

「じゃあいつもはどうなの?」

「こんな女の子みたいじゃない。」

俺はまた笑ってしまって、彼はボウタイを取って、ボタンもいくつか外して、それを見てセクシーだな、って思って、

「今夜はずっと一緒にいてください。」

「君は誰か他のヤツのこと考えてるんだろ?」

「そんなことはないです。」

「俺は他の男のこと考えてるヤツを抱くような趣味はない。」

俺は少しすねた顔をしてみる。彼は、

「どんな男?」

「なにもしてくれない男。」

「今みたいに胸に飛び込めばいいじゃない。さっきの悪くなかった。」

俺はマジで笑って、

「分かりました。やってみます。」


家に帰ると、まだスタジオの明かりがついている。俺は開いているドアをノックして、部屋の中に入る。維織がキャンバスに向かっている。バロックの空に天使がバタバタ飛んでる。山のように。

「俺のモデルがどっかに行ってしまったから、天使ばっかり増えていく。」

俺は着ていた服を脱いで、椅子に座って、ポーズをとる。

「いいの?こんな夜中に。」

俺は黙ってうなずく。維織の周りではいつものように時間が止まっている。俺も絵の中の人物になりきって動きを止める。男を誘うような顔。維織の好きな。1時間くらい経って、やっと彼が時計を見て、俺は絵の中から抜け出て。でも、胸に飛び込めって言われても困るな。きっかけがない。維織は色を塗り始める。夜中に俺達なにやってるんだろう?流れてるバロック音楽を聴きながら、今夜のモーツアルトのことを思い出す。あの人にまた会えるのだろうか?連絡先は教えてくれた。


学校の帰り、俺はふと思いついてあることをした。家に帰って、俺を見て、維織が言葉を失う。俺は、

「短くても可愛いかも、っていつか言ってたでしょう?」

「そこまで短くしろとは言ってない。」

「でも可愛いでしょう?」

「可愛いけど、絵が途中なのに。」

「写真撮ってたでしょう?」

「写真でよければモデルはいらない。」

もっと喜んでくれると思ってた。高校を出てから伸ばし始めた俺の髪。もう大分経つから気分転換に丁度いいんだけど。維織が俺に近付いて、俺の肩についている髪を払ってくれる。俺はチャンスだなって思うけど、どうしても上手くいかない。気後れする。胸に飛び込めなんて。そんなことしてどうなるの?維織は俺のこと、絵の中の人物だとしか思ってない。彼は俺の顔を正面から見詰めて、

「まあ、短いのもいいかも。早く次のを描き始めよう。」

彼は嬉しそうに口笛を吹く。なんだか知らないけど、いつもかかってるバロックの曲。こないだはどうしてできたんだろう?酔った勢い?そうかもしれない。知らない人だったから?分からない。


俺はスタジオを出て、リビングの一角にある維織のバーに行って、どれにしようか考えて、ウォッカをストレートであおる。こないだ教えてもらったアドレスにメッセージを送る。木越さん。

「こないだ胸に飛び込めって言われたけど、上手くいきません。」

「あの時はできたじゃない?」

「なんでできたのか分かりません。」

「今度ヴィヴァルディあるけど、一緒に行かない?」

「いいんですか?」

「再来週の金曜日。」

「いつも一緒に行ってる方は?」

「彼はモダンが好きだから。」

「モダンって?」

「プロコフィエフとかショスタコーヴィチとか。」

「俺はどっちも知らない。」

「いいよ、知らなくて。」

「今、ウォッカを盗み飲みしてる。」

「頑張って。」

頑張ってと言われても。身体は熱くなってきたけど、頭は余計冴えてくる。でも飲んでるうちにそれが逆になって、身体は冷えてきたけど、眠くなって、俺は自分の部屋で寝てしまう。全然飲んだ意味がない。


起きたらもう夜で、しょうがないから起きて、バスルームに入って鏡を見たら、誰だか知らない人が映ってて、ちょっとドキってしたら、それは髪の短くなった俺だった。それを写真に撮って、アネットに送った。すぐビックリしたのとか、怒ったのとか色んなスタンプが並んで来た。今さら言っても遅いよ。背中に髪の毛が入っててチクチクして、俺はそのままシャワーを浴びる。浴び終わったらアネットから電話がかかってくる。

Why didn't you tell me!

「英語使うなって言ってんだろ?」

「なんで言わなかったのよ!」

「なんでもかんでもお前に言う必要ないだろ?」

「どうして切ったの?」

「なんにでも理由があるとは限らない。」

「私、心配してんの。」

「心配することはない。」

「ほんとに?」

「うん。」

「これからそっちに行く。」

「来なくていい。」

「住所を教えて。」


何度か迷ったっていう電話がきて、しょうがないから近くのコンビニまで迎えに行った。アネットは俺の顔を見て、

Oh, I can't believe it! (え、信じらんない!)」

「英語使うなって言ってんだろ。」

いつも彼女と会ってる間中、俺が繰り返す言葉。彼女らしい派手な超ミニドレス。盗撮してくれと言わんばかりの。ついでにコンビニで食べるものを買うことにする。そこにいる客がみんな彼女の方を見る。売れっ子のファッションモデル。肌は陶器で、顔はお人形。アネットはなんだか知らないけど、ウーロン茶とかコーヒーゼリーとかそんなのばかり選んでる。

「お前、ちゃんと食ってんのか?」

「食ってる、食ってる。」

ふたりで通りを歩いて、風にあおられるドレスに俺はハラハラする。

「お前、またマネージャーに太るなとか言われてんだろ?」

彼女は黙っている。

「お前、そんな服しか持ってないのか?」

「だって短い方が可愛いんだもん。」

コイツになに言っても、コイツはコイツの思うようにするから。家に着いて、ふたりでさっき買って来た物を食べる。俺はコンビニ弁当とポテトサラダ。アネットに少し分けてやる。彼女はイヤそうにしながら食べる。きっと俺に逆らうと面倒だと思ってる。彼女に俺の絵を見せようと思ってスタジオに行くと、いないと思ってた維織がいる。彼はアネットを見ると立ち上がって、彼女に近付いて、色んな角度から彼女の顔をジロジロ見て、

「君はとてもバロックな顔をしている。」

意味不明の言葉。

「ちょっとふたりでそこに座ってくれないか?」

維織は俺達ふたりにポーズをとらせる。彼女は正面で、俺は斜め横。

I don't want to do it.(こんなのやりたくない。)」

Then, can I just take your picture?(じゃあ、写真だけ撮らせて。)」

OK.(分かった。)」

イヤそうなアネットに俺が、

「家賃の代わりだから。」

それから維織に、

「コイツ我儘で。」

「君のソウルメイト。」


PCに映し出された写真をみんなで観る。バックに渋い柄のタペストリー。確かに俺達って絵になる。アネットは、

「ふーん。」

って言ったきりで、スタジオを歩き回って、そこらにある絵を観始める。俺がモデルになってる絵を見付ける。ヤツは無礼にもクスクス笑う。

You are so cute.(可愛い。)」

「英語使うなって言ってんだろ。」

そしたら維織が、

Do you think you can come here again for me?(君、また俺のためにここに来てくれないかな?)」

I have to ask my agent.(私のエージェントに聞いてみないと。)」

That's OK. I'll do it.(大丈夫。それは俺がやるから。)」

俺はアネットの頭を小突いて、

「家賃の代わりだって言ってんだろ。」

「だってー。」


ふたりでリビングに行って俺がソファに横になると、すぐにアネットが俺の腰に腕を回して、身体を重ねてくる。

「お前なんで彼にそう失礼なんだ?」

「だって。」

「だってなに?」

「光軌があんなに好きなのに知らん顔してる男なんて。」

「えっ!俺そんなこと言ってないじゃん。」

「分かるもん。」

維織がリビングに入って来て、俺達を見てなにもしないで出て行って、そしてまた入って来て、今度は用を考えてきたみたいで、自分のバーからウォッカのボトルを出してくる。

「あれっ?なんか減ってる。」

「あ、少しいただきました。」

「そう。いいけど別に。」

アネットが俺達が子供の頃からやってたみたいに、俺の口にキスをする。大きな音を立てて。


しばらくして俺達は家を出て、俺は彼女が近くに置いて来た車まで送ってやる。家に帰って来ると維織が来て、

「ほんとに幼なじみとあんなキスするんだな。」

「外人だから。」

「だからって。」

少し酔ってる?まだ飲み始めたばかりなのに?俺も冷蔵庫から俺のビールを出してくる。

「でも彼女、いい顔してる。素晴らしい。」

「そんなに?」

「バロックな顔をしている。」

「それどういう意味?」

「よくあるだろう?宗教画や肖像画に。」

「いつも見てる顔だから。」

維織は色々それについて話しを初めて、俺はさっきアネットが言ってたことを考える。俺がいつあんなこと言った?言ったことなんてない。でも分かっちゃうんだな。維織はアーティストモードから、ちょっとずつ変わっていく。前にもあったことだけど。維織にはアートディーラーモードと、アーティストモードがあって、それぞれ全然人格が違う。新しいこれはなにモード?バロックモード。なんでもいいけど。変な世界に入って行く彼を俺は眺める。


「彼女は昔、とても位の高い貴族で、誰からも尊敬されてた。だけど本当の彼女はまだ内心幼くて、とても我儘で、召使達をいつもハラハラさせていた。」

「それって、維織の妄想?」

「ほんとの話し。」

「へえ。」

「お目付け役の天使がいて、いつも彼女を諫めていた。」

「それって俺のこと?」

「そう。背中に大きな翼をつけて。」

「さっきの写真。俺は天使なの?」

「そう。彼女は時々戯れに天使にキスをする。」

いくつ目かのビールを開けて、なんとなく俺もその妄想に耳を傾ける。

「彼女はもう子供じゃないのに、子供の頃したみたいに、暗がりに隠れて。天使は慌てて彼女のことを捜して名を呼ぶ。なんていう名前だっけ?」

「アネット。アイツは太りたくないからって全然食べないで。俺はいつも心配で。」

「そうだろう?我儘で言うことを聞かない。」

「でもアイツもいつも俺の心配をしてる。」

「なに?なにを?」

「俺があんなに好きなのに、知らん顔をしてる男がいるって。」

「そうなの?」

「そう。だから俺が急に髪を切ったもんだから、心配して来てくれた。」

「そういえば、なんで急に髪を切ったの?」

「さあ。知らん顔してる男が前に、切ったら可愛いって言ってたの思い出して。」

「ふーん。」

「そうだ。今度ヴィヴァルディに誘われてて。」

「なにそれ?」

「コンサート。こないだはモーツアルトのコンチェルトだった。1番いい席で。その人はタキシードを着てた。」

「誰?」

「バーで会った人。」

「知らない人?」

「そう。もう知らない人じゃないけど。俺、なに着てけばいいんだろう?ちょっと聞いてみる。」


維織はなぜかソファの俺の隣に移動して来て、俺のケータイをのぞき込む。

「ええと、なんて書こうかな?」

彼は俺の身体に触れるくらい近付いてくる。

「お誘いありがとうございます。でも俺はなに着て行けばいいんでしょう?」

そしたらすぐ返事が来て、

「きちんとしたカッコだったらいいよ。」

「スーツにネクタイですか?」

「もしあればね。」

「分かりました。楽しみにしています。」

そしたら維織が、

「なに者?」

「知りません。」

「なんで聞かなかったの?」

「その方がロマンティックだと思って。」

「そういう関係なの?」

「ちょっとだけ。」

維織はしばらく口の中で、俺のちょっとだけの意味を考えてて、

「ヴィヴァルディはいつなの?」

「えっと、再来週の金曜日。」

「スーツ着てくの?」

「カジュアルなのしか持ってないけど。」

「どんなの?」

「え、見たいの?なんで?」

「なんとなく。ビジュアルがあった方が想像しやすい。」

「なんで想像したいの?」

「君が他の男といるところを。」

「だから、なんで?」

「なんでだろう?」

「俺に聞いても分かりませんよ。」

「君が髪を切って、急に別人みたいになっちゃったから。」

「まだ答えになってませんよ。」

埒が明かないから、俺は自分の部屋からスーツとシャツとネクタイまで持って来て見せてあげる。

「いいネクタイじゃない?」

「成人式の時買ってもらったんです。」

「スーツは?」

「それはアネットの知り合いに安く譲ってもらった。いざという時の場合に備えて。」

「じゃあ、そのヴィヴァルディが、いざという時なんだ。」

「ビジュアルが知りたいんだったら、その人は木越さんと言って、年は40ちょい位で、体型はなんとなく維織に似てます。」

「ふーん。君はそんなに年上が好きなの?」

「好きになったら関係ないです。」

「そうだよな。俺もいつもずっと年上が好きだった。」

意外な方向に話しが向いていく。彼がひとりで喋ってるので、俺は黙って聞いている。

「ずっと年上が好きで、でもあのモデルに会って、それで変わった。彼に出会って肖像画を描くようになって。前から天使は描いてたんだけど。生きているモデルがいると全然違う。さっきの子に写真じゃなくてちゃんとモデルになってもらうには、大分お金を払わないといけないんだろうか?」

俺は返事をした方がいいのかどうか分からなくて黙っていたら、

「どうやってギャラを決めたらいいのかな?」

本気なんだな、って少し驚く。

「え、知りませんけど、プライベートでやることはエージェント通さなくってもいいと思いますよ。」

「じゃあ彼女に聞いてみて。」

「聞いときます。」

「聞いて、今。」

「もう遅いから。」

「さっきの人は起きてたじゃない。」

バロックモードの維織は聞き分けがない。俺はアネットにラインしてみる。維織はまた俺のケータイをのぞき込む。

「維織がお前のこと気に入って、ギャラ払うって。」

意外にもすぐ返事が来る。

「やだ。」

「お前のエージェンシー通さなくっていいんだよな。プライベートだから。それに絵のモデルだし。」

「でもやだ。」

「なんで?」

「さっき言ったでしょう?」

「なんだっけ?」

「光軌があんなに好きなのに知らん顔して。」

プンプン怒ってる変なウサギのスタンプ。維織が、

「なに怒ってんの?」

「だから、俺があんなに好きなのに知らん顔してるからって。」

維織は酔った頭でブツブツ言いながら考えてる。俺はバロックモードの彼はなんか幼くて理解が遅いな、って思う。どんな顔して考えてるんだろうと思って顔を見ると、あっちも俺の方を見ていて、

「誰のこと言ってるの?」

「言わないと分かりませんか?」

俺はアネットにまたラインして、

「維織がお前が誰のこと言ってるのか分かんないって。」

「知らない。自分で言って。」

そしてまたあの変なウサギがベッドに寝ているスタンプ。

「アネット寝ちゃった。」


維織は立ち上がってキッチンの方に行って、冷蔵庫を開けて閉める音がする。多分意味もなくそうやってる。そしてスタジオに入って行く。俺はビールを持ってあとについて行く。彼はデスクの上のPCでさっきの写真を観ている。そして、口の中でブツブツ言い始める。これもバロックモードの彼の特徴だなって思う。維織は、

「バロックのお姫様。もう寝ちゃったのか。」

って言いながらスクリーンのアネットの頭に触って、

「お休み。お姫様。」

「維織、ほんとにアネットのこと気に入ったんですね。」

「うん。」

て言って、俺の胸に顔を埋める。俺は、あれっ、これって俺のはずじゃ?って焦る。まあ、俺の方が背が高いから。俺は天使になったつもりで彼の身体を優しく抱いてあげる。

「アネットのことは俺がなんとかしてあげるから。」

「ほんと?」

「アイツは単純だから。」

「どうするの?」

「アイツの気に入るようにすればいいんだから。」

「さっきなんであのウサギが怒ってたの?」

ウサギ?ああ、あれか。変なスタンプ。アネットがよく使ってる。

「だから俺の好きな人が俺の方を向いてくれれば。」

彼がボーっとしてるんで、俺は彼の身体を離れて、スタジオを見回して、

「そうだ。さっき言ってたモデル、この1番多く使ってる人ですよね。誰なんですか?」

「暁登。」

「その人、どこでなにしてるんですか?」

「分からない。」

「ほんとに分かんないんですか?こんなに絵がたくさんあるのに。」

「彼には絵の中で会えるから。ローマまで一緒に旅行して、そこで別れて、それっきり。」

「そんなことあるんですね。」

「俺はその後ヴェネツィアに行って、彼は北欧に行くって言ってた。彼は天使だから。どこにでも好きな所へ行ける。」


彼はPCを消して、スタジオの電気を消して、俺の手を引いて自分のベッドルームに行く。あの大きな窓が天井から床まである。あのベッドに一緒に寝た日、維織はまだ俺の学校の先生だった。維織はサッサと服を脱いでベッドに入って、俺に向かって、

「ここに一緒にいて。」

俺も服を脱いでゴソゴソベッドに潜り込んで、そしたら彼は俺の身体を大きなテディベアみたいに抱いて、スヤスヤ寝てしまう。俺は考える。俺ってどのモードの維織が好きなんだろう?そりゃ、アートディーラーモードの時はカッコいいよな。世界の美術商やコレクターに日本の画家を売り込んでる。アーティストモードの彼には時がない。時が止まっている。だからモデルをやるのは大変。俺のことは絵の中の人物で、本物の人間だと思ってない。じゃあ今のバロックモードの彼は?俺はまだ慣れてないから、なにを考えてるのかよく分からない。空想と妄想の中で生きてる。俺は彼の静かな寝息をしばらく聞いて、彼の手が緩んだ時にベッドを抜け出して、さっき脱いだ服を持って部屋を出た。明日の朝、起きたらまたアートディーラーモードになって、俺がなんで彼のベッドにいるのか不思議に思うだろう。

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