『Part3男同士の愛が自然だったずっとずっと昔のカラヴァッジョの』 - エッチでハッピー!!✩★✩ゲイ要素の高いオリジナル小説✩★✩
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『Part3男同士の愛が自然だったずっとずっと昔のカラヴァッジョの』

このお話しはPart3まであります。

Part1:http://13hiroshi.blog.fc2.com/blog-entry-244.html

Part2:http://13hiroshi.blog.fc2.com/blog-entry-246.html

Part3:http://13hiroshi.blog.fc2.com/blog-entry-247.html



長編/あらすじ/剣はカナディアンロッキーに行って、自分の父親のようなファーストネイションズの人に会ってみたいと思う。ファーストネイションズはカナダのインディアンの公式な呼び方である。

彼は来年の夏に開催される、カルガリーの「スタンピード」という祭りに興味を持つ。それはカナダ西部の文化を展示するお祭りで、本物のカウボーイがたくさん来て、ロディオなども見られる。

剣はそこでファーストネイションズの人達の展示やダンスなどが行われることを知り、どうしてもそこに行きたいと思う。

健直(たけなお)の40才の誕生日。ふたりだけのパーティーをして、剣は、年は離れているけど、こんなにいい人と一緒にいられる幸福を感じる。

剣がブティックで仕事をしていると、モデルにスカウトされる。そしていきなりButtsというジーンズメーカーでモデルをやることが決まる。Buttsの社長は来年のスタンピードに一緒に行って広告の撮影をしたいと申し出る。旅行の予算が足りない剣は大喜び。

剣は自分の祖父母の経営するファームのウエブサイトを捜し出す。そして叔父と連絡が取れる。

7月、一行はついにカナダの土地を踏む。剣は彼の祖父母に再会し、健直と一緒にファームに泊る。次の日、スタンピードで撮影。剣は念願のファーストネイションズの人達に会うことができた。その次の朝、剣は祖父母と叔父に父親の話しを聞く。父は剣が小さい時自殺していた。

傷心の剣だが、偉大なロッキー山脈に慰められ、さらに自分の将来に希望を持っていく。




Part3男同士の愛が自然だったずっとずっと昔のカラヴァッジョの


71

カナダに行きたいって言った時、健直は少し驚いていた。まさか海外旅行に行きたがるとは思ってなかったみたい。

「それじゃあ、しっかり予定を立てないと。どこに行ってなにをするのか。」

「それは決めてある。」

「なに?」

「俺はカナダのネイティブインディアンの人達に会ってみたい。」

あ、でも俺、英語全然なんだよな。母ちゃんはカナダ生まれであっちで育ったから、当然英語喋れるけど、仕事忙しいし、俺に英語を教えようという熱意に欠けてたみたい。

「君のお父さんがネイティブインディアンなんだよね?」

「どのくらい混じってるかは知りません。母ちゃんもよく知らないらしいし。」

「お母さん、君のこと産んでおいて、父親のことは知らないんだ。」

「母ちゃんのことだから、ちょっと知り合ってヤっちゃって、逃げられたくらいの感じですよ。きっと。」

よく知らないけど。母ちゃんは俺を妊娠中に日本に来た。理由はよく知らない。経済的な理由?日本の方が景気よかったとか?俺ってほんとになんにも知らない。だから自分からカナダに行って見付けたい。俺のルーツを。カッコいいな、こう言うと。実はそこまで壮大な希望を胸に秘めているわけではないけど。海外旅行行ったことないからいいかなって。

72

健直と俺の予定を考えて、あと予算の問題もあって、でも来年の夏には行けるってことが分かった。今9月だからまだまだ先の話し。目的のひとつは、俺の祖父母、母ちゃんの両親に会うこと。俺が幼稚園の時に日本に来て、俺もその時のことは少し覚えている。彼等はカナダ西部のロッキー山脈の側でファームをやってるらしい。その近くのカルガリーという都市で、「スタンピード」というカウボーイの有名な祭りがある。そこにネイティブインディアンの人達も来て、踊りとかを披露して、伝統工芸品なんかの展示もあるらしい。あと、独特なテント?みたいなの。あれカッコいいよな。踊りもカッコいいけど。動画は観たことあるけど、本物が観たい。できれば話もしてみたい。そういえば、俺の大学教授は英語話せるのかな?早く聞いてみようと思って、風呂に入っているところをお邪魔した。

風呂場をノックすると、彼が、

「なんだ?」

って不思議そうに。丁度お湯に浸かっているところ。この家は古風な昭和の造りなんだけど、数年前バスルームを改装して、ややその面影がなくなってる。

「健直って英語できるの?」

「そんなこと聞きに来たの?まあね。俺はローマに留学してたから。」

「ふーん。」

73

それで引き下がったんだけど、ローマってどう考えても英語じゃないよな。イタリアなんだからイタリア語だよな。健直がお風呂から出て来た。俺は気合を入れてマッサージなどをしてあげる。

「教授。」

俺はそう呼ぶのが好きだから、時々そう呼んじゃう。

「教授、ローマは英語じゃないですよ。」

「そうだっけ?」

人をおちょくっている。ほんとに英語喋れんのかな?俺、ネイティブの人達と話がしたい。あと何カ月あるのかな?俺の頭で英語を勉強しても絶対間に合わない。

「大学で英語勉強したから。」

そうだよな。教授の頭なら、英語くらい喋れるよな。よかった。畳の部屋にお布団敷いてマッサージ。段々変な所にも手が届く。教授の手も俺の方に伸びて来る。健直こないだ40になったんだよな。まだお祝いしてないけど。俺って年上好きだから。丁度いい感じ。先に死なれるかもって考えると寂しいけど、そんなの分かんないし。今から言ってもしょうがないし。

74

健直の手が俺の局部に触っている。

「ほんとに剣のって大きいよね。」

「日本人じゃないから。」

「だからなの?」

「そうかも知れない。知らないけど。」

「大分慣れたけど。」

俺、今日は休みだったからお風呂先に入っちゃった。そしたら意外と彼が早く帰って来て、なんだ、一緒にお風呂入ればよかった、って思ったんだ。風呂入ってせっかく着たばっかの服を脱がされる。俺のってそんなにでかいかな?でも歴代の男達も言ってたよな。大変だって。ヤりがいがあるって言ってた男もいたよな。今だって俺の男の口にちゃんと入らない。ちゃんと入らないって説明難しいんだけど、入って欲しい部分まで入らない。別にいいんだけどさ。そんなこと。気持ちよければ。だけど考え始めると暗くなる。なんで?なんか世の無常を感じる。それって時々感じるんだけどさ。どうでもいい時に。健直は怖がって俺のを中に入れさせてくれない。でもそこまででかいとは思えないんだけどな?俺は彼が入れてくれるのは好きなんだけど。確かに今までのヤツにもそういうのいたな。逆に大きいのを入れてもらいたがるヤツもいたな。これからどうにかして健直を説得して、入れさせてもらうようにする。それが当面の目標だな。とかそんなことを考えているうちに、彼にイかされてしまった。彼のはマッサージの延長で俺がヤってあげた。でもどうやって説得するの?分からない。いきなり襲う?

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健直が言ってたけど、職場ではサプライズパーティーがあったんだって。40才だからね。特別。俺とは予定が合わなくてまだなんにもしてない。俺としては家で料理して、ケーキ食べて、そういうふたりだけのがしたい。なに作ろうかな?グラタン?あれは俺の好物か。健直が好きなのは、お刺身、ステーキ、あとイタリアンだったらなんでも好き。でもローマに留学してた人に作るのは、勇気がいるな。なに作ろう?豪勢にステーキかな?焼くの難しいんだよな。でも挑戦しようかな?どうしよう、どうしよう?

「健直!誕生日の料理なにがいい?って誕生日3日前だけど。」

「なんでもいいよ。」

「そういうと思ったけど。やっと今週休みが合うから、ゆっくりまったりしよう。」

「いいね。」

俺達ってほんとにラブラブ。ケンカなんてしたことないもんな。出会ってすぐの時はしたよな。そして健直は黙って田辺のオフィスまでついて来て、それが初エッチだもんな。あれ以来そんなのないし、でも、もう少しでケンカっていうのはあったよな。大抵ケンカになる前に俺が泣いて、回避できる。俺ってこんなでかいなりして涙腺は弱い。俺、でもいくらなんでもケーキは作れないな。それは買って来ないと。どこで?この辺高い店が多いんだよな。六本木だもんな。その代わり美味しい店がたくさんある。男ふたりだからそんなにでっかいのいらないし。でも40だから特別だよな。なんだかそういう決めること多い時って、俺、集中力ないから、全然関係ないことばっか考えちゃって全く埒が明かない。今、この家に住んでる光る鉱物が、笑いながら中庭の方へ抜けて行った。人が真剣に考えてるのに、笑うのは失礼だ。

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ふたりでゆっくりまったり誕生日のお祝いをした。結局俺は頑張ってステーキを焼いた。健直に聞いたらミディアムレアがいいって言うし、それって難しいし。なんとかそれに近い焼き加減になって、俺達は赤ワインで乾杯。自分で買わないで、ちょっとズルいんだけど、健直の買い置きのボトルを開けた。その代わり俺はビールを買って来た。健直と初めて会った日、バーで飲んだビールのことが忘れられなくて、酒屋で聞いて、そしたら意外とすんなり分かった。外国ので、ちょっと濁っててフルーティーなビール。少し高かったけど、特別なお祝いだから。ステーキの付け合わせはミニキャロットとマッシュポテト。ケーキも結局そこらで買って来たけど、六本木でどの店が人気かしっかり調べてから行った。そしたら当然レジで人が並んでて、俺、並ぶの嫌いだから、2番目に人気の所に行った。ちゃんとホールで買ったけど、名前とか入れてもらうのは恥ずかしいから止めた。なんで恥ずかしいの?その辺は微妙な男心。ただでさえピンクと白のとんでもなくデコレーションしてあるヤツだから、なんかその上名前とか入れちゃうと一気に恥ずかしい。

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食事が終わってデザートになる。俺の選んだバカみたいに可愛いケーキ。考えてみれば、もっとクールなデザインもあったのになぜかこれを選んでしまって、それで恥ずかしがってんのも変だよな。俺はキャンドル4本に火をつけて、教授がそれを吹き消して、俺達メチャロマンティックなキス。わー、素敵。男がいるっていいな。しかもこんな渋い大学教授。これも俺が日々ナイスに生きてきたからかな?関係ないか。運の問題?俺が母ちゃんに叩き出されなかったら、健直にも会えなかった。

「健直。俺、運がよかった。あんなこんなで健直に会えて。」

「そうだな。俺も君のような人に会えてよかった。」

「ずっと寂しかったって言ってたよね。」

「うん。もう寂しくない。」

そして俺達またいやらしくキスをして、それはホイップクリームの味がした。

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ブティックの仕事は大分慣れた。しかし人使いの荒い店で、特に男性は全然関係ないのにレディースの荷物まで運ばされる。俺なんてでかいだけで力ないのに。シフトは大分決まってきて、朝3日、そのあと夜3日で、週末は土曜か日曜のうち1日入ることになっている。荷物が入って来る日は、相変わらず夜中まで値段付けやらをやっている。時々本部からディスプレイデザイナーが来て、マネキンに着せたり、壁にアクセサリーを飾ったりしてる。それ見てると、自分もそんなことやってみたいと思う。それやってる人見てると、どう考えてもそんなに専門の勉強したと思えないし、どっちかというと適当だし、そのうちあれになるためにはどうすればいいか、誰かに聞いてみる。まあそれができないからといって、どうなるもんでもないけど。見てるとカッコいい。コーディネートも上手だし。俺が雑誌のモデルやってた時、スタイリストさんから学ぶことたくさんあって、楽しかった。だから今でもどうやって服着るのか知ってるし。

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そういえば、まだ健直には言ってないけど、こないだ店で、モデルやんない?って超軽く言われて、おまけに後ろからいきなり言われたから、ビックリして振り向いたら、ちょっと田辺みたいなふざけた感じの男だった。

「すいません。今仕事中で。」

「名刺お渡ししますんで、よろしかったら連絡ください。」

ふざけた調子だったけど、一応丁寧ではあった。休み時間に調べたら、すごくちゃんとした会社みたいで、俺の美しさは、あの雑誌のモデルをやってた16才までで終わってると思ってたからビックリした。16才の時、俺は普通にハーフ顔で、今みたいに日本人ではないけど何人なのか見当付かないみたいな顔ではなかった。あのあとずっと髪を伸ばしてて、その時はインディアンっぽく見えた。俺は知らないけど、人にそう言われた。そのあと、髪切っちゃって、また何人か分からなくなった。俺みたいなのにモデルなんてできんのかな?幸いなことに、この店で肉体労働を始めてから、前よりは見てくれが締まってきた。小遣い稼ぎって割り切って、気楽にやってみようかな?でもどんな仕事が来るのか見当もつかない。健直は俺の顔はワイルドだって言ってた。ワイルドね。ワイルドな仕事ってなに?でもカナダに行きたいって言っちゃった割にはあんまりお金貯まらない。ここんとこちょっと店の服買い過ぎたし。安くなるからといって、それはよくない。忙しくて洗濯してる暇ないから服を買う。それもあんまりいい言い訳ではない。7月に行くんだよな。もうチケット買った方がいいのかな?いくらなんでも早いよな。でもそのくらいは貯まってる。俺の給料から貯めて旅行に行く約束だから。そのために俺は家賃も食費も払ってない。

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今、10月で、仕事の休み時間に色々頭を使って計算してみたけど、やっぱり7月に旅行に行くのは無理っぽい。海外旅行どころか、修学旅行くらいしか行ったことないし。それか都内から電車賃払えるくらいの距離。雑誌のモデルの時は海のロケとか行ったな。そうだ、結構楽しかった、モデルって。やっぱりあの名刺の所に連絡した方がいいかな?先に健直に聞いた方がいいかな?もし聞かなかったらどうなるか、そして聞いたらどうなるか、それを考えてみることにした。俺、集中力ないから、それを紙に書いて、順番に考えてみる。もし聞かなかったら?なんとなくあのチャラい男の言うこと信用できないんだな。俺みたいなのにほんとに仕事来るのかな?ブティックの仕事だってあるから、それも考えないと。なんだっけ?もし健直に言わなかったら?それで仕事来なかったら別にどうってことないよな?モデルの会社に入ったからって、仕事もらえるとは限らないんだから。俺って経験者だからそういうのは知ってる。もしも仕事来たら、その時こそ言ってみる?じゃあもし健直に言ってから連絡するというパターンは?やるなって止められる?なんで?それはないよな。彼は俺のやりたいようにやらせてくれる。セックスは別として。健直は相変わらず俺に入れさせてくれない。ちょっとずつ、って言ってもやだって。つまんない。でも確かになんでもかんでも健直に相談しなくてもいいよな。でも俺がいきなりモデルなんてやったら、ビックリするよな。勝手にやって、って思うかな。

81

家に帰って結局、健直に言った。夕食の時間。今夜は和食で焼き魚。こんがり上手く焼けた。旦那様にビールのお酌。俺も1杯いただく。

「今日俺、モデルにならないか?って言われて、名刺もらった。」

「すごいじゃない。」

「そうかな?やってもいい?」

「別に俺に聞かなくってもいいよ。」

「そう言ってくれると思ったけど。俺、どう考えても旅行に行くお金貯まらないし。」

「お金だったらそんなに心配しなくても、俺だって出すし。」

「でも、飛行機とかホテルとかくらいは俺が出したい。」

「あっちに親戚がいるんだろ?」

「でもまだ連絡してないし。」

「早くそれやろうな。」

俺の祖父母がカルガリーの近くに住んでいる。

「お金稼ごうなんて偉いじゃない。あんまり無理して変な仕事しなくていいから。」

俺は急に興味満開。

「なになに?変な仕事って?」

「ヌードモデルとか。」

「なになに?ヌードモデルって?」

「知らないけど。下着とか。」

「下着は下着だからヌードじゃないじゃない?」

「じゃあ芸術っぽいヌード。でも芸術っぽいヌードならいいか?」

「芸術関係の教授だからね。でも俺の見た目でヌードの仕事は来ないよ。」

「そんなことないって。いいモノをお持ちだし。」

「え?あんなモノまで写真に撮るの?」

「そりゃあ芸術ならね。」

「カラヴァッジョの絵にもそういうのあるの?」

「あるさ。子供か少年だけど。」

「なんだ。」

彼は書斎から画集を持って来て、そういう絵を見せてくれる。変な顔して笑っている子供の天使。黒い羽をつけている。芸術的なヌード。

82

食事が終わって、俺は自分の苗字、海道という名前で検索してみた。母ちゃんには叩き出されてから連絡取ってないし。とりあえず、自分で捜してみようと思った。そしたら意外と立派なウエブサイトが見付かった。Kaido Farm。英語だから健直に読んでもらうと、それはカルガリーの北西に位置している。

「卵のファームだよ。」

「へえ。卵なんだ。意外。牛とか馬だと思ってた。」

「カルガリーから車だと1時間半くらい。」

「あ、可愛いヒヨコの写真。」

「フリーランと言って、外に放し飼いの鳥だって。オーガニックのエサって書いてある。」

「へえ、美味しそう。食べてみたい。」

「ここに連絡先が書いてある。」

連絡先と聞いて俺は固まる。なんて書けばいいの?もし同じ名前で違う人だったら?でも海道なんてそんなにない名前だし、もし祖父ちゃん祖母ちゃんじゃなくても、きっと親戚だし。思い切って聞いてみる?でも俺、英語は書けないし。でもヒヨコ可愛いよな。やっぱりそのファーム行ってみたい。

「英語で書けない。どうしよう?」

「君の祖父母は日本から行った人達なんだろ?」

「あ、そうだ。すっかり忘れてた。」

祖父母が1世で、母ちゃんが2世。もし俺がカナダに住んでたとしたら3世になるんだ。

「ええと、じゃあ・・・私は海道剣と申します。母親の名前が海道留美です。私の祖父母を捜しています。なにかご存知でしたら、ぜひご連絡ください。」

「上手いじゃない。」

「そうかな?」

「きっとすぐ連絡くれるよ。」

「今、思ったんだけど、なんで母ちゃんに聞かないんだろう?って変に思わないかな?」

「これが君の祖父母だったら、君のお母さんの性格も知ってるだろうし。」

「なるほど。」

83

あれからまた色々調べて、ネイティブインディアンというのは俗語で、本当はファーストネイションズって言うんだって。その辺の呼び方は色々ややこしいみたいで、でもファーストネイションズって言っておけば問題ないみたい。スタンピードという祭りについてもまた勉強した。北米やその他色んな国からも人が集まるらしい。カウボーイ、ロディオ、カントリーミュージック、ファームの暮らしや、動物達。それから遊園地もあるみたい。それにカルガリーから1時間半でロッキー山脈に行ける。カウボーイについても調べてみる。そしてロディオについても。ああ楽しみ。でもお金ないと行けないから。もし泊まるとこなくてホテルだったとしたら、すごくお金かかるな。

84

そこまで考えたところで、Kaido Farmから返事が来た。海道聡士、Satoshi Kaidoっていう人。名前だけ漢字で来たけどあとは英語。また健直にお世話になる。それによると、その人は俺の母ちゃんの弟だって。あっちで生れ育ったから、日本語は喋れるけど書くのは難しいらしい。

「叔父さん、色々案内してくれるらしいよ。よかったな。泊まるのもファームだって。もしロッキーに泊りたかったら、ホテルは早めに予約してください、って書いてある。随分フレンドリーな人だな。卵集めるの一緒にやろう、だって。楽しいらしいよ。」

「へー、卵集め?面白そう!」

いいな。俺ってこのノンキな性格でも、いつか絶対その、なんだっけ?ファーストネイションズの人達に会ってみたかった。どんな人達なのか?俺のルーツ。どんなにたくさん資料を見ても、実際に会ってみないと分からない。

85

俺の金づる、モデル会社に電話してみた。面接というのがあるらしい。あっちからスカウトしといて面接ってなんか変かもって思ったけど、金づるだからもちろん行くことにした。いつかのブティックの面接は上手くいったよな。あれってなんで上手くいったんだっけ?よく覚えてないけど、スーツの洗濯したらすぐ乾いてアイロンもいらないから、お買い得とかなんかバカみたいなこと言ったんだよな。でもあれ、事実に基づいた話しだから。ああいう調子でいけばいいんだな。正直になんでも話して、それが通らないような会社で働いてもしょうがないもんな。その会社、なんでか知らないけど赤坂にあって、だからこの家からも近くて、銀座からも近い。丁度いい。ヤッター!

86

仕事の帰りに面接に行った。駅の近くの、なんか古いけど元々は高そうなマンション。ドアを開けると中は広くて、田辺似のふざけた男はいなかったけど、若い女性が、丁寧に応対してくれた。清楚な美人。その人もモデルなのかもしれない。すぐ社長室に通された。今日、仕事しながら、俺は色々面接してくれる人を想像してたんだけど、ふざけてる感じのヤツだろうな、っていうのは当ってたけど、あとはあんまり当たってなかった。思ったより若いし、服装も軽いし、まあまあイケメン。爽やかタイプ。社長デスクにドンって座ってんのかと思ったら、大きなテーブルに大きめのPCが置いてあって、その周りにいっぱい書類や、モデルの写真を広げて仕事をしている。俺の方をチラって見ただけなのに、

「丁度いい時に丁度いい人が見付かってよかった。」

「はい?」

「弘臣から聞いてない?」

誰それ?って思ったけど、当然あの男だよなって思って、

「名刺頂いただけなもので。」

「そうか。私の名前は久保田。」

「海道剣です。」

「今度、ジーンズの広告があって、丸一年の契約で。」

「そうなんですか。」

「ワイルドな感じって。」

なんて言っていいのか分からないから、

「へえ、そうなんですか。」

ってまた同じ返事。バカみたいかな?でも俺、頭いいとは言えないから、まあいいかと思って聞いていると、

「失礼だけど君はなに?日本人じゃないよね?」

まあ、よく聞かれるからいいけど、特にこれ面接だし。でもブティックの面接の時はそんなこと聞かれなかったよな。モデルの面接だからしょうがないか。

「父方にファーストネイションズの人がいるらしくて。」

「なにそれ?」

「カナダのネイティブインディアンです。」

「へえ!俺もこの仕事長くやってるけど、そういうの初めてだな!このジーンズのキャンペーンはワイルドな男、がテーマで、馬に乗る撮影もあるらしい。君、馬に乗ったことは?」

俺はこの見た目だけど、馬どころかスポーツは苦手なんで。でもそんなこと関係ないし、仕事ならやるし。

「馬に乗ったことはないです。でもカウボーイには興味あります。」

「いいな。カウボーイ。クライアントさんがそんなイメージだって言ってた。」

「来年、カウボーイのお祭りっていうのに行く予定なんです。」

「そんなのがあるの?」

「ええ、カナダのカルガリーという所で。親戚がおりまして。」

「じゃあ、これからよろしく。」

彼は、いきなり握手の手を差し出した。

87

「オーディションはあさって。大きなキャンペーンだから俺も一緒に行くから。ちょっとこれから打ち合わせをしよう。時間ある?」

「はい。大丈夫です。」

「それでは君が興味があると言った、カウボーイについて。今までどんなことを学んだか聞かせて。」

そんなこと改めて聞かれると、ちょっとなんて言っていいのか分かんない。どっちかというとイメージ的なものが多いから。でもまあ、正直にいくしかないなって思ったから、

「具体的な事実はまだ勉強中なんですけど、イメージは色々あって。」

「どういうの?」

「馬に乗って、牛とか羊を追って行く、壮観なイメージ。スタイルもカッコいいですよね。カウボーイハットとか。」

「君、すごく似合いそうだ。」

「ありがとうございます。それ、嬉しいです。」

カウボーイハットが似合う男なんて、男の中の男だよな。だからあっちのゲイのエッチビデオにはカウボーイがいっぱい登場する。セックスシンボル?そんなこと今は言えないけど。残念だけど。俺って、男の中の男?やだー、照れちゃう。

「そしてカウボーイの孤独なイメージ。夕日を背に、猟犬を従え、ひとり馬に乗って家路につく。」

「それもいいな。」

「それから、ロディオのイメージ。暴れ馬や牛の背に乗って、見事にそれを制する。」

「ロディオ。そのイメージでいこう。」

ロディオのイメージ?俺もつい最近聞いただけで、それがどういうものなのかよく知らない。俺は数秒黙っちゃって、そしたら社長はネットの動画でロディオを捜す。俺も実は写真は観たけど、動画は観てない。

88

社長と俺はつい、ハマって観てしまう。ふたりでギャーギャー言いながら。一緒に観入るうちに俺達はなんとなく打ち解けてくる。面接でなにやってんの?俺は、

「ロディオの競技に、こんなに色々種目があるとは知りませんでした。」

と正直な感想を述べる。

「カウボーイ、カッコいいよな。コイツなんて男前だし。そそるな。」

社長、そんなこと言っていいんですか?って思いながらそのカウボーイを見たら、ほんとにそそる感じだったから、それはいいとしておいた。

「それで社長、ロディオのイメージってどんな風だと思われました?」

「荒々しい男の魅力。」

「具体的に言うと?」

「それはこれから考える。まあ、1年という長い期間だから、ずっとカウボーイをやるわけじゃないだろうけど、第一弾はそれでいきたいそうだ。」

なんだ。これから考えるのか。俺ってどう考えても荒々しい男っていうイメージじゃないし。女々しくてすぐ泣くし。

「それより今ブティックで働いているんですが、家の店にあるジーンズは、ベーシックな物か、デザイナー物なんですけど、そこのはどんなジーンズなんですか?」

「バッツっていうブランド知らない?Buttsって書くんだけど。」

「ああ、なんか分かりますよ。タイトでセクシーなのですよね?」

「さすが、よく知ってるね。Buttsって英語の俗語でお尻、っていうかケツのことだって。」

「へえ!それは知らなかった。」

「日本の会社で、上昇中のブランド。今までお洒落でトレンディーで売って来たから、なにかプラスしたいらしい。」

でもよかった。そのブランド、買ったことはないけど知ってるから、イメージが湧きやすい。

俺はあることを思い付く。

「あの、カウボーイで荒々しい男のイメージですよね。そうなるとオーディションの他の人達もそういう感じでいくと思うんですよ。だからその逆をいったらどうでしょう?」

「どういう風に?」

「それはこれから考えます。」

89

オーディションの当日。ひとりずつ面接みたいにやるのかなって思ってたら、意外なことに大きな会場に候補者達が集まっている。予想通り、鍛えた身体が多い。ボディビルダーすれすれくらいのもいるな。タイトなジーンズ、それにカウボーイハット。ハーフも多いな、って人のこと言えないけど。自分が選ぶ立場だったらどの人にするかな?なんだかひとりで盛り上がる。イケメンがたくさん!社長も相変わらずふざけてて、

「おお、イケメンが揃ってるな!」

って嬉しそう。今日はこないだと違って、バリッとスーツで決めている。でも顔がニヤけている。

「ちょっと、あのブルーのシャツどうかな?」

「どうかな?って社長、なんなんですか?」

俺は笑って済まそうという作戦に出る。

「あの黒のカウボーイハットは?」

俺は、

「え?あの人?素敵ですね。」

と微笑む。

「そそるなあ。」

90

もう、ひとりではしゃいじゃって。ここまでいくとちょっと言ってやらなくては、と思って、

「そうじゃなくて、マジでやらないと、仕事もらえませんし、そうなると困るんで。」

「まあ、まあ、そんな固いこと言わないで。こんなにたくさんのイケメンが一同が集まるチャンスないんだから。まあ、ファッションショーとかはあるけど。でもこんなに手の届く範囲の近さはあんまりないな。」

そう言われてキョロキョロすると、確かに普通じゃないイケメンが揃っている。

「社長、もう勝ち目ないから帰りましょうよ。」

「まあ、そう言うな。悪かった。真面目にやるから。家だってこれに社運を賭けてるんだから。」

「そうは見えませんけど。あれっ、社長。あの白いシャツに黒のジーンズ、どうでしょう?」

「いいな。結構そそる、ってそうじゃないだろ?俺はこの中で君が1番だと思う。」

「社長、そんな心にもないことを。でもありがとうございます。」

「俺達どういう作戦でいくんだったっけ?」

「だから、他の人達の逆をいくんです。」

今日俺はワザとカントリー系の服は避けて、昨日家の店で選んだ、ピンクを基調にした大きな柄のシャツと、全然ジーンズじゃないアイボリーの8分丈のパンツを穿いている。靴は明るいグリーンのバックスキン。社長は俺のカッコを上から下まで見て、

「確かにジーンズの広告の、しかもカウボーイがテーマのオーディションに来た風には見えないな。」

「よかった。」

昨日一生懸命考えて選んだんだから。これが一番俺らしい、っていうよりいつもの俺より少しスイートな感じだけど。このオーディションには丁度いい。他の人とは全く違う。それは確か。

91

時間になって、Buttsの社長以下、数人のスタッフが会場に入って来た。社長が簡単な挨拶をする。その社長自身、自分のブランドのタイトなジーンズを着こなせるほどの細くて締まった身体。オッサン好きの俺にはタイプの感じ。それから順番に簡単な自己紹介をすることになる。俺は最後の方で、今日途中で買って来たストロベリーミルクシェーキをすすりながら待っている。これも作戦の一部。大体マニュアル通りの自己紹介が多くて、時々笑わせてくれるのもあったりして、家の社長はまだキョロキョロにやけてて、そんなこんなの間に俺の番になった。

「海道剣です。」

そしたらButtsの社長が、

「君、今日はジーンズのオーディションって分かってた?」

「はい。僕にはカナダのファーストネイションズの血が混じってて、それは所謂ネイティブインディアンのことで、僕がジーンズ穿いてカウボーイのカッコすると、インディアンにしか見えないんで、今日はこれで来ました。」

「どういうことかよく分からない。」

「もし僕がButtsのモデルをするなら、かなり崩さないと、インディアン過ぎて面白くもなんともなくなる、ってことを言いたかったんです。」

「なるほど。少し分かったような気がする。」

Buttsの社長が近寄ると、なにかフレグランスが香る。危険な男って感じの。

92

すでにそこで半分くらい落とされて、俺は奇跡的に残された。次はひとりずつ部屋に呼ばれるみたいだった。この仕事が決まれば、カナダ行きの予算もバッチリ。

「社長、この仕事が決まれば、ギャラバッチリいただけるんですよね?」

「まあ、そんなところ。」

「頑張りましょうね。」

「でもさっきのイマイチなんだけど、なんで君がカウボーイのカッコするとインディアンに見えるの?」

俺はそこらにあった、誰のか知らないけど置いてあったカウボーイハットを被ってみせた。

「あ、ほんとだ!そう見える。馬に乗ってるシーンが浮かぶ!」

「インディアンの羽の冠とか被ったらもっとすごいですよ。でも似合い過ぎて面白くないんですよ。」

「なるほど。」

93

ひとりひとり部屋に呼ばれて行く。俺みたいに誰かと一緒に来てる人は少なくて、まだ新人だから来てくれているんだと思うけど。さっき落とされて、残ったのは15人くらい。社長のお気に入りのブルーのシャツが中に入って行く。

「いいケツしてるよな。」

社長が俺に囁く。俺は社長を横目で睨む。

「君、今度はどういう作戦でいくの?」

「それはね、正直作戦です。なんでも本音で話す。本音が言えないような仕事ならやらない方がいいでしょ?」

「そうかな?そうかも知れない。それよりあの黒いジーンズ、今すぐ押し倒してヤりたい。」

「社長も相当自分に正直に生きてますよ。」

「そうかな?ありがとう。」

94

社長と一緒に部屋に入る。Buttsの社長の名前は田崎さん。彼やスタッフの人達もみんな座ったりせずに、立ったままで、和気あいあいとした雰囲気だった。スタッフのひとりが、Buttsのいままでの広告をPCで見せてくれる。俺が知ってるのもいくつかある。社長はなぜか俺よりも緊張している。社運がかかっているというのは、本当かも知れない。しょうがないから俺が社長を紹介する。

「先ほども申し上げました通り、私は海道剣、そして私のエージェントの久保田です。」

久保田社長はかしこまってお辞儀をして、

「どうぞよろしくお願いいたします。」

とやや上ずった声で。

Buttsの田崎社長が、

「海道さんのカウボーイのイメージを言ってください。」

「僕は来年、カウボーイのお祭り、スタンピードに行こうとして、色々準備中なんです。」

「カウボーイのお祭り?そんなものがあるの?」

「はい。カナダのカルガリーという都市で。毎年7月初めだそうです。ロディオや馬車競争、それにファームの動物たちも集まるそうです。それからカントリーミュージックや遊園地。」

「へえ。面白そうだな。」

田崎社長が、スタッフ達に、

「じゃあ、みんなで行こうか?」

スタッフ達が手を叩く。その内のひとりが、

「いいですね。そこで撮影できますよ。」

と提案する。俺は少しビックリして、

「それは考えてなかったです。馬や牛もたくさんいるし、面白い撮影ができると思います。」

スタッフがPCでスタンピードの検索をする。Stampede Calgaryで検索すると、色んな観光写真が出て来る。俺はここでもうひとつプッシュしないと、って思ってやや臭いストーリーを話し始める。

「私がスタンピードに行こうと思ったのは、そこにインディアンビレッジという一角があって、そこには本物のファーストネイションズの人達がいて、ダンスやなんかを披露してくれるらしいんです。僕は実は父親を知らないので、その人達にも1度も会ったことがないんです。」

スタッフみんなが俺の方を見て、感動の意を表している。上手くいったな、と俺はほくそ笑む。

95

家に帰ると、健直が好奇心丸出しで待っている。

「どうどう?どうだったの?」

「まだ分かんないよ。あっちから連絡あるって。」

「そのカッコ、どうだった?」

「絶対目立ったはず。」

「よかったな。」

彼は俺のことをしっかり抱き締めてくれる。

「途中で落とされた人もいたから。」

彼は夕飯も作ってくれて、お風呂も沸かしておいてくれた。またいやらしくふたりで洗いっこ?健直は、

「お金のことはそんなに気にすんな。」

って言ってくれる。でもできればあんまり人は頼りたくない。まだ来年の夏の話しなんだし。だけど俺の給料もあの程度だし。しかし俺のエージェント、頼りないよな。久保田社長。あんなんで仕事取れんのかな?男ばっか見てて。まあ、楽しかったからいいけど。

96

久保田社長から連絡が来た。丁度、仕事場の休憩時間だった。

「海道君、君と他のふたりに決まったそうだ。」

「ほんとですか?ヤッター!」

休憩する部屋に他にも人がいるのに、大きな声を出す。

「最後の3人まで決まったけど、どうしてもそこから絞れなくて、そして3人共採用されたそうだ。」

「なんかそれってギャラも減りますよね。」

「まあ、そうだけど、初めての仕事でこんなでかい契約が取れるとはすごい!それに、来年のそのスタンピードには撮影隊を引き連れて行くそうだ。」

「マジですか?」

「ロッキーをバックに馬に乗った君。いいだろう?」

「えー、そしたら飛行機代くらい出してもらえるかな?」

「聞いてみてあげる。それより最初の撮影があるから。3人で一緒の。」

「他の人達、社長のタイプだったらいいですね!」

97

あれやこれやでクリスマスも終わり、正月も終わり、モデル業とブティックの店員で忙しくしていると、知らないうちに春になり、夏になった。スタンピードは7月の始め、10日間行われる。健直の大学はまだ夏休みじゃなかったけど、去年から言っておいたし、休みはちゃんと取れた。俺は仕事も兼ねてるから、ギャラも出るし、ホクホク顔。Buttsの田崎社長と、会社のスタッフの人。それからヘアスタイリストとフォトグラファー。俺は飛行機に乗るのも初めてだった。飛び立つ時の飛行機のエンジンは想像してたよりずっと暴力的で、マジで怖かった。上空に行ってしまえば大丈夫。全然、酔ったりはなかった。逆に何度も乗ってる健直の方が、死にそうな顔をしていた。俺は念のために買っておいた酔い止めを渡す。

「大丈夫?」

「ダメだ。死ぬ。」

「死なないで。あと6時間の我慢だよ。」

「あー、やっぱり死ぬ。」

俺はふたりの間にブランケットをかけて、その下で手を握ってあげる。薬が効いてきたみたいで、健直は俺の肩でスヤスヤ寝てしまった。

98

とうとうアメリカ大陸に降り立った。バンクーバーの空港で乗り換えて、また違う飛行機に乗ることになっている。そしたらなんと俺は、入国管理局で止められて、にっちもさっちもいかない状況に。健直に通訳してもらうと、俺がどう見ても日本人に見えないことが問題らしい。健直がいくら説明してもダメ。普通ハーフだったら、カナダのパスポートを持っている。じゃなくてもカナダの出生証明を持っている。それに名前や苗字がカナダ人だったり。それが向こうの言い分。俺はそんなの全然ないし。100%日本人で生きてきたし。せっかくカナダに来たのに、こんなことになるなんて。日本に送り返されたらどうしよう?もう泣く寸前、というところで、日本語の喋れる局員の人が来てくれて、その人が俺の話しをよく聞いてくれて、両親のこととか。日本で生まれて育ったことや、今回の旅行の目的とか。そしたら奇跡的に乗り継ぎの飛行機に間に合うように、俺は解放された。これからどの国に旅行するにも今みたいなことが起こるんだろうか?アイデンティティーの崩壊。バンクーバーから飛行機に乗って、少ししたらロッキー山脈が見えて来る。すごいゴツゴツとした山。ロックみたいだからロッキーなんだって。

99

カルガリーの空港には母ちゃんの弟、俺の叔父さんが迎えに来ている。生れて初めて会う叔父さん。俺の母ちゃんの弟とは思えないほどナイスな人。Buttsの面々はカルガリーのホテルにチェックイン。撮影は明日のスタンピードから。俺と健直は、お祖父さん、お祖母さんの待つ卵ファームへ。着いたらすっかり夜で、ニワトリ達はもう静かに寝ているみたい。明日の朝が楽しみ。祖父母には母ちゃんに追い出されたことをみんなバラしてやった。お客さん用の寝室に通されると、そこにはベッドがふたつ、離れて置いてある。俺はそれをくっつけてふたりで寄り添って、でも疲れたから両方ともすぐ寝てしまった。

100

ニワトリの鳴き声で目を覚ます。窓から外を見ると、まだ明け方。でも卵集めがしたくて、俺は表に出てみる。叔父さんがニワトリの世話をしている。フリーランと言っても、ほんとに放し飼いしてるんじゃなくて、ちゃんと小屋に入ってて、でもその小屋の屋根のない部分が細長くて、なん十メートルもある。卵はあちこちに産んであるんじゃなくて、巣になってる部分があって、そこに産むんだって。不思議だな。そのシステム。巣に行くと、なるほど卵が見える。メンドリは怖くないんだけど、オンドリが怖い。恐る恐る卵を手に取ってみる。すごく温かい。産みたてってこんなに温かいものなんだ。ちょっと感動。いっぱい卵を集めて、叔父さんはこれから掃除したりエサをやったりするんだけど、俺は長旅で疲れただろうから、朝ごはん食べに行っていいよ、って言われて、これが母ちゃんだったら、俺のこと倒れるまでこき使うよなって思った。

101

健直はまだ寝ていて、可哀そうだったけど叩き起こして、祖父母と一緒に朝ごはん。カナダの一般的なブレックファストだって。ホットケーキやフルーツや、なんか甘いものばっかり。でもベーコンがあった。メープルシロップをたくさんかけて食べた。祖父ちゃん祖母ちゃんは健直のことどう思ってるんだろう?俺達の寝てたベッド見たら気付くかな?それより言っちゃった方がいいのかな?考えるの苦手だし、ここカナダだからいいやって思って、全部言っちゃった。ふたりはずっと一緒に住んでて、付き合ってるんだよって。ふたりは、そうなの?って、ただ微笑んでくれた。

202

やっと、スタンピード!叔父さんが案内役で、今日一日ずっと一緒にいてくれる。叔父さんが事前に許可をもらってくれたので、撮影もスムーズ。最初に行ったのは大きな展示会場で、コンクールに出す馬や羊がたくさんいて、ポニーもいる。可愛い。Buttsの社長が1頭のでかい馬を指差す。

「え、あの馬に乗るんですか?」

俺は恐怖におののく。フォトグラファーが、

「そう、そう、あれが一番絵になりそうじゃない。」

と無責任なことを言い出す。あれはどう見ても暴れ馬。俺、馬になんて乗ったことないけど、目を見たら分かる。叔父さんが馬の持ち主に聞いてくれて、それはやっぱり乗るための馬じゃないんだそう。なんに使うのかよく分かんないけど。繁殖用?田崎社長が言うに、

「なんとか乗れる見栄えのいい馬を捜そう。それを群衆をバックにして撮ろう。」

俺達が見付けたのは、ちょっとくたびれた感じだけど、これなら絶対暴れたりしないから大丈夫、って言われて、その馬に乗って撮影した。Buttsのジーンがよく見えるようなアングル。俺はその馬気に入って、

「可愛いこの馬。あんまりカッコよくない馬の方が、かえって面白いですよ。」

人の良さそうな馬だった。人じゃないけど。

103

俺達はどんな物があるのかよく知らないから、叔父さんのあとについて行く。そしたらヒヨコや子ブタや子ヤギがいる建物に連れて行ってくれて、そこでもバッチリ撮影ができた。子ブタを抱えて子ヤギと一緒のショット。田崎社長は、どうしても夜の遊園地をバックに撮影したいらしい。そしたら叔父さんが、

「カルガリーは緯度が高いですから、夏は夜10時過ぎないと暗くなりませんよ。」

今まだ午前中。どうすんの?俺が、

「じゃあ、インディアンビレッジっていう所に行ってみましょう。俺はそれが目的で来たんだし。」

と言うと、社長は、

「そうだったよな。そこでも撮影できるのかな?」

叔父さんに意見を聞く。

「聞いてはみますけど。撮影の目的とかをしっかり話して。」

「よろしくお願いします。俺もジーンズの会社長くやってきたけど、本物のインディアンの人達と撮影できたらすごいよな。」

そしたら俺が、

「インディアンじゃないですよ。ファーストネイションズです。」

て訂正する。

「そうだったな。忘れてた。とにかくそこへ行ってみよう。」

104

入口でもらった地図によると、インディアンビレッジは、スタンピードの会場を囲むように流れている川を渡った、向こう側。なんとなくそこだけ孤立しているようにも見える。高くそびえるテントがいくつかある。中に入ってみる。こんな所で生活していたんだなって思う。叔父さんと健直が一緒にいてくれるから、なんでも聞きたいことを聞いてみよう。ファーストネイションズの観光案内みたいな人がいて、中年男性。見るからにファーストネイションズの人で、俺は初めてだからすごく緊張していた。そしたらその人が俺に向かって、

Which reserve are you from?(どこのリザーブから来たの?)」

って聞いてて、健直もその意味が分からなくて、そしたら叔父さんが、

「リザーブって集落みたいな意味。この地方にはたくさんの集落があって、種族の違う人達が住んでいる。」

「俺はどこのリザーブでもない。父親を知らないし。日本で育ったし。」

That's unusual. Our show will start soon. Enjoy and nice meeting you!(それは珍しい。私達のショーがすぐ始まるから。楽しんで、会えてよかった。)」

と言って、大きな手を俺の肩に優しく置いて、微笑んでくれた。一瞬、俺の父親ってこんな感じの人なのかな?って考えてしまった。

105

ファーストネイションズの人達のダンスが始まった。カラフルな衣装、羽飾り。激しく踊るとその色達が混じり合って、信じられないくらい美しい。観客もたくさんいるのに、俺達のフォトグラファーは感動して、なんとか前の方に陣取って、いっぱいシャッターを切る。モデルもいないのに?でもその写真も広告に使えるかもしれない。ショーが終わって、観客が川を渡ってメインの会場に戻って行く。俺は舞台の袖で、丁度自分くらいの年の男性を見付けた。叔父さんに頼んで通訳してもらった。

「さっきのダンスカッコよかった。」

You're dancing was so cool.

Thanks.(ありがとう。)」

そしたらその若者は、俺に向かって、

Which reserve are you from?(君はどこのリザーブから来たの?)」

また同じ質問。っていうことは、俺ってほんとにファーストネイションズの人に見えるんだ。それは面白いなって思う。だって少なくとも半分は日本人なんだし。でも入国管理局で止められたくらいだから、やっぱり日本人には見えないんだな。叔父さんが、

He is Japanese but he doesn't know who his father is.(彼は日本人なんだけど、父親が誰か分からないんだ。)

そしたら彼は嬉しそうに、

I want to go to Japan. I love your culture. I 'm really a rap singer.(日本に行ってみたい。日本のカルチャーが好き。俺はね、ほんとはラップシンガーなんだよ。)

古風な羽やビーズの衣装に身を包んだ彼が、ほんとはラップシンガーなんだ。面白いな。若い層は、もう他のカナダ人と変わりないんだなって思った。

106

10時になったら遊園地での撮影が始まるから、待ち合わせ場所を決めた。俺と健直と叔父さんは一緒に会場を見て回った。カントリーミュージックって知らなかったけど、楽しめる。ダンスミュージックも多いし。それから俺達3人は念願のロディオを見に行った。すごい迫力!馬車競争みたいなのもあって、なん時間見ていても飽きない。俺は叔父さんに色々聞いてみたいことがある。

「俺ってやっぱりファーストネイションズの人に見えるんですね。」

「そうだね。」

「どのリザーブから来たのかって、そんなに大事なんですね。」

「違う種族がたくさんあるから。家のファームの近くにもあるよ。」

「そうなんですか?そんなに近くに?」

「そう。だから混血も進んでる。こないだ会ったプリンセスなんて、母親が白人で、少し色が濃くてすごく綺麗。目がグリーンなんだよ。すごくエキゾティックでビックリした。」

「プリンセスって?」

「酋長の娘。今17才って言ってた。」

「そんなことがあるんだ。」

「そういうことはよくあるよ。」

「じゃあ、俺の父親も意外と近くにいるのかも。」

俺は自分でそう言ってみて、確かにその可能性はあるな、って思った。どうせ母ちゃんのことだから、エッチするためにそこまで遠くへわざわざ行ったとは思えない。

「叔父さん、もしかして俺の父親知ってるんですか?」

叔父さんはしばらく俺の方を見ないで、ロディオを見てる振りをしてて、でも俺は今の質問、絶対彼に聞えてると思ったから、黙って叔父さんがなにか言うのを待っていた。

107

俺を挟んで叔父さんの反対側に座っている健直が、

「大丈夫?」

って囁く。

「絶対叔父さん、なにか知ってる。」

叔父さんがなにも言わないのは、彼がなにか知っているから。そのあと、叔父さんと健直はライブのカントリーミュージックがうるさいバーに入って、ふたりでガンガンビールを飲み始めた。俺は撮影があるから1本だけ。なんかふたりで英語で話してる。俺に聞かせちゃ悪いことでもあるのかな?俺のすぐ側を、メチャカッコいカウボーイが通り過ぎる。俺はカウボーイハットからカウボーイブーツまでをジロジロ見て、それから通り過ぎたあと、ナイスなケツを思いっ切り見てやった。健直はまだ叔父さんと話している。

108

俺はワザと迷子になった。人ゴミに紛れて、カウボーイを見に行った。目の保養。カウボーイブーツっていいな。さっき売っている店があった。もし買えるくらいの値段なら買って帰りたい。こんなに人がいるんじゃ、俺は絶対に見付からない。待ち合わせの場所にはひとりで行ける。夜の10時まで、あと1時間半。今まで歩いて来た道を逆に辿って、また子ブタや子ヤギのいる建物に戻った。赤ちゃんの動物って可愛いな。小学校の先生が、動物や人間の子供はなぜ可愛いのか教えてくれた。可愛いとエサを上げたり、世話をしたくなるから、それは自然の原理だと。そう考えちゃうとなんか意図的でつまらない。俺って小さい時どうだったのだろうか?やっぱり母ちゃんは生れて来た俺の顔を見て、ヤバいと思ったかな?今更そんなことどうだっていいけどさ。母ちゃんは俺のこと可愛いと思ってくれたのかな?もし叔父さんが俺の父親を知ってるんなら、会ってみたい。でもきっと向こうは俺が生れたことも知らないだろう。そんな人に会ってどうすんの?知らない国の知らない場所に、知らない人達と一緒にいる。俺は彼等がなにを言ってるのかさえ分からない。

109

もう1度インディアンヴィレッジに戻った。もうステージは終わっていて、辺りは少し薄暗かった。でも人はまだいて、俺は1番最初に会った観光案内の人を見付けて、ハローと言って近付いて、でもやっぱり言葉が分からないからそれ以上のコミュニケーションはとれないんだけど、でもその人の側にいると安心だった。あっちは一生懸命話しかけてくれるんだけど、言ってることが分からないって悲しい。でもこの人達に会ってよかったと思った。そこを出る時彼はもう度、俺の肩に手を置いて、優しく微笑んでくれた。この人達の生涯について考えてみた。どこでどんな風に生れて、どう育って、今どんな生活をしているのか。

110

10時になった。俺は陰に隠れて、待ち合わせ場所にみんなが集まるのを待っていた。Buttsの社長とそのスタッフが1番最初に来た。その次にフォトグラファーとヘアスタイリストが来た。そして1番最後に叔父さんと健直が来た。叔父さんはこれからファームまで運転があるからそうでもなかったけど、健直は大分酔ってるみたいだった。なんでそんなに飲んでるんだろう?カッコいいカウボーイがたくさんいたから?健直なら彼らと話しもできる。撮影スタッフはみんな興奮気味。それほど夜のスタンピードは美しい。遊園地のイルミネーション。どんな国のどんな遊園地でも夜の明かりの灯る頃は、なんとなく物悲しいような、そんな気持ちになると思う。10時を5分くらい過ぎて、俺はみんなの前に姿を現した。暗い顔で。

111

ヘアスタイリストが、

「どうしたの?なんかあった?」

と心配してくれる。俺達は明るいトイレに行ってメイクをする。大きなトイレで人がいっぱい。俺達のやってることをジロジロ見てるヤツもいる。ヘアスタイルは60’sみたいにグリースで固めた感じ。俺はそれはすごく気に入った。気分がやっと落ち着いてくる。ジーンズは昼間のダークなのと違って、明るいブルー。カントリーシャツにカウボーイハット。それに超素晴らしいカントリーブーツ!

「このブーツ買ったんですか?」

「そう。社長が気に入って。」

「俺のサイズ?」

「そう。」

「これくれるのかな?」

「君みたいに足大きい人いないし。」

「ヤッター!きっとくれるつもりだな。」

彼は笑って、

「言っておくから。」

112

俺はただ遊園地をバックに撮るだけだと思ってて、驚いたことに、色んな乗り物に乗せられた。座ってグルグル回るヤツとか、立ってグルグル回るヤツとか、俺は回るのと高い所は平気だから楽しかった。写真をいつ撮ってたかも知らないうちに終わってしまった。カウボーイブーツのことは誰も気にしてないみたいだから、そのまま履いて帰ることにした。

113

撮影が終わる頃、突然大きな音がして、俺はこの世の終わりか?と思ってパニクって、そしたらそれは花火だった。ものすごく綺麗。フォトグラファーはそれを捕えようとして必死。少し酔いがさめたらしい健直が俺の肩に手を回す。俺はそれを避ける。健直が、

「なに?俺、なにかした?」

「カウボーイがお好きなようだから。」

「それは君の方じゃない?」

お互いに少し言葉が荒くなる。なに俺達?花火見ながらケンカなんてありえない。もう夜中で、俺達朝からここにいるんだから、きっとただ疲れてるだけ。そのあとまた叔父さんの運転でファームに泊った。

114

次の日の朝、みんなが一緒に朝食を食べている時、俺は思い切って、

「俺の父親について知ってることがあるなら、教えてください。」

と聞いてみた。1番最初に口を開いたのはお祖父さんで、

「物事は知っていいことだけじゃない。」

「それはどういう意味ですか?」

お祖父さんは少し考えてて、

「君が知りたいなら教えてあげるけど、我々もそんなに詳しく知ってるわけではない。」

「なんでもいいですから、知ってることを全部教えてください。」

他の人もなんとなくしんみりしてくる。食べる手も遅くなる。二日酔いの健直が心配そうに俺のことを見てる、お祖父さんは、

「可哀相だけど、君の父親はもうこの世にいない。」

俺はショックだった。もう会えないんだ。叔父さんが、

「こないだプリンセスの話しをしたじゃない。あの子の住んでるリザーブの人。」

「叔父さん、その人いつ亡くなったんですか?」

「君がまだ小さい頃。」

「そうですか。」

「母ちゃんと付き合ってたんですか?」

「ほんの短い間だよ。」

「じゃあ、どうやって亡くなったんですか?」

そしたら叔父さんは黙ってしまって、今度はお祖父さんが、

「あれは自殺だった。」

俺はショックでなにも言えない。どうして?なんでそんなことを?お祖父さんが続けて、

「ファーストネイションズには自殺がとても多い。他のソサエティと比べ物にならないほど。それは彼らが色んな問題を抱えているから。」

叔父さんが、

「彼等は政府から金銭的な補助を受けている。それでも貧困や、教育の問題、自分達の特異性と他の社会との対立、アルコール依存症。もっと色々ある。君の父親の場合、彼は酋長ではなかったけど、上の位の人で、責任の重さに耐えかねてって俺は聞いている。」

そんな。俺には理解できないけど、きっと悩み事が色々あったんだろうな。会えなかったけど、彼はここからすぐ近くに住んでいたんだ。でもどんな土地に生きていたのか、少し分かる気がしていた。

115

今日はレンタカーを借りて、Butteのスタッフの人の運転で、ロッキーへ撮影に行く日。みんなで1泊する。父親のことで沈みがちな俺を、健直が元気づけようとして色々頑張ってくれる。カルガリーから平らな道を車で40分くらい走った所で、いきなりロッキーの山々に囲まれる。すごく先の尖った背の高い山々。お天気もよくて、よかった。さすがButtsの社長で、観光客が写真を撮るようなスポットは敢えて避けて、白樺や松の木が生い茂る林とか、幽霊がたくさんいる古いお城みたいなホテルの中とか。湖の撮影になって、そこだけはみんなが写真を撮るような、世界的に有名なレイクルイーズ。そしたら社長は湖に入れという、爆弾発言。俺はビックリして、

「え、マジですか?水に入るんですか?」

「そう。君が湖から出て来るところを撮りたい。」

俺は他の観光客達がたくさんいる前で、恐る恐る水に入っていく。いくら7月でお天気がいいからといって、山の中は涼しいし、水は冷たい。今日穿いてるジーンズはネイビーの、Buttsにしてはベーシックなもの。俺はこういうことは、考えずにやるのが1番いいなって思ったから、潔く、という程でもないけど、ちょっとずつ水に入ってとうとう首まで浸かってしまった。

そして冷たい水から一瞬で上がって来て、水の滴る男前の俺をフォトグラファーが撮っている。冗談じゃない。速攻で着替えて、それでも身体が冷えてて震えがくる。ホテル・レイクルイーズのレストランに入って一休みする。健直は人目もはばからず俺の肩を抱いてくれる。ここにはさすがに日本語のメニューがあって、俺は、

「あれっ、ここもグラタンもドリアもない。」

と叫ぶ。健直が、

「そういえばヨーロッパのレストランにもなかったな。」

「えー、なんでだろ?」

「きっとヨーロッパからヒントを得て、日本で発展した料理なんだよ。そういうことってよくあるじゃない?」

その時ホテルに大勢の日本人観光客が現れた。湖の前でツアーガイドがなにやら説明して、客達は写真を撮っている。そのうち彼等は自由時間になって、勝手に行きたい場所へ散らばっていく。ツアーガイドが廊下を歩いて来る。俺はその人を捕まえて、

「あの、すいません。質問してもいいですか?」

「はい。なんでしょう?」

「こっちって、グラタンとかドリアとか、そういうのないんですか?」

「そう、そう。私も好きだから調べてみたんですけど、ないですね。ふつうのデニーズにもないですよ。1回だけ、チャイニーズの家庭料理っぽいレストランで見ましたけど、それだけですよ。」

「じゃあカラオケは?」

「カラオケはたくさんあります。日本人の集まるような所にはよくありますし、韓国系のカラオケ屋さんもあります。」

「ありがとうございます。」

親切な人でよかった。

116

なんだ、グラタン食べたかったのにないんだ。ガッカリ。グラタンといえば、健直と上野動物園デートのあとで食べたな。去年、大学全部落ちて、母ちゃんに家を叩き出されてから、随分色んなことがあったな。田辺にヤクザに売られ、そのお陰で健直と出会って。そのあとなんだか知らないけど、ヤクザのためにカラオケをいっぱい歌わされて、そして警察に連れて行かれた。やっと仕事が見付かって、ブティックで働き始めて。考えてみたら俺って意外と運がよかった?今、カナダにいるなんて状況、あの頃には思いもよらなかった。これから先はどうなるんだろう?きっとまた今の俺には、考えもしなかったことが起こるんだろうか?俺の人生って、今のところ非現実っぽい。日本で生まれたのにファーストネイションズに見えて。カナダに来てよかった。これも自分で考えた、非現実的な計画だったけど、ちゃんと実現した。

117

俺に寄り添ってくれてる健直に、そんな話をしてみた。

「俺って母ちゃんに追い出されて、そのあと色んなことあったよね。」

「そう、そう。俺もそのお陰で君に会えたし。」

「あの頃はどうなるかと思った。ヤクザとかにカラオケやらされて。」

「今でもカラオケのレパートリーすごいじゃない。」

「あの時学んだから。」

前菜が出て来た。俺のはスモークサーモンで、健直のはチキンウイングス。美味しそうなチキンに思わず手が伸びる。

「夕べは健直、なんであんなに飲んでたの?」

聞きたかった疑問がやっと出て来る。

「あのバーで、カラバッジョの『愛の勝利』っていう絵のキューピッドにそっくりな人がいたんだよ。」

「もしかしてあの黒い翼の?変な顔して笑ってる。」

「そう。アレにそっくりで、ビックリして、それにあのバー暗くて、でも照明は強かっただろ?だからカラバッジョの絵そのままに、人物に光が当たって、バックが暗くて。」

「だから飲んでたの?」

「それで、いつも大学教授の顔してた自分を思って、羽目を外したくなった。」

「複雑な心境だね。」

「本物のキューピッドに会えた気がして。」

「キューピッドは不老不死だから。」

「じゃああれは本物だったの?」

「そうだよ。そっくりだったんでしょう?」

あのカラバッジョのキューピッドは、世界を飛び歩いて、色んな所で悪戯をしている。

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千本松由季

Author:千本松由季
東京都出身。カナダ在住。
男同士の恋愛を、様々なテーマで書いています。作品は長編を中心に50作以上。
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イラストも描いています。

©Yuki Sembommatsu 2017-2018