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短編小説『重量の問題』

  08, 2018 11:17
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『重量の問題』

あらすじ/原宿のブティックで働く宏樹(こうき)。ファッション界の軽い恋愛に飽き飽きしていた。仕事帰り、彼はある男がいきなり車道に飛び出すのを目撃する。


店長がいつものように俺を試着室に押し込んで、カーテンを引く。ここは原宿のチャラいメンズブティックで、ファッションのヤツ等なんてそんな頭いいのいないから、店長くらいの頭でもすぐ店長になれてしまう。でも俺の方が先輩だし、年上だし。

「宏樹、俺今夜暇だし、やることないし、俺とセックスしようぜ。」

ヤツはオスくさい身体を押し付けて、カッコよく俺の顎を上に向かせてキスしようとする。

「やだ。」

「なんで?」

「もう、そういう軽いのは止めたんだ。」

俺はとっととカーテンを開けて仕事に戻る。

「軽いってなんだよ?じゃあ、重いってなんだよ?」

コイツに説明したってどうせ分からない。


仕事が終わって外に出る。もう夕方なのに日差しが強い。俺は水では癒されない喉の渇きを感じて、店で砂糖の入ってない炭酸を買った。表参道の人ごみ。俺の横をモデル級のイケメンが歩いている。背が高くて髪の長い。その男がいきなり車道に飛び込んだ。


車の急ブレーキの音。俺が駆け寄ると、男の額から血が流れている。車の中にいた男女が降りて来る。男の方が俺に向かって叫ぶ。

「俺、悪くないよな!あっちが飛び込んで来たんだよな!」

俺は救急車を呼ぶ。騒ぎを聞いた警官が走って来る。飛び込んだ男が起き上がって、よろよろと対向車線に向かって行く。まるでなにかを追っているように。俺達の目には見えないなにかを。


数日後、車に乗っていた男女の弁護士という人から連絡があった。確認したいことがあるから会いたい、ということらしい。俺は見たそのままのことを話した。

「彼、なんであんなことしたんでしょう?」

「聞いた話では、彼には統合失調症があって、ひと月くらい前、飼ってたネコが死んだらしくて、それから重症のウツになって。」

「ネコ?」

「そう。ネコの姿が見えるらしいんです。」


死んだネコの姿を追って、あんな車の多い道路に飛び出したのか。俺は非日常的と言える事故を目撃してから、説明できない不安を感じるようになって、毎日ぼんやりと車に飛び込んだ男のことを考えるようになった。男が対向車線に向かっていた時、俺は警官より早く彼を追って、後ろから抱き止めた。その後、なぜか俺の袖をつかんで離さない男と俺は、一緒に救急車に乗せられた。


あの時救急車の中でも、病院でも話しはしなかったけど、お互い顔は見ている。俺のことを覚えていてくれるだろうか?彼のことを毎日思い出しながら、俺は遂に病院を訪ねてみることにした。彼はもうその病院にはいなくて、当然、どこの病院に移ったかは教えてくれなくて、でもその時のことを覚えていた看護師さんが、俺のことを彼に伝えてあげよう、と言ってくれた。


日曜日のブティックの忙しさは殺人的で、俺は店の裏にある小さな倉庫と店を行ったり来たり。いきなり店長が現れて、俺を倉庫に押し込んでドアを閉める。

「宏樹、今夜だったらいいだろ?明日休みだろ?」

「なにが?」

「セックス。」

「だからそういう軽いのはもう止めたんだって。」

俺はイラっとして、ドアを開けて仕事に戻る。


ネコの彼からメールが来た。彼の名前は森詩(しんじ)という。もう退院したらしい。俺は食事に誘ってみた。会ってどうするかは決めてない。ただ、毎日知らない人のことを考え続けているのに疲れてしまった。時間を少し過ぎて彼が現れた。なんと立派なタキシードを着ている。長い髪を後ろで結んで、覚えていたよりずっとイケメンだ。

「そんなカッコでこれからどこかに行くの?」

「ディナーだって言うから。」

「でもここファミレスだよ。」

「ファミレスって来たことないし。」

どっかのお坊ちゃんなんだな。でもこれで彼の情報をひとつ得た。


森詩の目が俺を見て、それから俺の後ろにあるなにかを見て、そのまま目で追って行く。俺は振り向くけどなにも見えない。

「なにがいるの?」

「ネコが。」

「どんなネコ?」

彼をよく見ると、まだ額に傷跡が見える。表情も乏しくて、やっぱりウツが治ってないんだろうか?

「白いネコが見える。とっても白い。」

「君のネコはどんな色だったの?」

「グレーでシマシマのある。」

「じゃあさっきのは君のネコじゃないね。」

彼は俺の目を真っ直ぐ見詰める。でも俺の目を見てるんじゃない。俺の目の底の、目の裏を見られているような、不思議な感覚。


よく喋る若いウェイター。チャラい喋り方が店長を思わせる。俺は思う。店長は軽過ぎるけど、森詩は重過ぎる。



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