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短編小説『割れたティーカップとショットグラス』

  22, 2018 15:22
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『割れたティーカップとショットグラス』


あらすじ/霞(かすみ)と樹一(きいち)は男子校の同級生だった。マッチョな男のゲイバーで編み物をしながらグラン・マニエ入りの紅茶をたしなむ童貞の霞を心配する樹一。しかし、ただの友人だったふたりに突如進展が。


「なんでお前、こんなとこに編み物なんて持って来んの?」

「いいじゃない。もう少しで終わりそうだったのに、お前が呼び出すから。」

ここはオスの臭いが充満するゲイバー。革ジャンにブーツにチェーン。なんて呼ぶのかは知らないけどさ、そういうのが多いバーだから、俺みたいに女っぽいのがいるとイヤでも目立つ。目立つのは嫌いではないけど。

「だって霞が寂しいようなことを言うから。」

「そんなこと言ってないし。俺、なんて書いた?」

樹一のケータイをふたりで覗き込む。


樹一:霞、なにしてんの今?

霞:ひとりで編み物してる。

樹一:え、マジで?

霞:暖房調子悪くて、寒くて。


「これのどこが寂しいっての?」

「ひとりで編み物してて寒いって。」

「だたの事実を述べただけじゃん。編み物してて寒いって。全然寂しくないし。早くこれ仕上げたいし。宿題だし。」

樹一はややムッとした顔をしている。まあ、心配してくれたのは嬉しいけどさ。ヤツと俺は男子校からの友人。ヤツは普通の大学でビジネスの勉強をしてて、俺は美術大学でテキスタイルの勉強をしている。俺達の大学は隣同士。このバーはその中間くらいにある。


俺は樹一にちょっと微笑んで、編み物の続きを始める。男達の視線が集まる。俺は黒を絶対着ない主義で、黒いのはソックス1足持ってない。周りは、ほぼ全員黒を着ている。俺はこの近くに住んでるし、面倒くさいし、着てたそのままの服でここに来てしまった。なんて言うのかなこの色?薔薇色?そんな色のダウンジャケット。部屋が寒かったからそれ着てて、その中はパジャマみたいなネルの上下。シマウマの柄。でも黒と白ではない。水色とグレー。黒着ない主義だから。グレーはいいんだけど。それからグリーンのサテンのスリッパ。樹一はこの界隈では超硬派で通ってるから、ヤツと一緒にいる時に男に声をかけられたことはない。そうだけど。普通は。


背が高くて見てくれのいい男が俺達のテーブルに寄って来る。革のジャケットから見えてる裸の胸が妙にいかがわしい。ポリスみたいな帽子を被っている。

「よう、樹一。」

なんだ知り合いか。その男は樹一に挨拶だけして通り過ぎる。通り過ぎた途端、樹一は周りの男どもから金を集めて歩く。

「なにしてんの?」

「さっきの背の高いの、俺達の新しい助教授で、ゲイかどうか賭けしてて。」

「お前、ひとり勝ちじゃん。」

「普通にスーツ着てたら絶対バレないタイプ。俺は騙されないけどな。」

ひと口千円か、せこい賭けだな。まあいいか。腹も減って来たことだし。

「それでなにか食おうよ。俺、腹減った。」


ふたりでケンカしながら選んで、結局ピザに落ち着く。樹一はビールを飲んでいる。俺は紅茶とショットグラスのグラン・マニエを一緒に頼む。丁度いい味と温度になるまで、紅茶にグラン・マニエを注ぐ。ティーローズとオレンジの香りが絡まる至福のひと時。

「霞、こんなバーでそんなの飲むなよ。」

「いいじゃん。俺みたいなヤツが好きなのいるかもしれないし。」

「なー、お前そんなこと言ってっからいつまでも童貞なんだぜ。」

「余計なお世話だって言ってるだろ?」

「お前はな、そもそも趣味がマイナーなんだよ。」
いっつも同じ会話なんだから。

「お前音楽とかなにか聴いてんだっけ?」

「バロック。」

いつも言ってるじゃん。それのどこが悪いっての?

「バロックのどこがいいんだ?」

「静寂と音のコラボレーション。」

俺はゆっくりと厳かにそう言ってみる。

「じゃあ好きな画家はなんだっけ?」

「ブグローとアルマ=タデマ」

「なんなのそれ?」

19世紀の画家。」

「やっぱりお前、マイナーだわ。」

余計なお世話だって。コイツには理解できない世界。ブグローの天使。アルマ=タデマの春の精。みんなで空をバタバタ飛んでいる。


樹一の新しい助教授とやらが、俺達のピザを一切れ取って食べてしまう。

「やだー、先生。」

樹一が甘えた声を出す。

「君、俺のお陰で一儲けしたんだろ?」

俺がクスクス笑う。

「君の編んでるのなに?セーター?」

「はい。宿題で。」

「綺麗な白だな。」

「ブグローの天使がイメージで。」

樹一は俺を小バカにしたように見る。

「また人にそんなマイナーなこと言ったって。」

助教授が俺のモヘアのセーターに触る。

「フワフワでほんとにブグローの天使みたい。」


世の中にはちゃんと知ってる人だっている。俺は横目で樹一を睨む。焦った樹一はケータイで検索を始める。

「へー、これがブグローね。コイツ等天使のくせにエロイな。でもこんなちっちゃな翼じゃ飛べないぜ。」

俺はヤツに言い返す。

「ちゃんと飛べます!だって飛んでるとこが描いてあるでしょう?」

「先生ね、コイツこんなバカみたいなこと言ってるから、いつまでも童貞なんですよ。」

「いいじゃない、童貞。天使みたい。」

天使って童貞なのかな?知らなかったけど。先生は俺の髪に触る。ほんとはストレートなんだけど、天使みたいな巻き毛にしてる。長さは肩くらい。毛先だけピンクにしてる。だから黒ずくめの男達の中にいると相当目立つ。


先生はいつの間にか椅子を持って来て、俺達のテーブルに座ってる。

「樹一、いくら儲かったの?3割もらうから。」

「先生、それは無謀ですよ。1杯奢りますから。」

「じゃあこの子の分も。」

彼はまた俺の髪を触る。髪に指で、空気を入れるみたいな感じで。俺の分までドリンク頼んでくれたんだ。ヤッター!今度もまた紅茶を頼む。グラン・マニエ付きの。全身黒革のウェイターが花柄のティーカップをトレイに乗せて運んで行くのを、男どもがジロジロ見ている。紅茶の行く先のテーブルを目で追って、俺のピンクの髪を凝視する。


「いい香りだな。紅茶をそんな風にして飲んだことないな。」

「ひと口どうぞ。」

先生は男らしいヒゲのある口でそれを飲む。

「なんか今、風景が見えた。」

そんなこと今まで思ったことなかったから、俺はビックリする。

「どんな風景?」

「アルマ=タデマの『ヘリオガバルスの薔薇』。」

そんなこと言ってくれた人がいなかったから、俺はポーっとなる。グラン・マニエのせいかも知れない。


樹一はまた検索を始める。

「アルマ=タデマね。先生、なんでそんなマイナーなこと知ってるんですか?」

「そこまでマイナーじゃないだろ?」

「マイナーですよ。俺この中の絵、どれも見たことないですもん。」

「でも綺麗だろ?」

「綺麗だけど、なんて言うか、特別な感情は湧いてこない。」

1番有名な絵はこれ。信じられない数の薔薇の花びらが落ちてくる。そして人々が埋もれてしまう。神話に出て来る、飛ぶ花びらと、熟れたフルーツと、そして退廃。俺の好きな絵を分かってくれる人、今までいなかったよな。樹一にはいつもバカにされてたし。俺はますます先生の方をボーっと見詰める。グラン・マニエのせいかも知れないけど。そしたら先生の方も俺の目を見ている。この人はこういうバーに来るくらいだから、やっぱりそういうハードなゲイが好きなのかな?


見詰められて恥ずかしくなって、俺は花柄のティーカップを鼻先に持ってくる。カップの内側にも花びらが描いてある。飲むわけでもないのに。香りだけをかぐ。先生は俺の、カップを持ってない方の腕を軽くつかんで、俺の目を覗き込む。

「童貞?ほんとに?いいな。可愛いのにな。」

俺の周りに、 『ヘリオガバルスの薔薇』の花びらが舞っている。彼は俺の持ってるティーカップをソーサーに戻して、キスをしようとする。


樹一がいきなり俺の腕をつかんで、凄い速さでバーを駆け抜ける。そして外に走り出る。なんだろう?って考えてる間もない。

「霞。」

彼は俺の名前を呼んで、深呼吸をする。

「霞、お前どうなんだ?」

「なにが?」

「あんなヤツのことが好きなのか?」

「誰が?」

「先生。」

「まあ、趣味も合うし。」

樹一はそこでまた深呼吸をする。

「俺はお前とは趣味は合わないし、合わせようともしないし、でも。」

「でも?」

「それでもよかったら、俺と付き合わないか?」

「ええっ?」

コイツとは高校の時からタダの友達で、そんな気配も全然なくて。


「今までそんなこと考えたことなかったから。」

樹一は優しく俺の肩を抱く。ふたりで街灯の下に立って、映画のシーンみたい。

「霞、どう?なにか感じる?」

「高校で虐められてた時、いつも助けてもらった。」

「あれは4年も前の話しだぞ。」

「俺のネコが死んだ時、たくさん慰めてもらった。」

「あれも2年も前だぞ。」

樹一はクスって笑う。俺もつられて笑う。

「そうだけど、きっとこれからも俺のこと守ってくれる。」

俺達はロマンティックなキスをする。薔薇の花びらがクルクル輪になって舞い落ちる。


俺達を見て、バーの方で歓声が上がる。札が飛び交っているのが見える。またヤツ等、変な賭けしてたんだな。俺達がバーに戻ると、先生が樹一を怒鳴りつける。

「俺が落としたら勝ちだったのに!大敗だ!こんなの初めてだ!」

樹一が先生に殴りかかる。俺とその周りのヤツ等が止めに入る。先生がよろけてテーブルの上に倒れる。ティーカップが飛ぶ。それが俺の編みかけのセーターに落ちる寸前で、誰かがセーターをつかむ。俺の真っ白なモヘアのセーター。天使に着せるつもりだった。守ってくれたのは、俺の樹一。ティーカップが割れて、ショットグラスも割れて、気持ちのいい音がして、いい香りが立ち昇っていく。

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