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短編小説『ソーサーの中に紅茶をいっぱいこぼしちゃって』

  24, 2018 06:36
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『ソーサーの中に紅茶をいっぱいこぼしちゃって』

あらすじ/いつもバッチリ化粧をしてデパートのコスメ売り場で働く綾斗。お客さんで憧れの拓真とベッドを共にするが、次の朝、素顔を見られたくない綾斗は、色んな作戦を考える。前髪で目を覆って、ティーカップで顔を隠す。



どうしよう?大変な状況。なんでこうなったの?胃が痛い。泣きたくなる。でも泣いちゃダメ。彼が僕の隣に寝ている。それはいいんだけど。嬉しいんだけど。憧れの人。昨夜はこの部屋も暗かったから、シャワー浴びてすっぴんの顔見られてないけど。でも今、朝だし、明るいし。


彼がゴソゴソと起きるような音がする。僕は布団に隠れる。完全に潜る。絶対出て来ない。出て来れない。彼がブラインドを上げる。なんでこんなにいいお天気なの?僕はますます深く潜る。

「綾斗、なに隠れてんの?」

優しい声。息が苦しい。それは彼が側にいるから?それとも僕が布団に潜ってるから?多分両方。息が苦しくて、ちょっとだけ布団を持ち上げる。そしたらなんと丁度彼がそこの所を覗いてる。もうちょっとで目が合った。僕はまた深く潜る。また息が苦しくなる。僕ってバカ?


その布団そんなに厚いヤツじゃなくて、彼は僕が潜ったまま布団ごと抱き締めてくれる。おはよう、って。僕は布団の中でバタバタ逃げ惑う。絶対見せられない。僕の男の子の顔。


僕はメイクの学校行きながら、デパートの美容部員をやってて、銀座の一等地で職場は華やか。仕事に行く時はファンデとか薄く塗って、眉とかちょっと描くくらい。でも周りのスタッフの女の子達が、僕のことオモチャにして。綺麗な肌ね、目が大きくて、お人形みたい。なんて、おだてて。アイラインとかチークとかリップとか。暇さえあれば、お人形さんごっこで遊ばれて、夕方になると完全に女の子の顔になっちゃう。だから拓真さんが仕事終わって僕達のデパートに来る時間には、いつも完璧に女の子で。だから彼はまだ1度も僕の男の子の顔は見ていない。


彼は僕の隠れているベッドに座ってる。彼から見えない方角に顔を半分出して息を吸う。コーヒーの香りがする。彼はコーヒーを飲んでいる。僕って紅茶党なんだよね。母譲り。彼が掛布団の上に座っているから、布団と一緒に部屋を移動しよう、という作戦ができなくなる。急に自分が裸だということを意識する。昨夜シャワーを浴びた時に脱いだシャツが、ちゃんとハンガーにかけてある。そういうことしてくれる人なんだな。優しいから?キッチリしてるから?彼のことはまだそんなに知らない。


最初はデパートでなん回か見かけて、まだ若いのにスーツのバリっと似合うイケメンで。軽く会釈してくれたり、挨拶してくれたり。それがあんまり重なるから、なんでだろう?って思い始めて、でも僕の売ってるのはフランスの高級コスメで、なんでだろう?って。そのうち会話が始まって、僕のブランドは男性用がないけど、隣のカウンターには男性用スキンケア用品が置いてあって、時々そういうのを買ってくれたりとか。だから、隣の商品なのに、僕が他の人を接客してる間もずっと待ってて、チラって見ると、いつも僕のことを見てて微笑んでくれて、周りの女の子達もクスクス笑うようになって、綾斗のことが好きなのね、って。


拓真さんが立ち上がった。僕は布団に包まったまま部屋を歩く。ハンガーからシャツを取って、バスルームに入ってカギをかける。そこには昨夜畳んだままのジーンズが置いてある。僕は速攻で服を着る。鏡の中を覗く。メイク用品なにも持ってないから、どうにもならない。コッソリ棚を開けてみる。彼が時々買ってくれたスキンケア用品がある。ちゃんと使ってる感じ。でもそんなんじゃメイクはできない。顔を洗って、拓真さんの匂いのするタオルで顔を拭く。つけまつ毛もマスカラもない、つまんないまん丸の目。


しかし、一生ここに隠れてるわけにもいかない、と気付く。そしたら奇跡的にいい案が浮かぶ。僕の髪は長くて巻き毛で、その前髪で、目だけでも隠す。僕の髪細くてフワフワだから、拓真さんの整髪料で伸ばしてちょっと固める。廊下で彼とすれ違う。僕の顔を見てクスって笑う。僕はキッチンのなるべく日の当たらない暗めの場所に座る。僕の目の前にコーヒーカップが置かれる。ひと口飲む。コーヒーを飲む習慣がないから、それがとても苦く感じる。

「そのシャツ可愛いね。そうやって椅子に座ってるとお人形みたい。」

僕はお人形らしくじっと動かなくしてみせる。そのシャツはほんとは女物のブラウスで、襟のとこと、袖口にフリルがついてて、気に入って買ったんだけど、なんか普通に白っぽくて、つまんないな、て思っちゃって、染めたの。紅茶で。彼は僕の側に来て頬にキスしてくれる。ビクっとして動いちゃった。


「なんだ。やっぱりお人形じゃなかったね。」

彼は僕の襟のフリルに触って、それをもてあそぶ。僕は前髪の隙間から彼を覗く。

「このシャツね。自分で染めたの。なんかつまんなくなって。」

「へえ、どうやったらそんなことできるの?」

「紅茶をね、鍋に煮出してそれに浸すだけ。」

僕は袖をグルグル回して、フリルを踊らせる。

「コーヒーだったらどんな色になるんだろう?」

「コーヒーでもできるけど、赤っぽくなるの。紅茶だとグレーっぽい黄色になって、もっとアンティークっぽくなるの。」

僕はやっぱり紅茶が飲みたいな、って思う。それ言うのはなんか遠慮しちゃう。だけど無意識にこう言っちゃった。

「コーヒーで染めて匂いがつくのやだから。」

「あれ、じゃあ君、紅茶の方が好きなんだ。」

そんなつもりじゃなかったんだけど。


「紅茶、誰かが置いて行ったのあるから。どれがいい?」

誰かって、元カレのことかな?だとしたら、どんな人だったのかな?缶の中に綺麗に並んだティーバッグ。珍しいのが多い。ハーブティーみたいなのもあるけど、僕は正統派が好き。イングリッシュ・ブレックファスト。


シンプルな白いティーカップとソーサー。僕はカップを持ち上げて、いつもの癖で目を閉じて香りを楽しむ。その途端、彼が僕の前髪を分けて、とうとう僕の男の子の顔が見られてしまう。僕はショックでカップを落として、ソーサーの中に紅茶をいっぱいこぼしちゃって、なにかを失敗しちゃった子供みたいな、沈んだ気持ちになって、思いっ切り下を向いて、半分くらいになってしまった紅茶のカップに顔を隠す。お人形のまあるい目から、涙がひとしずくこぼれる。


「綾斗、泣いてんの?なんで泣いてんの?」

「こんな顔、見られたくなかった。」

「なんで?ノーメイクの綾斗、セクシー。」

「セクシー?」

僕はちょっとティーカップから顔を上げる。拓真さんが僕の顔をイヌみたいに舐める。

「ほら、メイクしてなかったら、こんなことしたって全然平気でしょ?」

僕はくすぐったくて笑う。まだ少し泣きながらだけど。

「じゃあ僕、ほんとにセクシーなの?」

「綺麗にメイクしてるのも可愛いけど、くずしちゃいけないと思うじゃない?」

「そうなの?」

「でも今だったら何してもいいって思うじゃない?」


僕はティーカップに残った紅茶を飲む。彼がキスしてくれる。僕のなにも塗ってない唇に。

「綾斗、紅茶の味がするね。」

それから僕の肩を抱いて、ちょっと舌の入ったホットなキス。

「拓真さんは、コーヒーの味がするよ。」


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