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短編小説『1940年のロシアで結婚するバレリーナの記者会見があった。』

  29, 2018 13:25
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あらすじ/メンズデザイナーの慎也(しんや)と弁護士の水岐(みずき)はラブラブのカップル。慎也はあるバレリーナを捜している。彼はそれを夢の中で見たと言う。水岐は慎也の非現実感を心配するが、驚いたことにそのバレリーナが見付かる。


1

どうしても見付からない。どうしてだろう?目が疲れた。なん時間もパソコン睨んでたら当然だけど。この人、かなりイメージに近い。でも顔が違う。ドアがノックされて、水岐が顔を出す。

「慎也、もう夜中だよ。」

「うん。」

彼は俺の部屋に入って来て、パソコンを覗く。

「バレリーナ?」

「うん。捜してる人がどうしても見付からない。」

2

水岐は、俺の頭を乱暴に撫でて、髪を引っ張る。

「大分伸びたな。」

「うん。」

「伸ばすの?」

「うん。」

「君んとこメンズだろう?なんでバレリーナなの?」

俺はメンズブランドのデザイナー。若い男性がターゲットの。でもこれとそれは関係ない。

3

俺は仕方なくベッドに潜る。せっかくパジャマ着たのに、水岐に全部脱がされる。俺がクスって笑う。

「なに?」

「せっかくパジャマ着たのに。」

「そりゃ、悪かったな。」

彼は裸の俺を抱き締める。すぐに眠くなる。水岐は睡眠薬3倍くらいの効果がある。

「なんでバレリーナなの?」

同じ質問を繰り返す。

「夢で見たの。今朝。」

「夢で見たバレリーナを捜してるの?」

4

お城みたいに大きな吹き抜けのあるお屋敷で、その記者会見は行われた。何十人もの記者がフォトグラファーを連れて取材に来て、そのバレリーナは凄く人気があって、その人は30才くらいで、50才くらいの有名な政治家と結婚することになって、それで2階にそのふたりはいて、記者達は1階にいる。

5

「感じとしてそれは1940年頃のロシアで、その人は大体30才だったの。かなり雰囲気の近い人は見付けた。でも顔が違うの。」

水岐はちょっとためらってから、優しく言う。

「夢で見た人が実在する、っていうか実在した、ってことはあり得ることなの?」

あれだけリアルだったらあり得る。夢で見た、セピア色のフィルム。

6

唯一、非現実っぽい部分は、そのバレリーナ、とても短い衣装を着て、記者達のためにポーズを取ってあげてて、足上げたり色々で、綺麗で。でも記者もフォトグラファーもみんな1階にいるから、ほとんど彼女のスカートの中しか撮れない。それだけが辻褄が合わない。

7

今朝は、今朝になるまで気が付かなかったけど、土曜日で、俺は起きてすぐ、またパソコンに戻った。今度はフィルムを観る。やっぱり昨夜見付けたバレリーナは、かなりいい線いってる。動きもかなり近い。名前はガリーナ・ウラノワ。1910年生まれだから、1940年には丁度30才。でも顔が違うんだよな。俺のバレリーナはもっと意地悪そうな顔をしていた。

8

鏡の前で、夢で見たバレリーナのポーズをしてみる。俺はずっと男子校だったし、ダンスなんて、幼稚園の時、祖母と一緒に盆踊りに行ったのが最後。足を90度よりもっと上げて、腕を水平に広げる。当然自分にはできないけど。そして上げる足を替えて、今度は手を高く上げる。水岐がノックして部屋に入って来る。俺のことを見て、笑わないように努力してるみたいだけど、やっぱり笑われる。

9

「もう昼だろ?ランチ、外に食べに行こう。頭に少し風当てた方がいいぞ。」

俺のこと頭が変だと思ってる。水岐はよく知らないけど不動産関係の弁護士で、俺よりずっと、頭が現実的。俺は神妙に身支度を整える。ここは表参道に近い、服飾メーカーの立ち並ぶ地域で、誰に会うか分からない。水岐はスタイルよくてイケメンだから、なにを着ても大丈夫。

10

観光客のいない裏通りに入る。そこはシーフードの、どっちかと言えば和風のレストラン。俺はそんなに好きじゃないんだけど、自分が払うわけじゃないから妥協する。座った途端にまた夢のシーンが頭によみがえる。フォトグラファー達の持ってたカメラ。フラッシュの光った、あのカメラ。1940年には人々はどんなカメラを使っていたのだろう?誕生日に水岐に買ってもらった、一番大きいサイズのスマホで検索してみる。俺の夢が当たっている。俺の見たカメラは確かに1940年頃に使われていた。

11

スマホに夢中で、なにも言ってないのに、魔法のように俺の前にランチが出て来る。俺の好きなサーモン。バターを使ったソース。ガリーナ・ウラノワのフィルム、『白鳥の湖』を流しっぱなしにしてランチを食べる。これが1946年。彼女は結婚してもバレエを続けていたのだろうか?新たな疑問。

「このフィルム、彼女が36才の時だけど、結婚してもまだ踊ってたのかな?」

「慎也、冷める前にもう少し食べな。」

「離婚したのかな?」

「昔だし、ロシアってカソリックだろ?簡単には離婚しないだろ?」

12

ガリーナ・ウラノワの伝記を読む。結婚したとか離婚したとか、そういうことは全然書いてない。俺はすっかり混乱して、罪のないサーモンをフォークで突き刺す。

「突っついてばかりじゃなくて、ちゃんと食べな。」

「うん。」

やっぱり俺のバレリーナは存在しないのかな?酸素不足で、頭の中が白くなる。

13

ようやく食べ終わって、通りに出る。俺の頭がまだ酸素を欲していて、なん度か深呼吸をする。俺のオフィスのあるビルを通り過ぎる。オフィスは3階で、そんなに忙しい時期じゃないから、誰もいなくて、電気はついてない。水岐が俺と一緒に3階を見上げる。

「君達そろそろ忙しくなる時期じゃない?」

「そう?」

「去年も今頃クリスマスのCM撮ってたじゃない?間に合わないとか焦って。」

「でもまだ9月でしょ?」

「来週から11月だよ。君って、それでよく、あんな納期の厳しい仕事できるな。」

てっきりまだ9月だと思っていた。前から曜日は分からなかったけど、最近は月も分からなくなったんだな。

「俺には優秀なスタッフがいるから。」

「よかったな。」

14

すぐそこの角にアンティーク屋さんがある。俺は、時々そうするように、立ち止まってウインドーを覗く。

「ああ、これだよ!」

俺が叫ぶと、水岐も一緒になってウインドーを覗く。棚の高い所に、箱の中にいる小っちゃなバレリーナ。彼は背が高いから普通にしてて、俺は背伸びしてそのバレリーナを見る。夢のシーンが浮かぶ。だから記者やフォトグラファー達は下から見上げてたんだ。

「へー、オルゴールか。」

「あれってオルゴールなの?」

俺はそんなこと考えてみなかったから驚く。

「普通そうだろ?なんだと思ってたの?」

「ただ大事な物を入れとく箱。」

「入って聞いてみようよ。」

15

外国人の店主が、その古いオルゴールのネジを巻いてくれる。この人がバレリーナの旦那さんだったんだな、って俺が思う。音楽が始まって、小っちゃなバレリーナがクルクル回り出す。俺はビックリする。凄い速さで、右にも左にも回れる。ぶら下がってる両足がバタバタ揺れる。水岐が店主と話している。

「これどのくらい古い物なんですか?」

「大分古いよ。1940年代。今でも動くのが不思議。よくできてます。」

箱の中に鏡がなん枚も貼ってあって、バレリーナがそれに映る。動くたびにキラキラして、きっとそれがカメラのフラッシュ。色んな方向から光が当たる。

16

「どうする、慎也?」

店の中にいるのに、店主は厚いコートを着て、スカーフを巻いている。それも俺の夢とピッタリ。バレリーナの横にいた政治家は、あんなコートを着ていた。

「どうする、って?」

「欲しいんだろ?」

「え、でもいいよ。高いんでしょ?」

水岐が俺に、笑いながら囁く。

「ビックリするほど高いけど、買えないほどではないよ。」

こういう時、どんなに逆らっても、水岐は結局買ってくれちゃうから。俺は綺麗に包んでもらったオルゴールを抱えて店を出る。

17

その後の半日は、そのオルゴールを眺めながら過ごす。急に思いついて、ピアノを教えている姉に電話する。この曲、なんの曲?

「シューマンの『異国から』。」

異国から?異国から来たバレリーナ。またなにかを思い出す。幼稚園くらいの頃、姉や、一緒に遊んでいた女の子達はバレエを習い始めて、俺だけ男の子だったから、ひとり残されて。

18

「水岐、俺、バレエをやりたかった。」

「やればよかったのに。」

「違うの。女の子のバレリーナになりたかったの。」
俺はもう1回ネジを巻く。バレリーナが回り出す。気のせいか、少し音が飛ぶ。

「あんまりやったら壊れちゃうかな?」

「壊れても直せるだろ?」

19

クリスマスのCMと言っても、テレビとかじゃなくて、ネットで流す広告。みんなにアンティークのオルゴールを見せてあげる。バレリーナがテーマだと言うと、スタッフ全員沈黙する。メンズのブランドだからね。若い男性がターゲットの。でもスタッフはとっくに俺のクレイジーさに気付いてる。諦めてるというか。

「バレリーナになりたかった男の子が、オルゴールのバレリーナを見てるところ。映像はそこから始まる。」

ネジを回す。『異国から』が始まって、すごい速さでクルクル回るバレリーナに歓声が上がる。上手くいきそう。バレリーナになりたかった男の子。モデルは5、6人。みんなにバレリーナプリントのTシャツを着せて、上から白い羽をたくさん落とそう。



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