短編小説『僕の背中でチョウチョウの羽がパタパタして』 - エッチでハッピー!!✩★✩ゲイ要素の高いオリジナル小説✩★✩
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短編小説『僕の背中でチョウチョウの羽がパタパタして』

あらすじ/難関を突破して、銀座のデパートの美容部員になった澪(みお)。彼の職場に通う謎の紳士。

自分の悲鳴で目が覚める。そしてあれがただの悪夢だったら、と願う。深呼吸をひとつして、ベッドから出る。するとキッチンの方から音がする。冷蔵庫を開け閉めしてる音。この時間、僕のルームメイトはいないはずなのに。


ドアをそっと開けて、キッチンを覗く。後ろ姿しか見えないけど、大柄な男。どこの誰であろうと、澪(みお)ちゃんの冷蔵庫を勝手に開けることはできない。それでも僕はいい子なので、そっと声をかける。後ろから。せっかくそっと声をかけたのに、その男はかなりビクっとして振り返る。


「すいません。」

僕はなにも悪いことしてないけど、つい謝る。

「ああ、君、雄真(ゆうま)の居候?」

居候なの雄真の方だし。いつも男連れ込まれて困ってんの僕の方だし。スポーツ選手みたいなゴツイ身体。年は僕達より少し上。顔は悪くない。でも澪の趣味じゃない。そんなことどうでもいいけど。

「居候なの、雄真の方ですよ。」

「嘘つきだな、アイツ。」

それは知ってる。

「雄真に今日休みだって言ったら、ゆっくり寝ていけって。」

その男は引き続き冷蔵庫の中をかき回す。遠慮もなにもない。僕と雄真は、地方の男子校の同級生だった。雄真は男ばっか連れ込むから、大学の寮を追い出され、僕の所へ逃げ込んだ。僕は高校を出て、東京に来たのはいいけど、なかなか就職が決まらなくて、雄真から家賃もらえるのは助かるけど。またあのことを思い出して、ため息をつく。僕の悪夢。力なく椅子に座る。


俺の目の前にコーヒーとマフィンが出て来る。それ澪のコーヒーとマフィンだけど。なぜか僕は礼を言う。

「すいません。」

男が座って、一緒に食べ始める。雄真のタイプだよな。ガタイのいい。雄真自身もラグビー部で、いい身体してる。澪は細くて筋肉もちょっと。僕はなん回目かのため息をつく。

「君さあ、なんかあった?ため息ついて、さっきから。」

僕は黙って下を向く。こんな人になに言ってもしょうがないと思うけど。あっ、でも誰かに相談するのはいいことだって。誰かが言ってた。誰だか忘れたけど。


「就職試験があって。100人も集まって、たった3人の募集で。面接で10人になって。僕は奇跡的に通ったんだけど。」

「へー、よくやったじゃない。」

「あさってまでにデザイン画を描いて来いって。」

それはずっと憧れてたショップで。

「なに、デザイン画って?」

「メイクアップのデザインです。」

フランスのコスメブランド。香水で有名な。

「男の子は僕ひとりで。どうしていいか。」

僕は、今までで一番大きなため息を飛ばす。

「よかったじゃない。」

「えっ?」

「男性であることは、強力なオリジナリティーだ。」

そういう考え方もあるんだな、って嬉しくなる。


「なにがそんなに難しいの?」

「自分、を表現しろって。」

「それは君が男性だからそんなに難しいの?」

ソイツは意外と親身になってくれる。

「それはない。僕いつもメイクしてるし。」

「俺ね、実は企画開発の仕事してて、食品メーカーなんだけど。」

「はい。」

「なんなら付き合ってあげるよ、ブレインストーミング。」


藁にもすがる思いで、僕は男の顔を見て3回頷く。

「自分を表現しろ、か。深い問題だ。哲学的というか。」

澪よりは頭が良さそう。

「あの、お名前なんて仰るんですか?」

「藤井だ。」

彼はさっそくブレインストーミングを開始する。

「自分のことを考えようとするから難しいんだ。試しに雄真のことを考えてみよう。」

「はい。」

雄真ってなに?彼を表現すると、眉目秀麗、成績優秀。それはいいんだけど、男好きで、男癖が悪くて、男連れ込んで、合鍵まで渡しちゃうし。信じらんない。

「雄真のことは高校1年から知ってるんで。」

「そうか、じゃあその調子で自分のことを考えてみるんだ。」


僕、澪ちゃんは、キューピーちゃんそっくりの真ん丸お目目に、キュートな微笑み。天使のようなクリクリヘアーにツヤツヤのお肌。みんなが可愛いと言って、「キューピーちゃん」と呼んでくれて、僕は大人気。でもそれだけじゃ分からない。自分を表現する、ってどんな風に?涙が出そうになって、目をパチパチさせる。

「君、泣いてんの?」

藤井が焦る。

「僕、ほんとにどうしていいのか。」


「じゃあさ、君の将来の夢は?これ、就職試験なんだろ?」

「それはなんとなく思い描ける気がします。」

「よかったー。じゃあそれ言ってみて。」

彼がほんとに、「よかったー。」みたいな風に言うから、僕はまたちょっと嬉しくなる。

「澪の将来の夢はね、僕の背中にアゲハチョウの大きな羽が生えて、でも羽の色は銀色で、ほとんど透き通るような。僕が羽をパタパタすると、銀色の鱗粉が舞ってメチャメチャ綺麗。そして僕は薄暗いトンネルの中を一生懸命飛んで、そこを抜けると明るいカラフルな楽園があって、ポカポカ暖かくって、僕のお友達のモンシロチョウさんとかモンキチョウさんとかもいて、そこは丁度いい風が吹いてるから、僕達はもう飛ぶ必要がなくて、チョウチョウのように、って、チョウチョウだけど、花々の蜜を吸って、そこで幸せに暮らすの。」


藤井はたっぷり1分間黙って固まってて、そして突然氷解して、厳かに話し出す。

「それを描くんだ。君の羽もお友達もお花も。」

「え?でも普通、メイクのデザイン画には背景はありませんけど。」

「君にはそれが必要なんだろ?自分を表現する上で。」

「あ、はい。」


その後、彼はマフィンを食べ終わってコーヒーを飲み終わったら、帰って行った。僕はさっきの楽園を画用紙に下描きしてみた。ほんとはその楽園の頭上には、白い翼の天使さんがたくさん飛んでいて、小っちゃいバレリーナがクルクル回ってる。でもそこまで描いたら大変だから、お友達とお花だけにして、僕の背中には銀色のチョウの羽があって、澪の頬っぺたにもそのチョウを描いた。そしたら雄真が帰って来た。

「藤井さんに会った。」

雄真はいつもみたいに僕に殴られると思って、持っていたバッグで頭を覆う。僕は上機嫌でルンルン自分の部屋に戻る。


僕は奇跡的に試験に通り、憧れのコスメティックショップで働くことになった。ビューティーアドバイザー。そこは大きなデパートの中で、場所も銀座で、眩しくもキラキラしい。銀の鱗粉。大きなコスメ売り場には男性はほとんどいなくて、男性トイレはいつも空いてて。発見したんだけど、さすがにそのロケーションだと、高卒というのは僕くらい。でもだから、僕はみんなより若い。


藤井はちょこちょこ雄真とヤりに来て、僕は就職の報告をして、彼もとても喜んでくれた。雄真は僕と藤井が仲良しなのを、いつも不思議そうに眺めている。リビングでふたりがお酒を飲んでると、僕は藤井の横にちょこんと座って、お酌してあげる。雄真の部屋がうるさいと、いつもは、澪ちゃんの可愛いおみ足でドンドン雄真のドアを蹴ってやるけど、藤井の時はうるさくても、男のよがり声を子守歌のように聴きながら、グッスリ眠る。


それほど僕の職場は楽しかった。澪にはふたり姉がいて、母ともみんな仲がいいから、どんなお客様が来ても話しを合わせられる。女性がなにを欲しているか分かる。それはいいんだけど、ちょっとでもお客様が絶えると、フロアのお姉様方が面白がって、澪のキューピーちゃんのお顔にどんどん色を重ねていく。アイシャドーにチークにリップに。それはいいんだけど、でも僕は背も高いし、肩幅も広いし、顔だけどんなに可愛くなっても、澪は絶対女の子には見えない。鏡を見て時々悲しくなる。そういう時はまたアゲハチョウになって風に乗ってひらひら舞うことを考える。そうすると少し元気になる。鏡に僕の背中を映してみる。羽の生えてくる様子はない。女の子達は可愛いワンピースの制服なのに、男の子は変なねずみ色のスーツにネクタイ。僕は内緒でボタンの位置をずらして、少しウエストを細くした。すると身体にカーブが出て、澪がもっと可愛く見える。


今日はお休みで、雄真も家にいて、食っていいとは言ってないのに、僕の作ったカレーを食べている。まあそれはいいとして、僕は洗濯機の上に乗っけてある雄真の洗濯物を全部どけて、自分の洗濯を始めようとする。そこへ電話が鳴る。

「まあ、お母様!」

澪の母は、時々僕を心配して電話をくれる。お優しいお母様。

「大丈夫よ、お母様。澪は仕事もしっかりして、家事もしっかりして。澪は夢がかなって本当に嬉しいのよ。」

お母様は澪のために新米を送ってくれたらしい。

「まあ!どうもありがとう。それじゃあ、お姉様方にもどうぞよろしくおっしゃってね。きっとよ。じゃあ、ご機嫌よう。」


電話を切ると、雄真が僕の顔をジロジロ見ているのに気付く。

「お前んとこって、なんでああいう喋り方なの?」

僕の家族はみんな昔から、昭和のはじめ頃の映画や少女漫画が大好きで、母もああだし、姉達もああだから、僕もこうなって。家が特に金持ちということではない。いつ説明しても雄真には分からない。無視して、僕は洗濯を始める。


週末の忙しさの去った、気だるい月曜日の朝。僕の働くコスメ売り場で、素敵な紳士を見かけた。その人は20代後半くらいのスーツの似合うイケメン。僕の目を優しく見て会釈してくれた、一度見たら忘れないくらい印象的な方。


2度目にその人を見たのは、ショップのお姉様が僕につけまつ毛をつけてらっしゃる時。僕達の後ろから男の声がする。

「へー、そうやってやるんだ。」

イヤな言い方じゃない。ほんとに感心してる感じ。鏡の中でその男を捜す。この間のスーツの似合うイケメン。腕組みをして。僕はちょっと恥ずかしくなって下を向く。

「ダメよ、澪ちゃん。」

お姉様が僕の顔を上に向かせる。男が僕の視界から消える。彼女はつけまつ毛の上から器用にマスカラを塗っていく。

「今の人ね、このデパートの新人。私達にもまだ正体は分からないんだけど。」

「そうなの?」

そう言った僕の唇に紫色の入ったリップスティックを塗る。とても勉強になる。澪の唇にもっとカーブをつけて、もっとお人形の唇みたいになる。せっかく完成したのに、もう帰りの時間になる。もったいないけど、でも写真は撮って、メイク落として顔洗って、僕はデパートのスタッフ用裏口から出て行く。


銀座通りを歩く。12月が近くて、僕達もこれから忙しくなる。僕は初めてだから、どんな風に忙しくなるのか分からない。ボーってしながら歩いていたら、和光の角から男が出て来て、もう少しでぶつかりそうになる。あの紳士。デパートで見かけた。僕は挨拶をしないですれ違おうとする。それは彼が僕のノーメイクの顔を見たことないから。だから僕のこと分かんないだろうと思って。そしたらビックリしたことに、あっちから声をかけてくれる。


「あれっ、君。もう終わりなの?」

僕はなにを言っていいのか分からないから、なにも言わずに頭を下げる。

「俺、今やっと休憩だよ。」

彼は男物にしては瀟洒な腕時計をチラっと見る。

「じゃ、ちょっと付き合って。ひとりじゃつまんないし。」

そこは2階で、階段を上がって、座ってメニューを見ると、ヤバい高いレストラン。僕がメニューを広げながら固まっていると、彼はなんだか知らないけど、ふたりの分をオーダーしてくれる。こういう年上の紳士となにを話せばいいかサッパリ分からないから、やっぱりなにも言わずにただ微笑む。あ、でも質問がひとつ頭に浮かぶ。

「よく僕のこと分かりましたね。」

「どうして?」

「だって。」

レストランの偉い人みたいな人が僕達のテーブルにやって来る。

「政純(まさずみ)さん。お父様はお元気で?」

「はい。そうだと思います。」

偉い人は少し笑う。

「最近いらっしゃらないから。」

「言っときますよ。」


「政純さん?」

「そう。君は澪だったね。」

「よく覚えてますね。」

「帰る時、メイク落としちゃうの?もったいないね。」

「あれで電車、乗れませんよ。」

僕はクスって笑う。そしたら、変なことを思い出す。バカみたいな夢なんだけど。

「あのね、デパートの閉店の時、裏のスタッフ専用の出口に、男の人がいっぱい待ってるでしょう?」

大きなデパートだし、女の人が多いから。特に週末は何十人もの男性がお迎えに来てる。

「そうなの?俺、帰る時間が違うから。」

「そう。週末とかが特にそうで、僕にも誰か待っててくれる人いたらいいな、って。」

食べる物が色々出て来て、なにを食べてもとても美味しい。

「じゃあ、俺が裏口で待ってて、君がメイクしたままで、そして電車に乗らなくていいようにしたら?」

僕は意味が分からずに、可愛く首をかしげる。

「金曜日、メイクしたまんまで出て来て。俺とデートしよう。」

えっ、こんな見ず知らずの方と?僕は微笑んだまま固まる。


火曜日が終わって、水曜日が終わって、とうとう金曜日になってしまった。12月に入って、どっちを向いてもジングルベル。だけど、あんなこと言われたけど、ほんとに来てくれるなんて、ほんとのとこ僕も信じてなくて。だから僕は、電車に乗れる限度のメイクしかしなかった。閉店ギリギリになって、お客様が来ちゃって、これからクリスマスパーティーに行くんだって。やっとメイク終わって、警備員の人が来て、早く出なさい、って。明日の朝の子に、片付け終わらなくてゴメンね、っていうメモを残す。鏡見たら、澪はお世辞にも可愛いとは言えない。


また警備の人に急き立てられて、ドアから出る。外の風が火照った顔に気持ちいい。まだ道の左右には恋人を待ちわびる男達がなん人か残っている。僕は誰の顔も見ないようにうつむき加減に足早に通り過ぎる。やっぱり。僕のこと待ってる人なんていない。家に帰ったら、雄真が男と酒を飲んでて、それは藤井じゃなくて、僕は真っ直ぐ自分の部屋に入ってドアを閉めた。寝てたら雄真の部屋がうるさくて、ムカついたから、他のことも全部雄真のせいにして、澪ちゃんのおみ足キックで、いつもよりもっと、ドアをドンドン蹴ってやった。


次の日、澪は昼過ぎの出勤。店に出たらすぐに政純さんが来る。

「昨夜はゴメン。」

謝りに来てくれるなんて思ってないから。どうすればいいの?こういう時。

「全然なんでもないですよ。」

「俺も忙しくて、君もずっとお客さんと一緒だったし。」

澪はいいの。どうせデートするんなら、もっと可愛くメイクできた時の方がいいし。そんなことを考えてたらお客様が来ちゃった。政純さんはいつの間にかどこかへ行ってしまった。


そのお客様が帰って一息つくと、後ろから誰かが声をかける。

「君はクリスマスイブどうするの?」

僕はなぜか振り向かないで、鏡の中の彼を見る。政純さん。知らない。どうせ雄真は酔っ払って、男と一緒に帰って来るだろうし。だからあんまり家にいたくない。でも他に行く所もない。鏡の中の彼をボーっと見詰める。澪ちゃんのキューピーちゃんの目がうるむ。

「僕のとこルームメイトがいるから。」

「なんだ。じゃあ彼と一緒?」

「ううん。一緒にいたくないの。」

いつものパターンで、お客様が来てしまう。そして、また彼はどこかへ消えてしまう。そしたらお姉様のひとりが来て、僕に囁く。

「あの政純さんって方、大した幹部候補らしいわよ。いつも上層部と一緒にいるって。」


その後も政純さんとのすれ違いは続く。僕は休憩時間、スタッフのランチルームに向かう途中。廊下でもう少しで彼と出会う瞬間に、電話が鳴った。お母様から。

「お母様。ゴメンなさいね。澪はお正月もお仕事が忙しくって、お家に帰ることができないの。」

政純さんは、澪の側に立ち止まって、僕の肩にそっと手を置く。

「お母様の送ってくださった新米、とても美味しいわ。ほんとにありがとう。ええ、お仕事はとっても楽しいの。澪のことはご心配なさらないでね。」

彼は、お母様との電話が終わらないうちに、他の人達と去って行ってしまった。


クリスマスまであと3日。店内にチャイコフスキーの『金平糖の精の踊り』が流れる。僕の大好きなクリスマスの曲。澪の頭の中に小っちゃなバレリーナがクルクルする。オルゴールの中に住んでいる。スタッフのお姉様が僕にコッソリ教えてくれる。

「さっきから政純さん、あそこからずっと澪のこと見てる。」

僕はお客様と一緒だったんで、チラって見たら、ほんとにそこに彼がいた。ここから5メートルくらいの所。何度か見たけど、やっぱり彼はそこにいて。


「今のお客様、長かったね。」

僕はなんだか知らないけど申し訳なくて、困った顔をする。

「君、お正月なんて後輩に任せて、お母さんに会いに行けばいいのに。」

「1番後輩なの、僕ですよ。」

「仕事慣れてるから、なん年もいるのかと思った。」

「この春、高校出て。」

「えっ、君、そんなに若いの?」

要点が見えなくて、僕はまた困った顔をする。


そこへ書類を抱えた上層部の人が、なん人かやって来る。

「すいません。ちょっと待っててください。」

彼が上層部を待たせるという意外な展開。

「クリスマスイブ、裏口で待ってるから、メイクのままで待ってて。」

澪のキューピーちゃんの真ん丸目がキラキラ輝く。まだ見えない僕のチョウチョウの羽がパタパタする。頭の中のバレリーナがクルクル回る。


クリスマスイブ。寒くて、風が強い。デパートは駆け込みのお客様で、閉店間際まで賑わって。シックだけど可愛い澪のメイク。デパートの裏口に立つ。信じられない数の男達が、そこで彼女の出て来るのを待っている。手に花束を持っている男もたくさん。でも僕の男は現れない。僕は警備室の側の1番明るくて目立つ所に立っている。まあ、それだけじゃなくても澪は目立つんだけど。背は高いし、メイクしてるし、可愛いし。


ひとりひとり男と女が去って行き、僕はいつまでも残される。遂に最後のカップルが銀座の街に消えて行く。僕は失意のうちに立ち尽くす。そこへ中年の紳士達がまとまって出て来る。警備の人達が敬礼する。

「社長、遅くまでお疲れ様です!」

僕はそれを遠い世界のことのように聞いている。

「政純さんも、どうもお疲れ様です!」

僕は振り返る。警備の人達全員で政純さんに敬礼している。


僕は政純さんに近付いて、澪ちゃんキックを入れる。

「おそいー!」

「悪い。会議が伸びた。」

僕はもう1度キックを入れる。

「痛い!」

彼は大袈裟に叫ぶ。彼は僕をこの前行ったのと同じレストランに連れて行く。僕は身体も冷え切って、すっかりご機嫌斜めになっている。彼は僕の手を握る。

「冷たいね。ゴメンね、澪。」

彼は僕に、なんだか知らないけど、あったかいカクテルを頼んでくれる。


そのカクテルのお陰で少し身体が温まる。

「いいじゃないか?来たんだし。」

政純さんは黒いスーツにボータイをしている。タキシードじゃないんだけど、ほとんどそのくらいの勢い。紳士的で素敵だけど。僕は彼に、デパートの裏口で待つ、ということの本義を説いてあげる。

「まだ人が、いっぱいいっぱいいて、みんなが見てるとこじゃないとダメなの!」

「そうなの?」

「あれは、年に1回のチャンスだったんだから。澪にも素敵な男性が迎えに来てくれるんだな、っていうとこをみんなに見せるの。」

「そういうことなの?」

「そう。なんで分かんないの?そんなこと。」

「澪の怒ったとこ、可愛い。」

僕の少し温まった手を握ってくれる。


そこへタキシードを着た中年男性が入って来る。どっかで見たことのある人。派手なドレスを着た女性と一緒。政純さんがその紳士に話しかける。

「あれっ、来たんですか?」

「たまには行ってやれって、お前が言ったんじゃないか?」

ふたりは僕達からは離れたテーブルに座る。

「あれはね、俺の3番目の母親。」

酔いが回って、怒りも静まって、やっぱり政純さんって素敵だな、ってポーっとして見ちゃう。彼はまた僕の手をいじっている。

「じゃあ、明日またやる?」

僕は、いつもの可愛いキューピーちゃんの澪ちゃんに戻って、首を傾げる。

「なにを?」

「裏口のショー。明日もまだクリスマスじゃない?」

「えっ、マジで?」


僕はほんとは5時までのシフトだったのに、他の人と変わってもらって、閉店時間を待つ。ギリギリになって難しいお客様が来ないように、神に願う。でも神様も忙しい時期だから、効き目があるか分からない。奇跡的に閉店時間と共にフロアを出る。襟の所からギャザーのたくさん寄った白いシャツと黒いパンツ。天使の羽のようなフワフワのセーター。これが今夜の澪ちゃん。メイクは少し大げさなフランス人形。警備室を通り過ぎて外に出る。待っている男達は、イブよりは少ないけど、それでも普段の週末の倍くらいはいる。昨夜しっかり言っておいた。僕の所に来るのは、早過ぎてもダメ、遅過ぎてもダメ。


ショーのスタート。デパートの閉店時間が過ぎて、華やかに着飾った女性達が出て来る。スタッフの専用出口。丁度いいタイミング。政純さんが本物のタキシードを着て、大きな花束を持って、ゆっくりと僕の方に向かって歩いて来る。彼は僕のことを花束ごと抱いてくれる。誰かがコソコソ話してるのが聞こえる。

「あれ、社長の息子さんよね。」


銀座通りを手を繋いで歩く。今夜はそんなに寒くない。でも彼とこうやって一緒にいるからかもしれない。高級ホテルっぽい所の最上階のバー。

「今夜は俺、上手くやった?」

「上出来です。ありがとう!」

あんまり嬉しくて、僕はキューピーちゃんのまあるい目から涙をこぼす。そしていい香りの花束を抱き締める。

「シンデレラになった気分。」

政純さんは僕のチークと同じ薔薇色のカクテルを頼んでくれる。

「でも、なんで僕なんか?」

「澪、可愛いし。初めて見た時から好きだし。仕事もできるし。」

「仕事なんてまだまだ。本部から来るメール、フランス語が多くて。僕、勉強しないと。」

「俺が教えてあげる。フランスのデパートで修行して、帰って来たばかりだから。」

へえ、この人、フランス語できるんだ、素敵だな、って思った瞬間、全てが繋がり出す。幹部候補?警備員達の敬礼?あの中年紳士?3番目の母親?社長の息子さん?


「俺、あのデパートの跡継ぎで。ずっとイヤだったんだけど。」

「なんでイヤだったの?」

「俺はサッカーの選手になりたかった。でもどっちみちプロになれるほどではなかったんだ。」

サッカー?澪ちゃんキック?僕は、可笑しくなって、目をパチパチさせて、つけまつ毛越しに彼を見る。

「フランスでは君みたいにメイクした男の子たくさん見たよ。」

彼はカッコいいウィンクをしてくれる。

「澪が側にいてくれれば頑張れるかも。」

天使がバサバサ飛ぶ。バレリーナがクルクル回る。チョウチョウの羽がパタパタする。それから、それから。

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千本松由季

Author:千本松由季
東京都出身。カナダ在住。
男同士の恋愛を、様々なテーマで書いています。作品は長編を中心に50作以上。
本にしてくださる出版社を探しています。お問い合わせも歓迎しております。
bridgetteyuki@hotmail.com
イラストも描いています。

©Yuki Sembommatsu 2017-2018